第56話 とっっっっっても怒ってますの
【ミューレ視点】
始まりは本当に穏やかで、静かなものでした。
「この度はアルフォンスが迷惑をかけてしまったようで申し訳なく思うわ、それとアイリーンとミモザにも謝りたいのだけれど、何故此処に居ないのかしら?」
離れにある応接室、滅多に使うことは無いその部屋にヘレンさん、アルフォンス、私、ルシード、マーサの五人だけしかいない。
アイリーンとミモザはヘレンさんたちからは死角になった隣の部屋からこちらの様子を窺っている。
「あの二人の事よりも、まず私はアルフォンスの謝罪の言葉が聞きたいわ。そしてもう二度と私やルシード、サリアに迷惑をかけないと誓ってもらわないと安心して夜も眠れませんわ」
おほほ…………なんて軽ーい感じで笑って言ってあげます、何を怯えた顔をしているのかしら?アルフォンス?これは貴方が望んだ戦争でしょう?
「そうですわね。さあアルフォンス?二人に謝罪なさい?」
「僕はもう二度と、ミューレ様とルシードには迷惑をかけません!!」
最初から示し合わせていたのでしょうね、アルフォンスはその場に直立すると半ば自棄のように宣言したのだけれど……………その宣誓にサリアの名前が入っていない事を私が聞き逃す筈がありません。
「ヘレンさん?どうやらアルフォンスはまだ反省していないようですわ。サリアの名前が聴こえませんでしたもの、それに先ほどの誓いではまるでアルフォンス以外の者ならば迷惑をかけても問題無いかのように誤解してしまうでしょう?」
………そんな小賢しいマネをしないでもらえません事?アンタたちはとっくに私の逆鱗、もしくは特大の地雷を踏み抜いているんですのよ?
向こうもサリアだけは何としても――――――と思っているのでしょうね?
本当に時間の無駄でしかない沈黙…………そもそも私がルシードに忠誠を誓ってくれているサリアを彼らに渡す筈が無いでしょう?
「母上?宜しいでしょうか?」
そんな沈黙を打ち破るように、ルシードが手を挙げて発言の許可を求めてきました。
その姿はとても凛々しく、実の息子でなければ惚れてしまっていたでしょう。
内心黄色い声援を送りたいのを必死に我慢して、平静を装います。
「あら?どうしたのですルシード?」
「離れへ来る途中、兄上に突然愚弟と呼ばれたことに関しても謝っていただきたいのです」
……………………何ですって?私の可愛いルシードを………愚弟?
ルシードの発言にヘレンさんとアルフォンスが揃ってキッと睨みつけて来た。
二人のその態度が事実である事を如実に物語っていました。
「お前だって僕に暴力を振るったじゃないか!!まずはお前がそれについて謝れ!!」
本当にこの馬鹿は何を言っているのでしょう?呆れて言葉がすんなりと出て来てくれません。
顔を真っ赤にして怒鳴り始めたアルフォンス、このお馬鹿さんは私が冷ややかな目で見つめている事にさえもまだ気付いていないようです。
ふぅ………これは”察する”なんて高度なテクニックを要求してしまった私の落ち度でしょう、もう此処は直接訊いてみる事にします。
「アルフォンス?貴方はルシードの事を”愚弟”だなんて言ったのは本当なの?」
私の問いかけに、彼はルシードの事を睨みつけるばかりで何も言いません。
何なのでしょうかこの子は?突然口が利けなくなってしまったのでしょうか?
代わりにルシードに視線を送ると、とても早くそれに気付いてくれて、
「本当です、オーズさんも一緒に居ましたので確認してもらって構いませんよ?」
ふふっ、流石は私のルシードです。
後で良い子良い子してあげますからね?
「お前は――――――黙ってろよッ!!僕は何も悪くないッ!!」
ヘレンさん?もう一度マナーを一からやり直した方が宜しいのではなくて?
