第25話 怒っちゃった
俺はマリーに招かれて、アトリエの中にお邪魔させてもらっていた。
部屋の中は………なんつーかカオスだった。
まず足の踏み場が予め用意されている、つまりそこ以外に足場なんてものは存在しない。
服だったり、何かの機械部品?だったり、紙の山、本、とにかく色々と積み上がり、いつ雪崩が発生して生き埋めになってもおかしくない様な状況だった。
俺はとくに綺麗好きってわけじゃない、前世でも部屋の掃除なんてロクにした記憶も無い。
けど幾ら何でもこれは無いだろ?
仮にも女の子の部屋(今回はアトリエだが)に初めて入る(シルヴィオは除外)男子としては何か良い匂いが漂っていたりだとか、塵一つ無いとまでは言わんけどそれなりに掃除してるんだろなーって幻想を抱いてたんだ…………。
此処は俺のそんな幻想を悉くぶち壊してくれた。
マリーは適当にテーブルの上の物を手で乱雑に払い除け、その周囲を分厚い本を使ってブルドーザーのように物を押し退けて行く。
「ふぅ……」
満足そうに一息ついた時にはテーブルの上とその周囲だけは何も無くて、その周囲には雑多に物が溢れていてドーナツ状になっていた。
「どうぞ」
そうして彼女に着席を促され、俺は覚悟を決めて座らせてもらう事にした。
いつ周囲から黒光りする高速起動虫Gが出現してもおかしくない様な状況下、謎の緊張感に襲われる。
「ルシードはわざわざこんな所まで何をしに来たの?」
早速本題に入ってくれたので、俺もマリーとの話に集中する。
既に口調はフレンドリーで俺としてはなかなかいい雰囲気だと思う。
ニーアさんと同じ萌黄色のふわふわとした長い髪、前髪は眉毛の辺りで切り揃えられてる。丸い大きなレンズの眼鏡がとてもよく似合ってる。
「実は僕とマリーが模擬戦大会のペアに決まったから、その顔見せに来たんだ」
「あぁ……もうそんな時期なんだ?」
興味無さそうにマリーが呟く、本当に興味ないんだろうなと一目で分かるくらいだった。
「ルシードには悪いけど、私は参加するつもりは無いわ」
興味無さそうじゃなくて、そもそもやる気がない方だったか………。
「理由を聞いても良い?」
納得出来る様な理由だったら残念だけど諦める、ミューレさんに元気な所を見てほしいけど無理をさせるわけにもいかないしな。
マリーは暫く考える様に、髪をくるくると弄る。
「今は研究の方を優先したいの、それに私が出場すると絶対に優勝しちゃうからそんな事でスケジュールを数日間でも拘束されるのが嫌なのよ」
学業よりも仕事優先、その方針を否定する気は無いけど絶対に優勝してしまうという言葉が気になった。
マリーは優秀らしいからアトリエを用意されているんだったか?
「既に初等部で学ぶ学科内容については習得し終えているとか…………?」
「中等部のも座学だけならば既に習得し終えてるわよ?」
マリーは何て事ないように言った、決して自慢するようなものじゃなくて自嘲する様に聞こえたのが印象的だった。
マジかよ…………ホントに天才じゃねーか。
「座学だけって事は実技の方は?」
「………手加減するのが面倒だし、最初から最低評価で良いって思ってるもの。初等部の試験くらいなら学科の方の試験だけで合格点大半は満たせるから」
この学校では戦闘に絡むものには学科試験と実技試験がある。
学科百点・実技百点の計二百点満点で合否を判断されるんだが、バランスよく点を取る必要はない。
得意な方に全力を注ぎ、長所を伸ばすって方針だからだ。
因みに、ペアを組めなければ試験を受ける資格さえ貰えず、結果最低点となる。
合格点は毎年同じ百二十点、例え実技が最低点だったとしてもマリーは学科の方でそのほとんどを賄えるらしい。
だから普段の授業も出なくて良いと言われている。
そしてついたあだ名が”引き篭もりがり勉”なのかと俺は一人そこまでは納得した。
けど――――――手加減するのが面倒だ?
他人の事勝手に下に見てんじゃねーよ!?
