閑話・裏話 次期当主様の軌跡

【アルフォンス視点】


僕は生まれながらにして選ばれた存在だった。

そう父様にも言われたし、母様にも言われた。

だからきっと僕は選ばれた存在で、弟のルシードは出来損ないなんだ。

それなのにアイツは僕の欲しいものを持っていた。


それがメイドのサリアだった。


彼女がアイツに向ける微笑みを見て、何故か無性にその笑顔が欲しくなった。

欲しいものはおねだりすれば良い、僕は次期当主だから欲しいものは絶対に手に入るようになってるんだ――――――そう思っていた。

だけど結果はダメだと言われた。


サリアはアレの専属で、管轄はミューレ様の下にあるから自由には出来ないと言われた。

初めてダメだと言われた。

どうして?何故ダメなんだ?僕は次期当主で、選ばれて、優秀なのに!!


アイツがフラれた。

良い気味だ、正直スカッとした。

僕に媚びる様な態度は気持ちが悪かったけれど、ミレイユ・ブルカノンの名前くらいは憶えてやろう。

そのおかげでアイツは今死にかけてるんだから。

そのまま死んでしまえば良い、アレが死ねばサリアはきっと僕の下に来てくれる。

そう思うとワクワクが止まらなかった。



アレが生き残ったらしい。

やっぱりトドメをさしておくべきだったか?僕は優秀だからあんな奴いなくても何も困らない。

起きたばかりのアイツを揶揄ってやるとアイツはサリアの前で情けなく号泣した。

やっぱりこんな奴にサリアはもったいない。

早く僕の傍に置いてあげないと………。



うぁぁぁぁぁっ――――――!!!

アイツに殴られた!!

それだけでも屈辱なのに、母様に叱られた!!

それもこれも全部アイツのせいだ!!

優秀な僕は母様に叱られるなんて在ってはいけないんだ!!



僕のおねだりが通じて、アレが軍学校とかいうところに転校することになった。

まぁ僕にあんなことをしたんだから当然だよね?

全寮制の学校だから家には居ない、それはつまりサリアは今誰のものでもないって事だ。

アレが帰って来た時にサリアが僕のものになっていたら――――――それを想像するだけでぞくぞくした。


どうしてだッ!?クソッ!!クソッ!!

サリアはどうして僕の所に来ないんだ!?僕が次期当主なのに!!優秀なのに!!

…………まただ。

またアレの母親が邪魔をする。

サリアが僕の所へ来るのを邪魔している!本当に目障りだ!



サリアの代わりに――――――義妹が二人できた。

大人になればそれなりに美人になりそうだから傍に置いてやっても良いかと思った。

二人は次期当主である僕の言う事は何でも聞いた。

そうそうアレと違ってお前たちは僕の言う事を聴けばいいんだ。

そうだ……この二人を使って、あの邪魔なアレの母親をどうにかできないかな?

母様が時々服用している薬、これを飲んだ母様はしばらく反応が鈍くなる。

それを二人に渡して、アレの母親に呑ませるように仕向けた。


上手くいっていたはずだった。


僕は優秀で、選ばれた人間で、次期当主なんだから何でも上手くいくはずだった。

なのに、何故――――――。


何故僕は今、アレに頭を下げないといけないんだッ!!

こんなの僕じゃない!!こんなのは次期当主のする事じゃない!!

だって父様も母様も言ってたじゃないかッ!?

僕が次期当主、出来損ないのアイツは僕の補佐をさせるって――――――!!

それは僕の家来になるって事だろう?

家来にどうして主である僕が頭を下げないといけないんだッ!!


僕はコイツに暴力まで振るわれているんだぞ!?

死んで詫びるのが家来のあるべき姿じゃないのかッ!?

家来は家来らしく、僕にサリアを献上して僕の言う通りに動いて居れば良いんだ!!


「無様ね?アルフォンス?」


うるさい!


「まぁ怖い顔、まるで餌を取り上げられた猿の様だわ」


黙れ!


!!次期当主である僕を侮辱するなんて――――――!!」


最後まで言えなかった。

頬に突き刺すような激しい痛み、見れば母様に平手打ちされていた。

母様の目には涙が溢れそうなくらい溜まっていて、


「もうこれ以上余計な事を喋らないで………」


消え入りそうな声で僕を叱ると、母様は床に伏してアイツらに頭を下げていた。


「申し訳ありません。全ては私の育て方が悪かったのです…………」


母様が悪い?ははっそうか!

じゃあやっぱり僕は何も悪くないじゃないか!

全部母様が悪いんだから!


