第46話 祭り/試合後のイザベラ

「ルシード!表彰式が有るのに逃げてきてよかったの?」

「あぁそれは大丈夫!ファナル先生のお墨付きだ」


表彰式の存在を完全に忘れていた俺は、それでも構わず声を上げた。

いやだって忘れてたんだから仕方ないだろう?

まぁ大丈夫だよな?ファナル先生に行って良いって言われたんだし?


マリーも俺の反応にすっかり呆れていた。

………もう大丈夫そうだな。

闘技場から出て学校の正門前でそっと手を放す。


「俺は闘技場に戻るつもりもないからこのまま町に行くけど、マリーはどうする?表彰式に参加するか?一旦着替えてから行くか?」


表彰式に行くと言っても、着替えてから行くと言っても俺はここで待ってるつもりだった。


「勝ったルシードが参加しないのに私が表彰式に出ても意味無いでしょう?それに着替えてる時間がもったいないから、このまま行きましょう?」


そう言って、今度はマリーから俺の手を取り駆け出した。



そう言えばなんだかんだで町に出るのは初めてだ。

シバキアだっけ?転入から慌ただしくてゆっくりと見て回る機会なんて無かったからな………。


軍学校の生徒も土日の休日はある。

そしてきちんと申請すれば外出も可能で、門限は夕方六時、そして今まで知らなかったんだが、軍学校の生徒には微量だけど給料が支払われている。

軍学校入学と同時に軍属扱いとなるので、その時に専用口座を学校側で作成し、そこに毎月少量のお金が振り込まれる。


模擬戦闘試験大会という一大イベント、シバキアの町もお祭り騒ぎだ。

試合のない生徒なんかは朝から町に出て遊んでいたりもする。

当然、遊ぶためのお金や屋台などで買い食いするお金も、みんな給料から支払っている。


向こうの世界とこっちの世界で祭りの雰囲気が異なるのかと思ってたが、案外同じでホッとしている。

向こうの世界でも”何でこんな事してんの?”っていう奇妙な祭り、そんな取っ付き難い毛色じゃなくて安心できたのは何気に大きい。


そういえばこっちの世界に来て驚いたのが、俺のような転生者?転移者?があまり珍しくないって事だ。

経緯はどうあれこっちの世界に来た彼らは、色んな知識や技術で世界を豊かにしてくれたらしい。

確かに向こうの世界に居た時と生活水準がそんなに変わらない事を違和感なく受け入れてた、生憎俺にはそんな知識も技術も無ぇからそっち方面で活躍するのは他の奴に任せるけどな。



………だからマリーが綿菓子食っててもおかしくはない。

俺にとっては見慣れた綿菓子を、美味しそうに食べるマリーを見て微笑ましく思う。

軍学校では結構甘味って貴重だからな………この学校の生徒は甘味に飢えている。

他にもたい焼きだとか焼きそばだとか、縁日か?と錯覚するほど懐かしい香りが漂っていた。

学校の食事がヤベーから余計にこうしたものが美味そうに感じるんだろうな。


俺はマリーと手を繋いだまま、町に漂うお祭りの雰囲気を楽しむのだった。

イザベラ?誰だそれ?



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【イザベラ視点】


私は一人、寮の部屋の中ですすり泣いておりました。

試合が終わればシルヴィオ様と町へと出かけて一緒に楽しむ予定でしたのに、そんな私の淡い想いは全てあの男に滅茶苦茶にされました!!

私が油断してたのを良い事に、お腹を殴りつけそして――――――………。

大観衆の中、あのような辱めを受けたのは初めてですわ!!


あの男のせいで今まで私の傍に居た娘たちまで離れて行きましたのよ!?

それだけでなく、寮に帰るまでに他のクラスや上級生からも「お漏らし」だなんて、後ろ指差され嘲笑されたこの屈辱…………!!


私は部屋へと戻るなり、ベッドに飛び込み布団を頭から被り、今尚枕を抱きしめ涙で濡らしておりました。

いつか……いつか絶対に、同じ目に遭わせてやりますわッ!!

覚悟してらっしゃい!?ルシード!!


泣き続けていると、表面上の気分だけは落ち着いてきましたわ。

今なら愛想笑いくらいは出来そうです。

但しあのルシードとかいう馬鹿を除いて、ですけれど。


そんな時でした。

部屋の扉がノックされ、私の両親が入ってきました。

何でもニーア校長に「特別に会う事を許します」と、許可を頂いたそうです。

私は一目散に両親に縋りつきます。


「お父様!お母様!私………悔しいですわッ!!あのような者に卑怯な手段で負けただけでなく、あんな………辱めまでッ………!!」


「あぁ………なんて可哀想なイザベラ、貴女の屈辱はきっとお父様が晴らしてくれますわ」


お優しいお母様が、私を抱きしめて下さいます。

それだけでまた涙が溢れて来て止まりませんの。


「任せておきなさい。すぐにアイツの素性を調べ上げて――――――」

「………ですから、報復など考えるなと忠告いたしましたでしょう?」


いつの間にか、部屋の中に校長先生が居ました。

その表情と口調は優し気ですが、とても嫌な予感がしますわ。


「元々、私の娘であるマリーに対してふざけたマネをしてくれただけでも許せないのに、その上ルシードきゅんに報復?余程死にたいようですわね?うふふふふ……」


校長先生の妖しく輝く瞳が見開かれ、私たちは蛇に睨まれた蛙のように身動きが出来ませんわ。


「入学時に御説明申し上げたはずですわよね~?この学校内では如何なる貴族であろうとその権威を振るう事は許されない、と」


「そ、それに違反したことには誠に申し訳ないと思う!!だがしかしだ!!我が娘イザベラが彼の意図する形ではなかったにせよ辱めを受けたのも事実!!我が家としてはこのまま引き下がる訳にはいきませぬ!!」


お父様が懸命に校長先生に反論してくださいます、頼もしいですわお父様!


「彼の攻撃でイザベラさんが気絶してお股が緩んでしまっただけなのですから、その責任を彼に求めるのは筋違いですわ~。それとも彼に責任をとってイザベラさんをお嫁に出しますか~?」


「そのような話をしているのではないッ!!」


「うふふ。今言ったのは極論ですが、我が校の生徒に危害を加えるというのならば仕方がありません。校長として見逃すわけにはいきませんわ~」


校長先生が現れた時から変わらない雰囲気で、言い放ちました。

あぁ…………校長先生は最初からお怒りだったのですね?だから私たちを許すつもりもない。

お父様も何も言えず、私もただお母様に抱きしめられるばかりでした。

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