そこだけはどうにも納得出来そうにねーわ。
その直後だった。
校内放送を告げるメロディーが何故かアトリエの中にまで響いて来た。
そしてその後、校長先生にしてマリーの母親、ニーアさんの弾んだ声が聞こえて来た。
「うふふふふ~校長のニーアよ~、今日は全校生徒のいる所に直接声を届けてるわ~。実は今度の模擬戦闘試験から合格判断基準を見直す事にしたの~今日はその御報せよ~?」
間延びした声に若干の苛立ちを覚えながら、俺もマリーも静かに黙って続きを聞く。
此処で聞き逃して試験で「知らなかった」は通用しないからだ。
「今までは学科・実技関係無く百二十点以上であれば合格としていましたが~、今度の試験からは学科・実技共に七十点以上―――――計百四十点以上を合格ラインとします。うふふ~この学校に通う良い子のみんななら必ず出来ると信じていますよ~?」
そして終わりを告げるメロディーでそれは終了を迎えた。
「「……………」」
ニーアさんよぅ?俺たちの会話聴いてたんじゃねーだろうな?
幾ら何でもタイミングが良過ぎるだろう。
それはマリーも思っていた様で、膝の上の両手は握られてぷるぷると震えていた。
目には涙が溜まっていて、あぁこれでマリーは参加しない訳にはいかなくなったんだと察した。
「あ~………ドンマイ?」
絞り出した励ましの言葉にキッと睨まれる。
「ドンマイじゃないわ!?何よ学科・実技共に七十点以上って!?何でさりげなく合格点上げてるの!?完全に私を狙い撃ちにしてるじゃない!!」
うおぅ!マリーがキレた。
マリーはすぐに立ち上がると、何故か俺の手を取ってアトリエを飛び出してずんずんと校舎の方へと歩いて行く、その道順から行き先の見当が付いた俺は手を引かれるんじゃなくて隣に並んで歩いていた。
そして足を止めたのは俺の予想通り校長室の前、マリーは何度か深呼吸をして部屋をノックする。
依然俺と手を繋いだままなんだが、俺来る必要ある?
盾代わりにされたりしねーよな?
まぁ別に身内に見られるわけじゃないし、恥ずか死ぬ事もないか……。
ニーアさんから返事が来て、俺とマリーは校長室へと踏み込んだ。
「いらっしゃいマリー、そろそろ来る頃だと思っていたわ~」
ニコニコ笑顔で出迎えたニーアさん、俺と手を繋いでいるのを見て更にその笑顔を強めた。
けど今はその笑顔はマリーの神経を逆撫でするだけだぞ?…………いや、煽ってんのか?そうだとしたら何のために………?
それと校長室にはもう一人、今日姿を見なかった筋肉――――オーズさんがソファに座ってこっちを驚いた様子で見ていた。
思いっ切り身内に見られた………もういっそ殺してくれ…………。
「お母様!!先ほどの放送はどういう事ですか!?納得出来ません!!」
「あらあらマリー?学校では”お母様”ではなく、”校長先生”でしょ?それに先ほどの放送は既に職員会議でも承認された正式な物で言ったそのままの意味よ~?貴女が納得出来なくても関係無いわ~」
そこの所はしっかり線引きしてるのか、怒るマリーにニーアさんはどこ吹く風だ。
これには怒っていたマリーも出鼻を挫かれ、一瞬怯んだ。
そしてニーアさんはここぞとばかりにマリーを視線で射抜いた。
普段目を細めてニコニコしてる印象の強い人が、眼を少し開けるだけで威圧感があるのはなんなんだろうな?
「で、でも……私には研究が………」
「あら?学業に支障をきたすなら研究は一時凍結しても構いませんよ?元々そういう約束だった筈でしょう?」
ニーアさんに指摘されてマリーは言葉に窮する。
あれ?でも研究するから授業に出なくてもいいって話だったんじゃ……?
「賢いと言ってもマリーもまだまだ子どもだもの、学校の成績が最優先よ~。今まではそれに支障が無かっただろうから何も言わなかったけれど、この子ったらあまりに他の子たちと戦うのを嫌がって実技を蔑ろにするんだもの~お母さん怒っちゃった」
俺の疑問に気付いたのか、ニーアさんが教えてくれた。
そのテヘペロみたいなのにはイラっとしたけどな。
「こ、公私混同ですッ!!」
「公私混同?上等です。けれどさっきも言ったでしょう?職員会議はもう既に通っているのよ?先生方だけでなく親御さんも同じような悩みを抱えていたようね?PTAからも素晴らしいと称賛されたわ~」
つーかニーアさんスゲーわ、言葉だけでマリーをどんどん追い詰めて行ってる。
怒ってるってのは事実らしい、マリーは今完全にコーナーに追い詰められていた。
ところで…………俺とオーズさんってまだ要る?もう完全に空気なんだが?
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