「オイ…………」


アレが気安く僕に話しかけて来た。

当然、僕は無視をする。

こんな奴に話しかけられたくも無い、不愉快だ。

僕が話しかけた時以外で話しかけてくるなよ。


「ヘレンさんに此処迄させて、お前は何とも思わないのか?」


「ふん!さっき言ってただろう?聞こえなかったのか?全部母様が悪いんだ!僕のせいじゃない!僕は何も悪くない!」


アレが驚いたように目を見開いている。

ふふん!僕の完璧な理論の前に感銘を受けて何も言えないようだ。


「ここまで馬鹿だったなんて……………」


アレの母親が平伏している母様の肩に手を置いて、


「ヘレンさん?顔を上げて頂戴?貴方が頭を下げる価値はコレには無いわ」

「それでもッ!私が産んだこの家の長男なのッ!次期当主なのッ!………可愛い息子なのっ!だからっ!ルシード、貴方にはアルフォンスを支えてあげてほしいの…………」


「こんな奴に支えられる必要なんてありませんよ母様」


母様も冗談が過ぎる。




「…………ねえ?アルフォンス?さっきからルシードの事を随分と下に見ているようだけれど、もしかして貴方はルシードに勝っているとでも思っているのかしら?」


まただ………アレと同じく、アレの母親も存在が相当に不快だ。

そんなの当たり前じゃないか、僕は常に上で、それはいつも下なのだから。


「因みにルシードは学年で第五位の成績だったそうよ?貴方は何位だったのかしら?さっきからの態度を見ている限り、当然それより上に居るのよね?」


アレが第五位?それこそ何かの間違いだろう。

はっはーん?そういう事か?


「貴族学校と軍学校では学ぶレベルに違いが有るのでしょう、でなければそいつが第五位なんて獲れる筈が無い――――――」

「それは無いのである!!」


チッ!面倒な筋肉が現れた――――――。


「貴族学校と軍学校、初等部では学ぶ無い様に違いは無いのである。先に行っておくがカンニングなどもしていない、ルシードの成績は純粋に彼の努力の成果である」


「…………だそうよ?それで貴方は何位だったのかしら?」

「九十六位よ………」


母様ッ!?何故彼奴等の前で暴露するのです!?


「貴族学校の一学年の生徒数は確か――――――」

「丁度百人である。斯様な成績でルシードの事を下に見ているなど片腹痛いのである。それにルシードは模擬戦闘大会という晴れの舞台で見事に優勝しているのであるが、貴様は何か学校で栄誉ある活躍をしたのであるか?」


なんだそれは!?どうして僕がそんな事を言われないといけないんだッ!


「何も、していま――――――」

「ヘレンさん。気持ちは察するけれど、今はアルフォンスにはっきりとわからせなければいけないの。黙って居て下さいませ?」

「さあアルフォンスよ。どうなのである?何か誇れるものが貴様には有るのか!?」


何か!何か在るはずだ!この筋肉を、アレとアレの母親も全員を黙らせることが出来るものが何か!!

何故何も出てこないんだ!?僕は優秀なのに!選ばれたのに!


「ぼ、僕はエンルム家次期当主だぞッ!!それ以上の栄誉なんて在るはずがない!!」


何故か皆黙り込んでしまった。

僕の言葉に感銘を受けた様ではなさそうだ。

そんな中、アレが高々と手を挙げると、


「宣誓ー。私ルシード・エンルムはー、将来において異母兄であるアルフォンス・エンルムの補佐を辞退します!」


アレのそんな宣誓に、アレの母親と筋肉が感慨深く頷いて拍手している。

母様は呆然として、僕も何が起こっているのか良く分からないが、謝らなくてもいい流れなのかもしれない。


「アルフォンス?何を呆けているの?ルシードへの謝罪、サリアに二度と関わらない旨の魔法誓約書を書いてもらいますからね?違反すれば貴方に何らかの災いが降りかかるわ。あぁそうだわついでにアイリーンとミモザへの謝罪もさせましょう。異論はありませんわよね?ヘレンさん?」

「えぇ…………」


「い、嫌だッ!!頭を下げるだけでサリアを僕にくれるって言うなら幾らでもしてやるッ!!だけどそうじゃないのにどうして僕が謝らないといけないんだッ!?」


結局、その後無理矢理誓約書に血判を押されて解放された僕は、もう二度とサリアに近付けなくなってしまった。

僕がこんなに酷い目に遭っているというのに、どうして母様は助けてくれないんだッ!?母様が全部悪いんだろうッ!?

僕だけがこんな目に遭うなんて間違ってる!!

結局、母様まで僕を裏切って土下座させられた。

この屈辱は一生忘れないからな!!



イライラした気持ちをゴミ箱にぶつけると、中身が飛び散ってしまった。

放っておけばそのうち誰かが片付けるだろう、けれども僕はその中身の一つが気になった。

それは我が家に届くには粗末な封筒だった。

その差出人の名は――――――ミレイユ・ブルカノン。

その手紙の内容を見て、僕は笑いが止まらなかった。

彼女も――――――僕と同じように理不尽な目に遭っている。

それは何よりも僕の心を癒してくれた――――――。

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