第4話 家庭教師はマッチョだった

この世界の貴族のガキンチョ共には義務教育が適用されるらしい、俺は自殺未遂(まぁこのクソガキは死んだけど)から回復したばかりなのでまだ様子見するという建前で学校を休んでいた。


そうした次の日のまだ早朝、俺はルシードの親父(この世界での俺の親父になるのか?)に呼び出されていた。

親父さんは仕事が忙しいらしく、この時間しか取れなかったらしい。

も少し寝かせろや。

眠い目を擦り、頬を軽く叩いてシャキッとさせ、親父さんの執務室へと入る。


「おはようございます」


挨拶と共に執務室へと入った俺は中の空気に圧倒された。

俺と大統領が使ってそうなデカい机と豪奢な装飾の付いたソファを挟んだ向こう側、つるっつるの頭を光らせているちょび髭のダンディが、ルシードの親父さんロイさん。

その隣には筋肉ムキムキの実にマッスルなおっさんが、厳つい顔をして俺を睨んできていた。誰かは知らん。

執務室の壁際に置かれた豪華な椅子には着飾って手に持った扇子で口元を隠しているアルフォンスの母親にして第一夫人のヘレンさんがこちらを見ていた。

口元隠してるけど、俺の事を相当嫌ってるのはその眼つきでバレバレだった。


「……………おはよう。そこに座りなさい」


親父さんに促されて、俺はソファに座る。

うおっ!?何だこれ!?ケツがめっちゃ沈む!?

そんな庶民な俺の感動を置き去りにして、親父は話を切り出した。


「朝早くから呼び出してすまない、このような時間しか取れなかったものでな。今日呼び出したのはお前を更生させるために専属の家庭教師を雇ったので、紹介しようと思ってな……………」


そう言って親父さんは傍らのマッチョに視線を向ける。


「オーズ・ストロングである!!貴様がルシード・エンルムであるか!?」


声デケェ!!!

まだ後ろ髪を引っ張っていた眠気が一気に吹き飛んだ。

オーズと名乗ったマッチョは腕を組んだまま仁王立ちして俺を見据えている。

俺はすぐさま立ち上がって背筋を伸ばし、


「はい!!僕がルシード・エンルムです!!」


腹から声を出して言い返し、視線を向けた。

高圧的な態度の大人(主に中年教師)の対応には慣れている。

こっちも出来るだけ大きな声で返して出方を窺ってみた。


「うむ。元気が良くて大変結構である!!」


オーズさんはさっきまでの厳つい顔から一転、がははと豪快に笑い始めた。

どうやらこの人は声のデカい豪快なおっさんなだけらしい。


「御家族でも手の施しようがないどうしようもない令息だと聞いて来たであるが、吾輩が見た処それほどではなさそうであるな」


オーズさんがそんな事を言うと、静かにしていたヘレンさんが青筋を立てて、


「騙されてはなりませんっ!!今この場にオーズ様がいらっしゃるから、ルシードは大人しくしているだけですわっ!!私の可愛い息子であるアルフォンスまでもがこのルシードのせいで、偏見の目で見られているのです!!ミューレさんが居なけければ即刻この家から追い出している処ですわ!!」


耳にキンキン来る声を出して、持っていた扇子で俺の事をビシッと指し示す。

……………それはそれは、ミューレさんには増々頭が上がらねぇな。


「ヘレン、オーズ殿の前だ、落ち着きなさい――――――さて、ルシード。お前にはオーズ殿の徹底した指導・管理の下で生活してもらう、昨日ミューレから聞いたがサリアを傍仕えから外したそうだな?その経緯もミューレから聞いている。

だが、今までのお前の行いを見て来て、野放しにするわけにはいかないのも事実だ……………――――――」


「わかりました」


ルシードがそんなに早く納得するとは思ってなかったのだろう、親父さんは目を丸くして驚いていた。

それはヘレンさんにしても同様で、持っていた扇子を床に落とした。


「今までの僕の行いが愚かなものであったのは紛れもない事ですから、父上やヘレン様の仰りたい事は理解できます」


言葉遣い間違ってねぇよな………?内心恐る恐る言葉にしていく、


「すぐに泣いてしまう弱虫な僕ですが、これからご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!!」


俺はオーズさんに向けて、立ったまま深々と頭を下げた。

今までのルシード・エンルムとは違う、それを印象付けたいが妙案の思い浮かばなかった俺にとっては丁度良い切っ掛けになるかもしれないと考えた。


「顔を上げるのである」


オーズさんのその言葉に従って顔を上げると、オーズさんは白い歯を見せて笑っていた。


「真の弱虫は泣くのではない、すぐに腐るのである。貴様が腐っていなくて良かったのである、その点に関しては花丸をやるのである」


「………ありがとうございます?」


花丸?懐いな、異世界でもあんのかよ。

予想外のスピード解決に呆気に取られていた親父さんは、気を取り直すように一度咳払いすると、


「昨日ミューレが言っていた通りかもしれんな、まるで別人のようだと言っていた。ミューレはルシードには甘いからな、到底信じられなかったが今ならばその言葉に同意できる。これ以上ミューレの負担とならぬよう励めよ?ルシード」


その時になって漸く親父さんはふっと微かにだが、確かに笑った。

渋いな…………つるっつるにちょび髭だけど仕草は無駄にカッコイイじゃねーか。

気を抜くと腹筋崩壊しそうだ。


「はい!!」


親父さんは俺の返事に満足そうに一度頷くと、執務室から速足で出て行った。

その後ろをヘレンさんがついて行く、見送りに行くのだろう。

きっと貴重な時間をルシードの為に割いてくれたんだろうな、良い親父さんじゃねーかよルシード?そんな人を俺が失望させねーようにしないとな。


俺が決意を新たに気を引き締めていると、


「ではルシードよ。まずはこれから軽くランニングに行くのである」


よっしゃあ!!やってやらあ!!

決意が萎えないうちに無理矢理自分を鼓舞した俺は、


「はい!!宜しくお願いします!!」


「うむ。良い返事である。花丸をやるのである」


「ありがとうございます」


そんなやりとりをしながら、オーズさんの後について行くのだった。

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