そんな侮蔑を込めた視線をヘレンさんに送ると、怒りか羞恥かで顔を真っ赤にしていた。
そんなヘレンさんの状態にも気付かず、まだ自分は守ってもらえるとでも思っているアルフォンスはヘレンさんに縋りつき、
「そ、そんな事よりも母様!僕はルシードに暴力を振るわれたんですッ!!オーズ先生もそれを見て――――――」
「そんな事?」
私のルシードに暴言を吐いておきながら、それを謝罪もせずにそんな事で済ませようだなんて――――――…………。
私は今まで扇子で隠していた口元を更に隠し、殊更視線を強調した状態でアルフォンスを睨みつける。
ヘレンさんが仲裁に入ろうと動こうとするのが見えましたが、させませんよ?
「ルシードの事を愚弟呼ばわりしておいて、そんな事……………?ヘレンさん?どうやらアルフォンスは全く反省していないようですわね?自分の言った言葉を棚に上げて、暴力を振るわれた?そして悪いのはルシード?私にはとても可笑しな話に聞こえるわ?」
「な!何が可笑しいんですか!?」
アルフォンスを嘲笑してもヘレンさんはもう何も言えませんわよね?
「――――――だって、最初に貴方がルシードに侮辱して喧嘩を吹っ掛けたのでしょう?それが無ければルシードだって手を出すことは無かった筈です。自分から喧嘩を売って、無様に負けたからって
途端、ヘレンさんが顔を上げた。
「ミューレさん!?それ以上アルフォンスを侮辱するのは許しませんわ!!」
テーブルに勢いよく手をついて立ち上がり、抗議したヘレンさん。
その勢いでテーブルの上に置かれていたティーカップから紅茶が広がる。
マーサがそれを何も言わずに片付け、ヘレンさんに新しい紅茶を用意する。
私は言い過ぎたとも思いませんけれど、ヘレンさんには一度冷静になってもらいましょう。
「ヘレンさん、どうぞ紅茶でも飲んで落ち着かれてはいかが?この程度過去にルシードに対してヘレンさんが仰った言葉に比べれば可愛らしいものでしょう?」
そんな風に切り返してみれば、ヘレンさんは青褪めた顔でソファに座り直し、すごすごと引き下がり紅茶を一気飲みした。
冷静になれたようで何よりですわ♪
ルシードに関する事で私が知らない事があるとでも思っているのがそもそもの間違いなのですよ?
陰でルシードの事を散々馬鹿にして、私の居ない所を狙って罵倒していたことなんてとっくにバレてるんですよ?
…………どうして黙って居たのかって?こういう時の為に温存していました。
武器は多ければ多い方が鋭ければ鋭い方が良いですものね?
「母親ならば我が子が馬鹿にされて怒るのは当然です。それならばヘレンさん?今の私の怒りが如何程かお解りになりますでしょう?私、今とっっっっっっっても怒っていますのよ?」
全部知ってるのですよ?――――――そう匂わせる事で、ヘレンさんはすっかり戦意を喪失してしまったようでした。
あら残念、ここからが面白くなりますのに――――――。
アルフォンスは未だに事情が理解できていないらしく、何故自分が馬鹿にされたのにヘレンさんが言葉を呑み込んだのかが解って無いようです。
本当におめでたい子ですわね?
諦めなさいアルフォンス。
この場で貴方の唯一の味方は、たった今私が息の根を止めましたから。
「…………どうすれば良いのかなんて、お解りですわよね?」
トドメの一言で、ヘレンさんはアルフォンスの頭を力づくで下げさせながら、
「今までの事、そしてこれまでの事、本当に申し訳なく――――――」
「違いますでしょう?」
私への陳腐な謝罪の言葉を遮り、にこやかに告げた。
「謝る相手は私ではありませんよね?」
ヘレンさんは頭を上げる事も無く、そのままルシードの方に頭を向け、隣に居るアルフォンスはルシードに謝罪すると分かった途端に無駄な抵抗を始めました。
「嫌ですッ!!何故僕がコイツに謝らなければいけないのですかッ!!僕は次期当主でコイツは家来になるのですよね!?それなのに頭を下げる必要なんて―――――」
あぁそうでしたか、貴方は常々そう言われて教育されてきたのですね。
ヘレンさんが慌ててアルフォンスの口を塞ぎますがもう遅い、ばっちりと聴かせて戴きました。
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