第57話 知らない愛情

何とかアルフォンスに無理矢理魔法誓約書に判を押させ、サリアに近付かないようにすることが出来た。

エドガに付き添われ離れへとやって来たサリアにそのことを告げると、顔には表れなかったけどホッとしたようだった。


「坊ちゃま…………サリアはこの御恩を一生忘れません」


大げさなとは思ったが、内心怖かったのは聞くまでも無いだろう。

あんなのでも一応次期当主だからな?サリアを無理矢理襲ったとしても、サリアは強く抵抗は出来ない。

そうならずに済んで俺もホッとしてる。

サリアには今まで迷惑かけた分、もっとちゃんとした奴と一緒になって幸せになってほしいってのは御節介すぎるか?


そしてその日の夜にはミューレさん指揮の下、離れでちょっとした祝宴が開かれていた。

その席で、


「もうすぐルシードも七歳になるのね………歳を取るのも早いものだわ。その時は例年以上に盛大にお祝いしましょうね?」


ミューレさんがしみじみと呟いた言葉に、俺は素直な疑問を抱いた。


「母上、僕の誕生日っていつですか?」


俺のその一言に、場が一瞬で静まり返る。

あれ?俺なんかマズい事言った――――――言ってるな。

自分の誕生日知らないとかよく考えたらマズいんじゃねーの?

けどミューレさんは「例年以上に」って言ってたけど、そもそも俺の誕生日を祝ってもらった事なんて今まで一度も無ーぞ?

ルシードの記憶を辿っても…………やっぱそんな場面一度も無い。

だからてっきり俺は”そもそもこの世界には誕生日を祝う習慣がない”んだと思っていたくらいだからな?


「ルシード、何を言ってるの…………?私もこの時期には体調を崩しがちだし、時期的にもあの人も忙しいからパーティーなんかは出来ないけれど、毎年誕生日にはあの人からプレゼントを貰ってるはずでしょう?」


誕生日プレゼント?あの人が?俺に?――――――……無ぇな。

ルシードの記憶を片っ端から思い返しても、ロイさんが俺に何かをプレゼントらしき物を渡してきた記憶なんてものは一切無い。

俺の困惑した顔が答えになったらしいミューレさんは、ワナワナとその身を震わせた。


「ではルシードよ、十の月十一日には其方は何をしているのである?」


オーズさん?どうしたんだ?そんな日にちなんて一々覚えてねー――――――って待てよ?もしかして十の月って事はあの日か?

それはルシードの記憶で見ていた、毎年ルシードが納屋に閉じ込められる日があった。

泣いても叫んでも誰も助けてはくれず、灯り一つ無い納屋の中でたった一人。

ガキには充分過ぎるくらいに怖くて、ちょっと暗闇がトラウマになってるまである。

それが確か十の月だったはずだ。


「その日は多分納屋に閉じ込められて居ました」


今度はマーサとサリアが俺の言葉にショックを受けていた。

エドガもアイリーンとミモザも驚いた様子で息を呑んだ。

その様子を見てオーズさんは何かを確信したように、


「マーサ殿、サリア殿、アルフォンスの誕生日パーティーの当日、ルシードがそれに参加した事は――――――?」

「……………ありません」

「アルフォンスの誕生日パーティーに参加したくないと駄々をこねた――――――とか、体調不良だったと御当主様から聴いておりました。その日はわたくしたちも準備に駆り出されておりますから、十全にルシード坊ちゃまを見る事が出来ませんでした」


サリアもマーサも悔しさを滲ませながらオーズさんからの質問に答えた。

そして二人は揃ってミューレさんに深々と頭を下げて謝罪していた。


「そう、あの人……………ずっと私に嘘を吐いていたのね…………。毎年ルシードの誕生日には欠かさずプレゼントを贈っていると――――――だからこそまだ私はあの人がルシードに僅かばかりではあるけれど愛情を向けているのだと………そう思っていたのにッ――――――!!」


ミューレさんは悔しさを滲ませ、涙を流し、唇を噛んだ。

そして俺を抱きしめる力を強くして、


「ごめんなさいルシード………本当に、ごめんなさい」


お祝いムードなんて言えないくらい、暗い雰囲気になってしまった。

いや別に良いんだ、誕生日くらい祝われなくてももうそんな歳でもねーし?

けどそれを言うと、事態が悪化しそうだから俺には何も言えなかった。


誰も何も言えない――――――そんな状況の中、オーズさんは話題を変える様に唐突に話し始めた。


「ルシード、貴様が宣言した”アルフォンスの補佐役を辞退する”件についてであるが、あれは本気なのだな?」


酒が多少入っていても、その眼差しは真剣そのもので俺に半端を許さない覚悟があるのか?と問いかけてきていた。

ミューレさんも、俺の答えが気になるのかじっとこちらを見つめて来ている。

俺はミューレさんに微笑みを返し、


「本気です。場合によってはエンルム家から廃嫡されても構いません」


まず間違いなく、俺は追い出されるだろう。

俺はあいつの補佐をする立場の者として、この家で存在が許されていた。

けど自分でそれを辞退したんだ、利用価値の無い者にエンルム家は何処までも非情だろう、それは嫌になるほど知っている。

ただ、母上、オーズさん、サリアたちについては何とか出来ないかと考えてはいるんだ。


母上は病気の治療費、オーズさんにはこれまでの俺への指導の費用、サリアたちにはこれまで通りミューレさんの下で働いてもらいたい。

俺も俺で軍学校の学費を払わなければならなくなる。

最悪、中退しても構わないと思ってるけど、学歴はこの世界で何気にものを言うから出来る事なら卒業したいと考えている。


「ルシード、貴方が心配する事なんて無いのよ?」


気付けばミューレさんに抱きしめられていた。

オーズさんは「うむ!」と白い歯を見せて笑い、サリアもいつの間にか俺の手を両手で大事そうに握ってくれた。

マーサとエドガも傍には来なかったが、俺と目が合うと微笑み、しっかりと頷いてくれた。


「ルシードが決意してくれたのだもの、私もさっきの話で踏ん切りがつきました。マーサ、明日の朝すぐに教会へと向かいます」

「ミューレ奥様…………それでは…………?」

「えぇ、私の心は決まりました。明日の朝一番に教会へ行き、離縁を申し立ててきます。母としてこれ以上この家にルシードを置いておきたくありません!」


この世界で離婚するためには教会に申し立てを行う必要があるのか?

そのあたりの仕組みはルシードの記憶にも無い。

そりゃそうか、結婚だの離婚だのまだ早いもんな。


「本当はもっと早くに行くべきだった…………それでもきっといつかあの人もルシードの事を見てくれると思っていたの。それで貴方には余計に辛い目にばかり遭わせてしまって…………愚かな母を許してくれるかしら?」


ミューレさんは、ロイさんを信じたかったんだろうな。

けど誓い合って夫婦になった二人の間に在った筈の愛は、今のミューレさんの顔からは微塵も感じられなかった。

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