まさに復活の日へ

碧美安紗奈

まさに復活の日へ

 この2020年の世界で猛威を振るった新型コロナウイルスにより、過去のウイルスパニックものの作品がいくつか注目を浴びた。わたしがこんな時代にお薦めしたいのは、そうした小説の一つ、小松左京の『復活の日』である。

 本作で〝人類を滅ぼしてしまう〟細菌兵器MM88は、小説では当初〝チベット風邪〟と呼ばれるが映画化された際には劇中で〝イタリア風邪〟と呼ばれる。ちょうどイタリアで新型コロナウイルスの感染者が増加傾向にあったとき、この辺りの類似からネット上の一部で話題になっていたのも見掛けた。


 〝人類を滅ぼしてしまう〟と書いたが、本作は決して暗いだけの話ではない。それがタイトルにもなっている、復活を描いたものだからだ。

 作中では自然環境と人類文明のすれ違いが何度も起きる。

 MM88は人工衛星が宇宙から採取してきたもので、それを軍が細菌兵器に転用しようとして変異させたものである。あまりの威力に恐怖した研究員は治療薬を開発してもらうため外部に渡そうとする。ところが受け取ったスパイにそんなつもりはなく、彼らは持ち去って売り渡そうと飛行機で飛ぶも、今度は吹雪に見舞われてアルプス山脈に墜落してしまう。

 かくしてMM88は、雪解けと共に世界に広がってしまうのだ。


 金になどならず、治療薬も作られず、兵器どころか自分たちを含む全人類を絶滅の危機に追いやってしまう。

 軍、研究員、スパイ、誰の思惑の通りにもならない結果となるのである。


 では人類は成す術もないのか? そうではない。本作の途中、もはや人類のほんどが死滅した世界で大学教授が一人演説をする場面が印象に残っている。

 彼はウイルスの正体など知らないが、誰も聞いていないであろう講義でそれでも、「人類はもっとこの危機に対処することができたのではないか?」というような希望を問い掛ける。


 ともあれ、外部から持ち込まれない限り風邪をひかないことで知られる南極だけがこの細菌から人類を護り、そこでのみ人々は生き残る。

 結末も皮肉なのだが、それはぜひ読んで確かめていただきたい。

 舞台は本作が書かれた当時の1960年代、冷戦の真っ直中なのだが、そこが大きく絡んでくる。自然災害と人の敵意がさらに南極を危機に陥れるものの、また思惑からずれた結末を迎えるのだ。


 しかし予想外のことが重なる本作でも、MM88を兵器に転用しようとしたところから始まり、二度目の危機も人類がもたらすのも着目すべき点だろう。そして本来はMM88も自然の存在であったのだ。


 まさに、人類が自然の脅威に対してどう立ち向かうべきか、この大変な時期に人同士の敵意がさらなる惨劇を招いていないか、という問題提起のようなことを描いている気がしないでもない。


 そして本作は紆余曲折を経るも、僅か一万人ほどにまで減ってしまった人類が、歴史や経験を活かし、残された文明の遺産を活かし、再び繁栄しようとする復活の日の始まりで終わる。


 新型コロナウイルスによって、現実にもたくさんの悲劇が起きたが、わたしたちの世界はまだ『復活の日』の作中ほどにまでは追い詰められてはいない。

 作中の人々が希望を抱いて立ち上がれるのならば、わたしたちもきっと大丈夫なはずなのである。

 わたしは、そう信じている。

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