第26話 模擬戦前の前哨戦

まだまだ食い下がるつもりのマリーの相手はニーアさんに任せて、俺はオーズさんと話す事にした。


「オーズさんはどうして此処に?」


「うむ。吾輩が教師として此処に赴任するのは既に伝えていたであるが、具体的にいつから、どのような科目を担当するのかを話していたのである」


職務上伝えられない事かと思っていたんだけど、オーズさんはあっさりと教えてくれた。今は教師として恥ずかしくないように正装をしているオーズさんだったが、身に纏う筋肉の鎧によってその正装ははちきれんばかりにピッチピチだった。

もう担当教科なんて”筋肉”一択だろ?異論は認めない。


「ルシードこそ、ニーアの娘と知り合いだったのであるか?」


「今度の模擬戦闘試験のペアになったんです、それで顔合わせに行った時にさっきの放送が聞こえて来て――――――……」


そして俺は視線をマリーに向ける。

オーズさんもそこは察してくれたみたいで、「うむ」と頷いた。

因みに今もずっとマリーは何とかニーアさんに撤回させようと喚いている。

引き篭もりなのに案外逞しいじゃねーか、元気が有り余ってんなぁ………。


「そもそもどうして私のペアが転入したばかりの彼なの!?」


マリーの左手は俺と繋いだままになっているので、空いてる右手で俺の事をビシッと指さした。

あ゛ぁ?何か文句あんのか?とは思ったが、それを俺が口にするよりも早く、


「マリー?必死なのはわかるけれど、今のはルシードくんに対して失礼だわ。それに貴女がペア決めの時に教室に居なかったんだもの、一人だけあぶれて当然でしょう?」


一瞬背筋が凍った。

たぶんニーアさんがマジギレしそうになったんだろう、それにしても気配がヤバかった。隣に居るだけの俺でも”ヤバい”と感じるのに、それを真正面から受けたマリーはというと、


「あ、うぅ…………」


顔に刻み込まれた様に恐怖がありありと現れていた。

俺と繋いでる手は痛いくらいにぎゅっと握られて、目には涙、膝は笑いそれはすぐに全身に伝わった。

怖い、けれど目が離せない、逸らせない、そうする事さえも今のマリーにとっては恐怖でしかないんだろうな。

あれだけ果敢に立ち向かっていたマリーが、完全にニーアさんに呑まれていた。


ニーアさん!?幾ら何でもやり過ぎだ!!


俺が責める様な視線をニーアさんに向けると、ニーアさんはそれに気付いて俺に向けていたずらっぽくウィンクを飛ばしてきた。


後は宜しく――――――そう言われた様な気がして、俺は一気に脱力する。

こんなとこまで計算済みかよ………しゃーねーな。俺だって真っ向から受けたらちょっとチビるかもしれんし、マリーはまだガキだもんな。

もうこうなっちまった以上勝負はついた、マリーにはもう勝ち目はねぇ。


そうだとしても、このまま折れちまった状態で放置したくねーのは確かだ。

どうすれば良いのかなんてまだよくわからねーけど、マリーと並び立てるくらいの実力が俺には在るんだってことを示さないとマリーはきっと俺とペアで参加する事に頷いてくれないだろう。


