第14話 理解できないお嬢ちゃん!?

ミレイユ・ブルカノンと会う場所のセッティングはもう既に済んでいる。

オーズさんとの鍛錬に使っていた中庭の一角にテーブルと椅子が用意され、お茶会なんだそうだ。

張り切って豪華にし過ぎても”歓迎されている”と勘違いさせる、けれど質素にし過ぎてもエンルム家がナメられる、匙加減が難しいらしくマーサが毎日のように頭を抱えながら誂えてくれたものだ。


俺は先にそこに座り、ミレイユ・ブルカノンの到着を待っていた。

本来なら俺も出迎えた方が良いらしいのだが、今回の場合は俺が此処に居る事でブルカノン家の者に”茶番に付き合う”と知らしめる意図が在るそうだ。

貴族社会ってのはホントめんどくせえのな?


「ルシード坊ちゃま、ミレイユ・ブルカノンが到着してしまったそうです」


傍らに控えてくれていたサリアが、連絡を受け取って俺に知らせてくれた。

…………到着してしまったってなんだ?サリア、向こうが此方に来る道中、何も手出ししてないよな?

その事を問い質そうとする前に、ミレイユ・ブルカノンが中庭に姿を現したので結局訊けなかった。




「お久しぶりですわね?お元気そうで何よりですわ」


ミレイユ・ブルカノンは着席する前、俺を見て何てこと無い様に笑った。

そしてそわそわと周囲を見回し、


「………アルフォンスさまは何方に居られますの?」


はぁ!?何言ってんのコイツ?意味わかんねーんだが?

コイツ………自分の立場を全然理解してねーじゃねーか!?

アルフォンスの事が気になってるらしいが、生憎だったな?

アイツはまだ俺の事が怖いらしくて、怪我はとっくに治療済みだってのに退院したがらないんだとよ?ざまぁ見やがれ!!


「アルフォンス坊ちゃまは、まだ退院しておりません」


傍らに控えていたサリアが恭しく一礼してミレイユ・ブルカノンに告げた。

その声はひっそりとだが確実に怒っていた。

ミレイユ・ブルカノンの連れて来た執事のオッサンはそれをつぶさに感じ取って、ミレイユ・ブルカノンに知らせるため咳払いをするが当の本人は、


「あら?そうですの?アルフォンスさまも御可哀そうに……………」


コイツは俺と世間話でもしに来たのだろうか?それとも俺を煽りに来たのか?

さっきから執事のオッサンの汗が凄い事になってんだけど?


そしてミレイユ・ブルカノンはそれ以上何を言うでもなく、自分の爪を気にし始めて一向に謝罪する気配は無い、その不遜な態度が俺には全く理解できねー。

暫し沈黙が続き、これはマズいと意を決したのか執事のオッサンが諫める様にミレイユ・ブルカノンに言った。


「御嬢様、本日はルシード・エンルム様に謝罪しに来たのではないのですか?」


オッサンも大変だな?こんなのの執事になっちまって。

まあ現在進行形でサリアに迷惑かけてる俺が言えた義理じゃないか。


「それはお父様とお母様がわたくしの承諾も得ず勝手に、手紙にそんな事を書いただけですわ」


…………つー事は何か?ミレイユ・ブルカノンに謝罪する意思は無いと思ってファイナルアンサー?

俺の怒りが漏れ出たらしく、執事のオッサンが青い顔をして汗は滝のようになっていた。

ハンカチでそれを拭うも、全然追いついていない。

それでもミレイユ・ブルカノンの言葉は止まらない。


「そもそも何故わたくしが謝らなければならないんですの!?悪いのはそこのルシード・エンルムだとアルフォンスさまも仰っていました。今日此処へもお父様とお母様が口うるさいから来てあげただけで、ルシード・エンルムもわたくしと会ったのですからその時点で既に謝罪は受け取ったという事で宜しいではありませんの」


そんな横暴通るわけないだろうが!?何なんだお前は!?女王様気取りか!?

俺とサリアが怒りを通り越して呆れ果てると、執事のオッサンの顔色が青を越えて白くなってきた。

人間の顔色ってここまで白くなれるもんなのか、知らなかった。

すげー気の毒だが、良い勉強になったわ。


俺はそんな事に感心し始めていた。

ミレイユ・ブルカノン?誰それ?くらいには俺はもう既に興味を失った。

ミレイユ・ブルカノンに謝罪の意思は無い、何せ本人がそう言っているのだからそうなんだろう。


「御嬢様!!幾ら何でも無礼が過ぎますぞ!?この事は旦那様と奥様にもご報告させていただきます!!」


執事の言葉に初めてミレイユ・ブルカノンに焦りが見え始める。

女王様気取りでも所詮はまだガキ、親から叱られるのは普通に怖いようだ。

気合が足りてねーな?

俺はこれ以上の茶番に付き合うつもりは無いし、見る価値も無いので退席する事にした。


「これ以上は時間の無駄ですね。サリア、ブルカノン家の方々はお帰りなるそうだ」

「………………畏まりました」


サリアは俺の言葉に一礼し、二人を玄関まで誘導しようとする。


「あら?もう帰って良いんですの?」

「はい、


アルフォンスが居ないから帰りたくて仕方がなかったのだろう、あっさりとミレイユ・ブルカノンは帰ろうとする。

俺も笑顔でそれを見送ろうとするが、執事のオッサンだけは顔面蒼白なまま俺に許しを乞うてきた。


「ルシード・エンルム様、どうか――――――どうか今暫しお待ちを――――――」


名も知らぬ執事のオッサンよ、悪いな?俺はそっちが仕掛けて来た茶番に付き合い、場を用意しただけでも充分な譲歩だったんだ。それをミレイユ・ブルカノンは全て台無しにしてくれたやがった。

後の事なんて知らね。


「何をしてますの?帰りますわよ?」

「御嬢様!!このまま帰れば旦那様と奥様に厳しい御叱りを受ける事必至ですぞ!?」

「どうしてですの?先ほどルシード・エンルムはブルカノン家の意思は伝わったと言ったではありませんの」

「御嬢様!!ルシード・エンルム様は御嬢様の無礼な態度からブルカノン家に謝罪する意思は無いと御思いなのです!!」


やっぱり解ってなかったか、そのまま帰ってりゃ面白い事になったものを優秀な執事に助けられたな?

ミレイユ・ブルカノンは事情がまだよくわかっていないけれど、俺に嵌められそうになった事だけは理解できたようで、


「ルシード・エンルム!!どういうことですの!?」


鮮やかな赤い髪をぶるんぶるん震わせて怒り狂っていた。

ガキの癖に無駄にプライドが高いな、どうもこうもあるか!?

頭を下げもしない、謝罪の言葉も口にしないで俺にどう謝罪を受け取れってんだ?


「さっき御自身で仰っていたではありませんか?”何故私が謝らないといけないのか”って、それはつまり謝る気が無いという事でしょう?だから僕も、”貴女に謝る気が無い事が伝わりました”と返しただけですが何か?」


にっこりと悪徳セールスマンみたいに貼り付けた営業スマイルで言ってやると、執事のオッサンとは対照的に見る見るうちに顔を怒りで赤くしていくミレイユ・ブルカノン、漸く理解できたようで何よりだよお嬢ちゃん?

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