昼行灯の行方
(前回までの話)
燈と、ようやく本当の親子になれそうな辰実。傍ら、早瀬は饗庭の持っている証拠を利用し"次の戦い"に饗庭を呼び寄せる事を計画していた。
*
「早瀬さんと饗庭は、もう次に"やる事"があるのか」
糸の切れた凧みたいな発言を辰実がした時に、梓は思わずため息を漏らしてしまった。昼行灯と言うよりも、火の消えた行灯みたいだった。
槙村のやった事は、それだけ根が深い。あの男が"わわわ"に来たからには、それに協力する者だっていたハズだろう。
「愛結さんのマネージャーは、早瀬さんになるって言ってましたね。」
「適任だよ本当、悪い虫はもう寄って来れないな。」
たこ焼きを食べながらも、梓はしっかり話を聞いていた。
「早瀬さんも饗庭さんも"戦う"と言っても、愛結さんはどうなるんでしょうか?」
"当事者"である以上、巻き込まれる可能性は十分に考えられる。
「早瀬さんがいる限りは、愛結がこれ以上巻き込まれる事は無い。」
「一番"解決"を願っていた当事者は、それで戦うんですね。」
愛結が助かればいいとは思うが、悪い言い方をすれば"日登美の巻き添え"を喰らっていた早瀬と饗庭が、未だに因縁から抜けられないと考えると梓にとっては不憫で仕方なかった。
「そう悲観する事も無い。あの2人は"わわわ"の自浄作用みたいなモノだろう。…自分等の仕事場が"良い環境"である事を願って、それを行動にする人達だ。」
"早瀬さんも、敵は多そうだしな"と、辰実は呟く。
何かが変わる事が、これ程他人事のように思える様子は"何かが終わった"疲れなのだろうと梓は思う事にした。
「何やと!!!?」
課長席で電話をしていた宮内が、突然声をあげる。その剣幕に、防犯対策係も全員が課長席を向いた。"こういう時"は大体、ロクでも無い事件なのだ。
「防犯対策係」
「はい?」
片桐が席を立つと、他の4人も一斉に立ち上がり課長席の前に立つ。表情を察するあたり、宮内の口から出るのは"良くない"方の話だろう。
「悪い話と、ええ話がある」
「悪い話からお願いします」
"良い話"の方も、あまり期待はできない。変に期待するよりも、"悪い話"の方は対応しなければならない用件に繋がりそうな事を考え、片桐は悪い話を促した。
「槙村が、病院内で自殺しよった。」
驚く、を通り越して閉口する防犯対策係。
「課長、"良い話"は?」
「…それでも、槙村逮捕の件については"本部長表彰"をするようや。確か今日やったと思うが、黒沢も馬場ちゃんも適当に済ませてきてくれたらええから。」
あまり喜べない状況であるが、何故か辰実だけは目の奥に火が灯っていたように梓には見えた。さっきまで火の消えていた行灯に点いた火が、何を意味しているのかはすぐに分かった。
「槙村は自殺、支倉も逃走先で逮捕、日下部も逮捕。…饗庭は槙村の顔を"踏み絵"して"わわわ"でケジメ取り。あと1つ"やっておく事"があるので丁度良かったです、本部に行く用事が無くならなくて。」
「…そうか、そう言えば"もう1つ"残っとったな。」
「そうね。悪いけど、始末をつけて来てもらってもいいかしら?」
宮内と片桐は"ピンと"来たようであった。
*
T島県警察本部、本部長室
表彰状に書かれている文言を、淀みなく読み上げている本部長の前で"あーだるい"という顔を辰実がしているのは、横からでも梓には良く見えた。
"本部"というだけで緊張している梓に対し、全く緊張していない事は良い事なのか悪い事なのか分からない。最近の辰実が何事に対しても"どうでもよさそう"な様子なのは分かっているが慣れてきてしまった梓も、よく分からない。
「あー終わった。近くのレストランでステーキでも食べて帰るか。」
「いいですね、早く行きましょう」
ただ、仕事以外はしっかり生きているようであった。
廊下の壁一面に張り巡らされた窓ガラスに刺す陽光が眩しい。そんな眩しさもどうでも良い様子の辰実は、廊下の先に鵜川を見つけると急に立ち止まる。
「お疲れ様です。」
こけた顔にオールバックの、鷲のような男であった。正直なところ、本気の饗庭と対峙した時の方が"怖い"辰実にとっては、警部クラスと言えど鳥顔のオッサンが1人現れた所で怖くなど無かった。
「捕まえた奴が自殺したってのに、賞与とは気楽なモンだな。」
「嫌味なら本部の人に言って下さいよ、"鵜川さん"。」
"鵜川"と聞いて、梓にはピンときた所があった。
「諸悪の根源がいなくなったから、心おぎなく警察の仕事ができますね。」
「ご挨拶だな。…火の消えた行灯みたいな顔をしてるお前も、もう少し俺を見習ってほしいモンだ。」
「7年前に鵜川さんが"見逃したり"しなければ、俺がこの子と槙村を逮捕するなんて事も無かったし、ましてや自殺も無かったでしょうね。…ちなみに、槙村に関する証拠は俺が饗庭に"提出してくれよー"って頼んだんですから、人をしけった扱いするのはやめて頂きたいですね。」
「…お前がそんな事をしなくても、鷹宮か埜村辺りがしっかり聞き出せたハズだ。捜査二課をなめて貰っちゃ困るな。」
"では、饗庭が持ってない証拠を未だに握ってる俺の価値も理解して下さい"と、辰実はまた火の点いた目で鵜川にカマをかけ返した。
「証拠?何のだ?」
ニヤニヤして辰実を見ている鵜川は、それが何か察しているように梓には見えた。
「お察しの通り、織部日登美が"堕胎した"子供のDNA鑑定書です。これがあれば少なくとも"槙村の関係者"くらいは炙り出す事が出来ますからね。ちなみに先言っとくと鑑定書が出てきてやっと、槙村、支倉、日下部。織部日登美を凌辱した"最後の1人"が炙り出せるんですよ?」
鵜川に話をする余談も与えず、辰実は続ける。
「堕胎した子供の父親には、鵜川さんの名前が記入されてましたね。…貴方も刑事なら、DNA鑑定の精度ぐらい分かるでしょう?」
閉口し冷や汗をかいている鵜川に、辰実は最後の一言を言ってすれ違っていく。その後を追うように、梓も駆けだしていった。
「貴方だけ、責任を逃れるなんて卑怯な真似しませんよね?」
辰実が去っていく足音すら、鵜川には聞こえず立ち尽くすのみ…
「さて、ステーキだな。俺の奢りだ。」
「いいんですか、ご馳走して頂いて?」
鵜川が自主退職するという話を宮内から聞いたのは、数日が経っての事であった。
(これでようやく、黒沢さんの戦いが終わったんだ…)
"他人事"のように振舞う辰実よりも、"他人じゃない"と言いたげに辰実の事を心配していた梓は、ここで胸をなでおろす事ができたのである。
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