第44話 大会観に来る?来ない?

試験予選に合格してから三日後の早朝――――――。


俺は寮の部屋の前でミューレさんから返事を読んでいた。

その日はロイさんがアルフォンスの学校の行事に参加するらしく、ミューレさん一人では不安があるので来られない事が記されていた。

手紙の中で何度も何度も謝るミューレさんに、何だか知らせてしまったこっちが申し訳なくなった。


”ガキじゃねーんだから見に来なくて良い”そう思う一方で、”頑張ってる姿を見てほしい”って思う気持ちは何なんだろうな?

ガキだからそうした感情は俺が隠そうとしても漏れちまうみたいで、オーズさんもこの手紙を一番に俺に届けてくれた。

………………バレバレ過ぎて恥ずいな、もういっそ開き直るか?


ルシード・エンルムの感情が残ってるのか?それとも俺がミューレさんに喜んでもらいたいのか?褒めてもらいたいのか?多分全部本当の気持ちだって解る。


何にせよ恥ずかしくて、んな事誰にも言えるわけねーわ。



「ルシード……………」


しまったな…………断られるとは思ってなかったから、テンションが急降下してオーズさんにダメだった事がバレてやがる。

オーズさんも何て言って良いか分からないって顔すんなよ?


「あの人も母上も来れないみたいです、けど仕方がありませんよね?僕が蒔いた種でこうして転校したんですから……………」


言ってて自分が思ってた以上に落ち込んだ声が出て来た。

こういうところがガキの精神に引きずられるのは勘弁してほしい、こちとら運動会を親に観に来て欲しいなんて歳じゃねーんだよ。

唯一つ思ったのは、ミューレさんに喜んでほしかったなぁって事くらいだ。

あの人にはルシード・エンルムも俺にしても散々迷惑かけてるからな?

晴れの舞台で活躍してちょっとでもそれが親孝行になれば――――――なんてガラにもなく考えてたんだが………。


「ルシードよ。吾輩はこれから軽くランニングに行くであるが、貴様も来るか?」


慰め方下手くそかよ………。

けど変にその事で何か言われるよりよっぽどありがたい。


「はい!!リズ先生も誘いますね?」

「ルシード!?余計な事は――――――………」

「余計な事でしたか?」

「う、ぐ、ぬぅ………勝手にするのである!」


最近気付いた事がある。

オーズさんは手加減が苦手らしい。

1か5か10かでしか力を発揮できない、その辺りの匙加減を最近はリズ先生が一緒にトレーニングに参加してくれる事で調節してもらっている。

手加減が苦手な事はオーズさんも自覚しているらしく、リズ先生の指摘も的を射ていて最早何も言えなくなっていた。


それにしても早朝トレーニングにリズ先生が乱入してきた時は驚いたなぁ………。




―――――試験の次の日もいつも通り早朝トレーニングを開始しようとした処、


「ま、待って下さーい!」


動きやすい服装に着替えたリズベット先生が手を振って駆け寄って来た。


「リズベット先生?どうしたのであるか?」


俺とオーズさんは揃って目を逸らす、走ってると痛むのか知らないが右手は俺たちに振って左手は胸を抑えてんだもんなぁ……目のやり場に困るだろ?


「ニーア校長から、二人がここで朝早くにトレーニングしてるって聞きまして、お邪魔でなければ参加させてもらえませんか?専門的な医学知識のある私が居れば、ルシードくんに過剰な負荷をかけずに済むと思うんです!」


リズベット先生はそう言ってるけど、本当はオーズさんと一緒に居たかったんだろうな?ニーアさんから早朝練習してるって聞いて居ても立っても居られなかったんだろう。

こうしてオーズさんが押し切られる形で一緒に練習することになったわけだが、


「ルシードくん、昨日はありがとうね?」


運動前の柔軟体操をリズベット先生に手伝ってもらってると、不意にそんな事を言われた。それがオーズさんとのデート?の話だと気付くのに暫くかかった。


「あー別に大したことしてませんし、頑張ってください」


それだけ言うと、リズベット先生は顔を真っ赤にしてこくりと頷いた後オーズさんに熱い視線を送り、それに気付いたオーズさんと目が合い二人ともが顔を赤くして何か知らんが甘ったるい空気が流れ始める。


俺、邪魔じゃね?

何つーかもうさっさと付き合っちまえ!!


それからリズベット先生の事をリズ先生と呼ぶようになって、三人でトレーニングするのが当たり前になったんだ。




リズ先生は呼びに行かなくても訓練場に来ていた。

今日もオーズさんはこの後試験官として生徒の相手をする事になる。


「んっ。はぁ……オーズさん…………」

「ぐ、ぬぅ………リズベット先生…………」


上級生になればそれだけオーズさんの負担が蓄積されて行く(ホントかどうかは知らん)らしいからと熱弁したリズ先生は、俺がシルヴィオにしてもらったようなマッサージを施してもらっている。

決してエロい事をしてるわけじゃない。

ないんだけど…………俺やっぱ邪魔じゃね?


やってもらう当初遠慮していたオーズさんだったが、今となっては完全にその虜になっているみたいだ。

こういうのを完堕ちって言うのか?

もういっそ結婚して幸せになっちまえよ!!


お邪魔な俺は一応二人に声をかけたが、二人だけの世界に陶酔してるのか聴こえていないようで返事はなかったが、俺はそのまま寮に戻った。

付き合ってられるかっての。



「あ、ルシードお帰り」

「シルヴィオ?どうしたんだ?まだ起きるには少し早いだろ?」


シルヴィオを起こさないようそーっとドアを開けると、俺に気付いたシルヴィオが笑顔で迎えてくれた。

いつもならまだ寝ている時間なのに珍しいな?

その手には封を開けた封筒と手紙があり、何となくシルヴィオが浮かない表情をしている様に思えた。


「何かあったのか?」


俺が続けて問いかけると、シルヴィオは困ったように眉を下げて自嘲気味に笑った。


「どうしてそう思ったの?」

「いや、何となくだけど?」


シルヴィオは「そっか」と呟いて、手に持っていた手紙に視線を落とした。

それにつられて俺もその手紙につい視線を向けてしまう、


「両親がね…………今度の大会を観に来るんだってさ」


とてもじゃないが、冗談でもシルヴィオのその表情を見て「良かったな?」なんて言えるわけがなかった。


「嫌いなのか?両親の事……」

「そうだね。前にも言ったけど僕の両親は常々縁談しろってうるさいから」

「そっか」


俺はそれ以上何も言えなくて、シャワーを浴びるために着替えを用意する。

それから学校に行くための準備として教科書を床に座って鞄の中に入れていってると、その背中に重みを感じた。

見ればシルヴィオが俺の背にもたれかかって来ていて、また珍しいと思ってしまう。


「ルシードの両親は観に来るの?」

「いいや来ないよ、忙しいんだってさ」

「そっか」


背にもたれながら完全に体重を預けてくるシルヴィオは、どこかぼんやりと返事をした。

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