好きだよ

(前回までの話)

槙村が病院内で自殺するも、逮捕についての功績で辰実と梓に対する本部長表彰は行われた。本部で"7年前の事件の証拠を握りつぶした"鵜川に遭遇するも、日登美が堕胎した子供のDNA鑑定書を確保していた辰実は"父親は鵜川"である事を打ち明け、その責任から逃げないよう釘を刺したのであった。



 *


平日の休みにやる事も無く、辰実は商店街をぶらぶら歩いていた。と言っても、"本当にやる事が無い"のは今の時間でもう暫くすれば愛結と合流してランチに行く話をしていた所である。


ガラス張りの屋根の下、タイル張りのアーケードを練り歩く辰実。当ては無く、強いて言えば"何か暇つぶしになるモノがあればいい"ぐらいであった。


昼前の商店街で、散歩中のショー婆さんに遭遇する。袴姿の柴犬ゴンにも挨拶をし、ふわふわの毛を良く撫でて、先に歩いていく。


"和服デート"の場所なんて言われていたアジア通りも、平日の昼となれば静かであった。革ジャンを着た虚無僧が盗撮犯を追っかけたのは土日で人混みがあった時の話だったのでこれが普通なのだろう。



ちょうど商店街の真ん中を歩いていると、とある"ビジョン"が目に入る。目線を斜め上に傾けて眺めるビジョンでは無く、地面に足をついて人の目線で見られる。


(若松島に郷土資料館か…)


神戸のハーバーランドみたいだな、と辰実は思った。見晴らしのいいタワーに、県の郷土資料。近日オープンするのなら、子供達を連れて行ってもいいだろう。



「この広告は、俺が作ったんだよ」


色黒で、白髪短髪の年季が入った男に声を掛けられる。7月の暑さで少し汗ばんだシャツを動かして、肌に微妙な風を送っていた。


広告というのは、"情報の整理"だと大学の講義で習った記憶がある。専攻の事もあり、どこかのデザイン系の仕事に就ければと思った男がこうやって今は警察官をやっている事があるだけに人生は良く分からない。


「空中庭園に展望台、郷土資料のピックアップと、必要な情報を取捨選択するのは大変だったんじゃないですか?」

「ん?兄ちゃんは、そんな所に目が行くのか。」


予想だにしなかった事を言われ、目を丸くする白髪の男。


「変な事を言ってしまったようですね」

「…いいや、正直"よく分かってる"と思ったぞ?」


「"伝えるべきモノ"があって、その手段の1つとして"広告"がある。"ただモノを良く見せる"ではなく、"必要な情報が入っていて見た目も良い"では無ければ駄目、というのをいつぞやに学んだ事があります。」


「ほうほう。よく分かってやがる、しけたツラの兄ちゃんに"俺の仕事"を理解してもらえるとは驚いたぞ!」


(しけたツラって…、褒められてるのかけなされてるのか)


"気に入った!"と肩を叩かれる辰実。


「…しかしお前さん、どうしてそんな"しけた"顔をしてるんだ?」

「少しばかり"でっかい事"を終えてしまいまして。…"燃えカス"気味ですよ。」


愛想笑いを交えながら、辰実は自嘲する。


「お前さんの顔を見るに、"火種"は消えちゃいなさそうだな。かと言って燃やすモンが無えと。分かるぜ、やる事があった方が人生は面白い!」

「ええまあ、その通りです。」


「だったら、俺で力になれる事があれば遠慮なく言ってくれ!…俺は商店街で広告屋をしてる"神室(かむろ)"ってんだ。兄ちゃんは?」

「俺は、黒沢と言います」


"珍しい名前だな"と言われたが、目の前のオッサンに人の事は言えないだろうと心の中でツッコミを入れる。彼が去った後に貰った名刺を眺めると、何故か明るい未来が見えたような気がした。


(人生は、何があるか分からないモンだ)



 *


いつかの日を、もう一度やり直したように"オーシャンビュー"のカフェに来ている。なんでも"暫くの間"店を休みにしていて、その間ずっと愛結は行きたかったとかで営業再開を待ちわびていたようだった。


"地蔵ボンバー事件"の後に店長が失踪し、新しい店長になってやっと店をやり直す事が出来たらしい。本当に、はた迷惑な話である。



「塩こうじチキンとライ麦のサンドで。あとドリンクはコーラを。」

「じゃあ私は、小エビのかき揚げサンドを。」

「すいません、ポテトつけて」


「かしこまりました」



オーシャンビューの間に、地蔵の群れが佇んでいる。相変わらずこのセンスとボビーが名付けたスイーツの名前だけは理解できなかった。



「とりあえず、お疲れ様」



辰実が警察官になった事や燈の事、饗庭との再会や槙村の逮捕まで"全てが"日登美の計画の内にあった事を、"実は生きていた"事を実家にも義実家にも伝えた後に、愛結にも辰実は打ち明けた。


その心の内を察してか愛結は何も言わないでくれている事が嬉しい。


愛結が着ている、黒いノースリーブのワンピースが夏の途中を教えてくれていた。"焼けたらどうしよう"なんて笑いながら、注文を待つ。



「あんな事があったけど、グラビアの仕事はもう少し続けてたいと思うの。」

「ああ、いいんじゃないか?」

「早瀬さんがマネージャーなら安心して仕事ができるわ」

「そうだな、あの人は敏腕だよ。"恩田ひかり"全盛期のマネージャーだったし。」


"え、そんなに敏腕だったんだ?"と愛結は驚く。そこから暫くは、辰実がマネージャーの何たるかを叩き込まれた話になった。


「あんまり上手く言えないけど、愛結が"やりたい"って本当に思ってる事なら、俺はちゃんと応援するよ」


"ありがとう"と愛結が喜んだら思ったよりも早く、注文が届いた。



(そう言えば、地蔵の頭が飛んできたせいで食べれなかったんだよな)


"また、そんな事になっては大変だ!"と思いながら、ポテトよりも先に"塩こうじチキンとライ麦のサンド"に手を伸ばし、大口でお迎えする。


一瞬だけ地蔵の方が気になったが、何事も無く無機質な笑顔で客を見守っていた。


チキンの塩味とレモンの酸味。そしてレタスの控えめな甘さの釣り合いが上手くとれている。ライ麦の香ばしさと酸味も、"美味しさ"をぐっと持ち上げる。


地蔵が爆発しなかった安心感で、サンドを半分ほど平らげた後に愛結の方を見ると、凄く優しい顔で辰実を見ていた。



「珍しいね」

「前は食べれなかったからな」


愛結は、また笑顔で辰実を見ている。



「辰実は私の事、好き?」

「ああ、好きだよ。」


「私も好きだよ」


恥ずかしいな、と思った瞬間をサンドと一緒に咀嚼する。全部終わらせることができなければ、こうやって恥ずかしい話をする事も出来なかっただろう。


改めて、辰実は"終わり"を喜ぶ事ができたのであった。



「…そうだ、結婚式を挙げないか?派手なのじゃなくていい、君が望むならささやかに、静かに挙げるのでもいい。」


一瞬、驚いた顔をして愛結は嬉しそうな顔をする。辰実は、愛結がリビングで居眠りをしていた時に結婚情報誌が近くに置かれていた事を思い出して焦っていた。



「私は、ささやかな結婚式がいいかな。」

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