第5話 「東条 麻衣」(1)

 

 私は小さい頃より、人よりも繊細に色を見ることができた。

 まだ、私が幼稚園の頃、クレヨンの色はどうしてこれだけしかないのだろうと疑問に思ったことがある。


 先生から好きな絵を描いてみようと言われても、私は確か白紙で提出した記憶が残っていた。

 先生に「茜ちゃんは何か好きなものないの?例えばお母さんとか、お父さんとかさ」と、その白い紙に何かを描くように促された。


 決して、絵を描くのが嫌だとか、好きなものなんか無いとかそんな反抗的なことではなくて、ただただその白い紙とこの数少ないクレヨンに戸惑ってしまったのだ。

 私はとにかくこの白い紙に何か描かなきゃお外に遊びに行けないと思ったのか、しぶしぶそのクレヨンに手に取った。


 右を見ても左を見てもお父さんとお母さんを描いていたものだから、私も当たり障りなくお父さんとお母さんを思い浮かべその紙に絵を描いた。


 お父さんは少し茶色みがかった肌色に、顔には黒子が点々とまぶされ、髪には白髪が入り混じっていた。そして母には、なにかに追われるように生活を頑張る苦労がうかがえ、すこしばかり茶色のしみが顔に浮き始め、髪はカラーリングする暇もなく、プリンのような髪色に変色していた。


 幼いながらに、私は体のパーツの色の配色ばかりが気になり、両親を思い浮かべても、まずどの色を使うべきなのかと迷いながらも、顔の輪郭を描いて、パーツを描き、最後に髪の毛を塗った。


 先生は私の完成した絵を覗き込んだが、あまりいい顔をしていなかったのを覚えている。

 幼稚園生の絵のレベルなどは知れたもので、私もそのころはまだまだ絵を描くのが好きぐらいだったので、郡を抜いて上手いとかそういうことはなかったのだが、どうも先生はその絵の上手さとかではなく、絵の配色に首を傾げているようであった。


 クレヨンで描いていたせいか、あまり色のなじみはなかった気もするが、肌色にはベージュと茶色を織り交ぜ、髪の毛には黒と白と茶色を何本も重ねて描いていた。


 今であれば、油絵とか水彩画とかを使えるので、そんな汚い混色にはならないはずだが、先生は私のクレヨンの絵を見て、「髪の毛はみんな黒いのよ」と一言を私に落とした。


 私はその言葉に納得はしなかった。

 確かにみんな遠目では髪の毛は黒いかもしれない。

 だけど髪の毛の黒にも濃淡があって、光に照らせば赤にだって茶色にだって変色する。


 人間の肌だって、薔薇の赤い花びらだって、紋白蝶の白い羽にだって、私にはその濃淡が浮き出て見える。


 一つの色が単色で見えたことなんて一度もない。

 私は母に幾度となく、色んな色が視えると何度も母に言い続けるものだから、困り果てた挙句に、私はいくつもの眼科を連れまわされた記憶がある。


 近くのクリニックではどうにも判断できないと、専門医のいる大学病院での眼科で精密検査を行い、明確ではないものの診断が下った


 私の眼には4色型色覚という特別な色覚が備わっている可能性があるとの診断であった。

 人間が光を視覚するのに、視細胞と呼ばれる桿体細胞と赤錐体、緑錐体、青錐体という3つ錐体細胞が備わっており、それぞれの錐体細胞に存在するたタンパク質オプシンとレチナールによって、光を捉えている。


 そして、私の眼には3つの錐体細胞にもう一つの突然変異として生まれた錐体細胞が存在する可能性があるのだという。

 断定をしないのは、あくまでも色覚診断を行っただけであって、それ以上の細胞検査までは行っていたいためだ。


 私はその診断結果を聞いて、少しホッとした。

 普通ではないけれども、きちんと原因が分かったことによって、今まで歪な形で喉に突っかかっていた塊が、ほろほろと削り落ちてストンと胃の中へ落ちた感覚がした。


 だがその納得感と表裏するように、寂しさという感情がふつふつと私の中に湧き出してきた。

 子供ながらに、人には理解されない事情を抱えるというのは、世界から孤立したような疎外感を生み出した。


 その疎外感はどこか、私の寂しさの餌となり、いつしか自分だけの居場所を追い求め、心だけがどこか体の外を彷徨い始めていた。

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