俺はゆっくりとニーアさんからの視線を遮るように移動して、繋いだ手はそのままでマリーの前に立つ。そして恐慌状態のマリーの目を真っ直ぐに見て、


「マリー、僕と模擬戦で勝負をしよう」

「………え?」


「僕が勝った時は一緒に頑張ろう?」

「私が勝った時は?」

「何でも言う事を聴く、勿論出来る範囲でだけど」


我ながらクサい事してる自覚はあるが、震えるマリーの両手を包み込むようにしてぎゅっと握り、微笑みかけて誘ってみた。


「私のメリットが少ないと思うの…………」


少しは落ち着いたらしい、けどそのせいで冷静に断られる可能性も出て来た。


「ダメかな?僕はどうしてもマリーとペアが組みたかったんだけどな………」


心から残念そうな声を出してマリーを見た。

今更俺が他の子とペアを組めるわけがない、だからこそここでマリーに組んでもらわないとペアを組めなかった生徒には試験を受ける資格さえない。

評価は最低点となり、学科もイマイチ不安な俺に待っているのは死だ。


「……………………………わかった。勝負する」


見る見るうちに顔を赤くして、気の抜ける様な弱弱しい返事がマリーの口から洩れた。どうやら怒らせてしまったみてーだけど今は我慢してくれ。


とにかく言質は取った!そんな意味を込めてオーズさんとニーアさんに視線を向けるのと同時に二人から離れて行き、マリーをソファに座らせる。

俺に助けられたことが悔しいのか、マリーはそれきり俯いて借りてきた猫の様に大人しくなって黙り込んでしまった。





「あらあら~?結果としては望む通りになったけれど、娘が恋に落ちるのは予想外だったわ~しかもその瞬間を見ちゃうだなんて――――――マリーったら恥ずかしがっちゃって、可~愛い」


「あまり男性の方から女性に触れに行くのは良くない事である、これからはそうした部分も教えて行かねばならぬである」


「それで?ルシードきゅんって強いのかしら~?オーズ君が期待しているのは知ってるけれど、マリーは多分魔力だけならよ?」


「望む処である。ルシードにはそろそろ上には上がいる事を教えてやらねばならぬからな」


「………どこも似たようなものなのかしらね~?けれど今回は勝ってもらわないと困るのだけれど~?オーズ君は相変わらず熱血指導よね~?そんなだといつかルシードきゅんが折れちゃうんじゃないかしら~?」


「………忠告感謝するのである」


「まぁ……あれよね~?教育者と言うか、親にしてもそうだけれど、期待が大きいとついつい世話を焼きたくなっちゃうのよね~?ルシードきゅんを見てると私もつい疼いちゃうわ~。あとついでに潤っちゃうわ~」


「…………やはりルシードから遠ざけるべきであるか」



そんな俺たちをニーアさんはとても楽しそうに、オーズさんはどこか少し困った様子で見守っていた、何かを話してたみたいだが、この時の俺はマリーに気を取られていて、二人の会話の内容までは聞こえなかった。






その後、マリーが落ち着くのを見計らって俺たち四人はそのまま模擬戦が行われる訓練場へと移動した。

そこは円形闘技場のようになっていて、周囲をぐるりと数段高くなった観客席が囲っている。

ニーアさんによれば全校生徒とその保護者達全員を収容できるように設計されているらしい。

模擬戦闘試験大会の会場も此処なんだそうだ。


俺は早々と戦闘訓練用の服(体操服みたいな物)に着替え、オーズさんニーアさんと共に、マリーを待っていた。

準備運動を兼ねた柔軟を行いながら待つ、ラヂオ体操でもやろうかと思ったが”あの曲”が無い中でサイレントラヂオ体操をするのが激ムズな事に気付いたから速攻で止めた。


闘技場の選手入場口からマリーがゆっくりと歩いて来た。

その顔にはさっきまでの恐慌状態の気配は微塵も残っていない、真っ直ぐに俺の事を射抜くような視線をぶつけて来やがる。


良いね。やっぱ喧嘩はこうでなくちゃ面白くねーよな。


俺は地面に置いていた木剣を拾って構える。

オーズさんに教わってる剣術の一番シンプルな構え、マリーの手には杖が握られている。

杖と言って侮れない、あれでおもいっきり殴られるのはバットで殴られるのと同じだからだ、けれどマリーは構えない。

俺はどうしたのか不思議に思っていると、


「さっきはごめんなさい!!貴方を馬鹿にするような物言いをしてしまって………」


マリーは突然勢いよく頭を下げて謝罪の言葉を口にした。


「ちゃんと謝ってくれたし、もう良いよ。顔を上げてほしいな?」


俺がそう言うまでマリーは頭を下げ続けていた。

此処でちゃんと謝れるなんてマリーはスゲー奴だよ。

ゆっくりと頭を上げたマリーは若干顔が赤いように見えたけど、その後すぐに武器を構えた。

審判兼立会人はオーズさんとニーアさん、きっちりと公平にジャッジしてくれるだろう。

さぁてそれじゃあ、試合おうか?

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