第21話 男装のシルヴィオ

「もう入っても良いよ」


部屋から聞こえた声に、俺は慎重にドアを開く。

そこには銀髪を後ろに束ねただけの彼女が、ワイシャツとズボンという姿で立っていた。

その顔は当然まだ思うところがあるんだろう、ムスッとした顔をしていた。


「はじめましてルシードです。宜しく」

「どうして今自己紹介したの!?」


特に意味なんて無かったが、彼女が呆れた様に笑ったので良しとしよう。


「”僕”はシルヴィオ。この学校ではそう名乗っている」


自分の事を僕と言い、顔を幾分引き締めた彼女は成程美形男子のようにも見える。

それにしてもシルヴィオ?どっかで聞いたような名前だな?

この学校ではそう名乗ってるって事は間違いなく偽名なんだろう。

それでも俺は深く突っ込まずに、


「宜しく、シルビオ」

「違う、シル”ヴィ”オだよ」

「ビ」

「ヴィ!」

「…………シルブィオ」

「………もうそれで良い」


笑顔で挨拶してみたんだが、どうやら俺の発音はお気に召さなかったらしい。

”bi”と”vi"の発音の違いなんて、そんな細かい事どっちでも良いじゃねーか。


「それより此処って男子寮だよね?どうして女子のシルブィオが此処に居るの?何かの罰ゲーム?ファナル先生呼んでこようか?」


俺が矢継ぎ早に質問を飛ばすと、


「絶っ対に止めて、僕が男子寮に居るのは事情があるからでキミには関係無いよ」


「さっきはきっとそれ関係で殺そうとまでしてきたくせに、今更無関係とかよく言えるよね?」


俺が指摘するとシルヴィオは「うっ」と言葉に詰まり、沈黙が降りた。

暫くじーっとシルヴィオを見ていると、やがて観念したように話し始めた。


「僕の家は結構有名な家でね、無理矢理婚約させられそうになったから逃げて来たんだ」


あ~政略結婚か、シルヴィオが本来女子である以上は例え女子校に通ったところで相手方は婚約を結ぼうと躍起になって来るんだろう。

そこに愛なんざ無くたって、家の為に結婚するような風習が残ってるからな。

察する事は出来た、けど俺はとてもじゃないが納得なんて出来そうになかった。


「それでシルブィオは性別を偽ってこの学校に来たのか」


「限られた先生方………勿論ファナル先生も知ってる話だけど、何か問題があった場合は即刻退学させられる」

「だから僕の口封じをしようとしたのか?」


シルヴィオは黙ってこくりと頷いた。

そんなくだらない理由で殺されそうになったのかと思うと泣けてくるぜ。


「黙って居れば良い?」

「良いのかい…………?」

「退学は嫌なんだろ?」

「うん」

「わかった。じゃあ黙ってる」


本当はあれこれ言いたい事は山ほどある。

でもそれを会ったばっかの俺が言えたことじゃねーもんな。


「本当に良いのかい……?」

「別に良いって。わざわざそんな事言いふらす趣味も無いし」

「ありがとう。信用させてもらうよ」


良い笑顔を見せたシルヴィオは可愛らしい女子のようだった。




そうしてシルヴィオと和解?した俺はようやく荷物を広げ始める。

部屋にはベッド、クローゼット、机、椅子、机を照らす為のライトが備え付けて在り、二人部屋なので配置は左右対称、部屋を真ん中で区切るようにある大きめの窓からは寮の中庭が一望できる。

風呂とトイレは部屋に在る、別で大浴場もあるらしいので後で行ってみよう。


さっきから色々と確認して回る俺の後ろを、シルヴィオが付いて回っているのだが、シルヴィオは女子を隠す気があるのか疑問になって来た。


まずベッドにある布団だが、ピンクでフリルが沢山ついている。

そしてその上にはぬいぐるみが沢山置かれて、仄かに石鹸の様な良い匂いがして来て汗臭なんて微塵もしない。

トイレにはまたもピンクのもこもこが付いたスリッパが置かれ、洋式の便器にもピンクの便座カバーが取り付けられていた。

風呂はきっと高級品であろう可愛らしいデザインのシャンプーとリンスが存在感を放ち、窓にはレースとフリルをやり過ぎではないか思うくらいに施したピンクと白のカーテンが風に揺れていた。

