閑話・裏話 坊ちゃまの居ないエンルム家より
【サリア視点】
皆さまいかがお過ごしでしょうか?サリアで御座います。
誰?と思われた方々のために言いますと、エンルム家のメイドにしてルシード坊ちゃまの傍仕えをしておりました者で御座います。
我が愛しのルシード坊ちゃまがエンルム家を出られてから、一か月ほどの時が過ぎようとしておりました。
あれからエンルム家はと言いますと、ヘレン奥様とアルフォンス坊ちゃまが幅を利かせていてルシード坊ちゃまが悪さをしていた頃よりも空気がよどんでいるように感じます。
こんな家にミューレ奥様が居ては余計に体調を崩してしまわれるのではないかと、お婆様とエドガさんの三人でひやひやしております。
本当に御当主様は何をお考えなのでしょう?
ヘレン奥様や次期当主であらせられるアルフォンス坊ちゃまを諫めるのも御当主様のお仕事でしょうに………。
そして最近不快な事にアルフォンス坊ちゃまが度々私に声を掛けてくるのです。
こんなのでも一応は次期御当主様です。
ですので嫌々ながら応待しておりましたら、何を勘違いなさったのか「サリアは僕の専属になりたがっている」などという世迷い事を周囲に言いふらしているそうです。
それをお母様から確認された時は、本気で鳥肌が立ちました。
そんな様子を見てお母様はすぐにアルフォンス坊ちゃまの妄言だと、誤解であると気付いてくれたのですが、何を血迷ったのかヘレン奥様がその妄言を本気にして御当主様に進言したそうなのです。
「サリアをアルフォンスの専属に――――――」と、幸いその話はミューレ奥様に降りて来て、ミューレ奥様が断固として拒否して下さったので事なきを得たのですが、それ以降も何故か執拗に話しかけてくるのは変わりませんでした。
そして身体に絡みつくようなイヤらしい視線も感じる様になり、お婆様とお母様に相談して、離れに居るミューレ奥様のお世話を主な業務としてさせてもらう事になりました。
こうしている間もルシード坊ちゃまは研鑽を積まれているというのに、この次期御当主様はそれに胡坐をかいて本当におめでたい方です。
ミューレ奥様にもこのような些末な事で煩わせてしまって申し訳ない限りです。
そしてお婆様かエドガさんのどちらかが一緒に居てくれるようになりました。
けれど、
「サリアは僕の専属になるに相応しい能力を持ってるんだ、そんな処に居ちゃいけない!」
アルフォンス坊ちゃまの妄言は止まりません。
そんな言葉を口にするのであれば、まずはそのゲスな視線をどうにかしてから言って欲しいものです。
まぁお断りしますけれど。
きっとルシード坊ちゃまのモノである私を、ルシード坊ちゃまから奪って悦に浸りたいという身勝手な気持ちなのでしょう。
とうとうミューレ奥様が見るに見かねて、
「アルフォンス!!いい加減になさい!!女性の尻を追いかけまわすだなんてエンルム家の恥ですわよ!?」
全くもってその通りな一喝でした。
後日、その話を聞いた御当主様とヘレン様が揃って謝罪に訪れ、もう二度とアルフォンス坊ちゃまを近づけさせない事を誓って下さいました。
話は変わって、毎週末日にエンルム家にはルシード坊ちゃまからのお手紙が届きます。
それをミューレ奥様、お婆様、エドガさん、私で読むのがもうすっかり週末の密かな楽しみとなっています。
慣れない学校生活に戸惑いも多いようですが、元気にそして心安らかに過ごされているようで、最初のお手紙を戴いた時には不覚にも全員が涙を流してしまいました。
お友だちも出来た様です、モア様、マリーツィア様、シルヴィオ様…………。
三分の二が女の子なのはどういう事なのでしょう?
お帰りになられた時にきっちりと御説明戴かなければ……………。
「あらあらルシードったらモテるのねぇ」
「ルシード坊ちゃま程の御方であれば当然でしょうな」
「………まだ向こうでボロが出ていないだけで御座いましょう」
ミューレ奥様は微笑んで、エドガさんは納得し、お婆様は憎まれ口、ですが私を含め四人ともがその文面から楽しそうにしている様子が伝わって来て嬉しく思っています。
そして今週末に届いた手紙には、
「模擬戦闘試験大会…………?」
今までそうした催しが開催されている事は知っておりましたが、誰一人軍務に興味が無かったため観覧に行ったこともありませんでした。
ですがルシード坊ちゃまが出場なさるとあれば話は別です。
ルシード坊ちゃまからの手紙によれば、生徒の保護者・両親なども観覧出来るそうで、珍しく同封されていたオーズ様からの手紙には、「言葉には出さないが見に来て欲しそうにしているのである」と書かれていました。
それを見たミューレ奥様はすぐに御当主様の所に話を持って行きました。
しかし――――――、
「その日はアルフォンスの授業参観に参加予定となっている、すまないが参加できない」
次期御当主であるアルフォンス坊ちゃまを優先するのは仕方のない事、ましてあの一件以来アルフォンス坊ちゃま及びエンルム家は立場があまり良くないので辞退すれば更に評判が悪くなるとの事でした。
そして、さすがに私たちが居るとはいえ、ミューレ奥様御一人で観覧に行くには体調面に不安がありますので出来ません。
仕方のない事だと言うのは解っているのです。
悪い噂の早期鎮静化を図るために、敢えて非難を浴びに行く事も必要な事です。
エンルム家に仕える者として、文句を言うのは間違いなのだと――――――。
ミューレ奥様が見に行くことは出来ないという旨を伝える手紙を書いている間、ずっと手紙の向こうに居るルシード坊ちゃまに涙を流し、謝り続けていました。
その光景に胸が締め付けられるように痛み、気付けば私もルシード坊ちゃまに謝っていました。
本当に、この家はルシード坊ちゃまにお優しくない………………。
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