少女趣味全開の部屋、まるでいい歳したオッサンが作り上げたかのようなザ・女子の部屋。

そこらじゅうにあるピンクに目が痛くなってきたんだが?このピンクは攻撃性あるのか?少なくとも俺にとってはこの部屋の居心地はすこぶる悪い。


「シルブィオ………この部屋に男友達が遊びに来た事ってある?」

「無いよ?そもそもどうして僕が男の子と友だちにならないといけないんだい?」


俺は無言で頭を抱えた。

怒鳴らずに済んだことは俺なりの成長の証かと、ちょっとだけ嬉しくなった。

まぁ結婚させられるのが嫌で、軍学校で男として生活しようとするような奴だからなぁ………もしかしたら男子を嫌ってる部分が有るのかもしれない。


「………ピンク好きなの?」


「大好きな色だよ、お姫様っぽくて素敵でしょ?」


でしょ?じゃねーわ!!隠せやぁぁぁぁぁ~!!


もう少しで叫び出しそうになったのを寸前で堪える。

喉が裂けて今なら血反吐も吐けそうだ。


めっちゃ良い笑顔で言ってる場合か?可愛い笑顔で騙されると思うなよ?

確認するけど、隠したいんだよな?バレたくないんだよな?

俺もあまり女子の部屋って入ったことないけど、ここまで女の子女の子してる部屋はなかなかないと思うぞ?

あれか?普段男装なんてしてる反動でこういうところに現れて来てるのか?

だったらもう止めちまえよ男装、この部屋はもう禁断症状レベルだって!


俺が散々脳内で突っ込みを入れていると、シルヴィオが不安そうにおずおずと訊いて来た。


「………何処かおかしなところある?」


色々と、本っ当に色々と言いたい事はあったけど、俺は再びそれらの言葉をグッと呑み込んで一度大きく深呼吸した。


「とりあえず、此処はもうシルブィオ一人の部屋じゃないから、共同で使う場所には趣味全開の私物は撤去してもらえないかな?」


「ルシードも使ってくれて構わないよ?」


俺としては頑張ったつもりだったんだが、その努力は報われなかった。

そういう事言ってんじゃねーよ!?

心底不思議そうに小首を傾げるなよ!?可愛いだろうが!?


「事情を知らない男子を連れて来て今の部屋を見せてみろ?殆どの人が「女子か?」って訊いてくるよ?」


俺の言葉遣いも流石にちょっと限界が近いようだ。

一先ずシルヴィオには現実を直視してもらう為、率直に伝える事にした。

言葉なんて選んでられる状況じゃねーわ。


「こ、これくらいならバレないよ!!」


シルヴィオはまだそんな事を言ってはいるが、薄々認識はしていたのだろう俺から目を背けて言葉を発していた。

なるほどな、これくらいならバレないだろう…………そう思い続けた結果、徐々に徐々に部屋が乙女化されて行ったわけか。


「シルブィオ個人しか使わない物ならそのままでも良いとは思うけど、せめてトイレは改善してくれないか?」


まずはこれくらいから、そう思って妥協点を言ったつもりだったんだが、シルヴィオはベッドの上のぬいぐるみをぎゅーっと抱き締めて、


「可愛いのに…………」


頼むからこれくらいで泣きそうにならないでくれよ、女の涙は本当にずるいと思う。

こっちが正論吐いてるつもりでも、泣かれるとつい謝っちまいそうになる。


「可愛いのは否定しない、けどな?男だって言い張るつもりならそういうところから気を付けろよ?今後は俺もこの部屋に男友達を連れてきたりするかもしれないだろ?」


「…………わかった」


目に見えて落ち込むシルヴィオに、罪悪感が半端ない。

けどバレたくないなら気を付けるに越した事無いだろ?

あーもう!!くそっ!!


「トイレだけで良い」

「え?」


俺の言葉にシルヴィオが顔を上げる。


「トイレだけあのピンクピンクしたのを退けてくれたらそれで良い」


これ以上は妥協できない、あんな可愛らしいの俺が使って汚しちまったらシルヴィオに悪いからな。

そんな俺の妥協を察してくれたのか、シルヴィオはっても嬉しそうに笑ってくれた。

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