舞台の終わり

(前回までの話)

"花嫁を頂く"辰実の作戦は見事に成功し、槙村を激昂させた。後に槙村と接触すべく、辰実は梓を指名しモスクへと向かう。


道中駆け付けた饗庭と共に、槙村の私兵を制圧した辰実。支倉の言っていた"リスト"を探すべく槙村の事務所へと向かう饗庭と分かれ、待ち合わせ場所に指定した"モスク"へと辰実と梓は到着した。



 *


モスクに入ると、まずは"礼拝所"の前にある1部屋。


中東風の模様で彩られた壁や装飾が出迎えてくれた事も気にせず、2人は更に進んでいく。礼拝所の前に構える大きな扉を開けると、そこには新郎姿の男が1人。



…その右手に握られている"黒い金属の物体"に、辰実も梓も見覚えがあった。迷わず、2人も所持していた拳銃を取り出し新郎の男に構える。


新郎の男が持っていたのは"拳銃"。色と光沢、質感が遠目に見ても"工場"で作られ持ち出されたモノであると分かった。



「約束が違うだろう。」


"花嫁は?"と怒りを抑えた様子で言いながら、槙村は辰実と梓の方向に銃を向ける。対抗するように辰実と梓は"槙村の目"に銃を向けた。


「そんな物騒なモノを持っている奴を、花嫁の近くに居させてなるものか」

「俺の"花嫁"だ、さっさと返せよ」


"よく言うよ"と辰実は心の中で毒づく。


「槙村議員の息子さんだな。…俺の顔に覚えはあるか?」

「いいや無い。接する人が多すぎてしょうもない奴はいちいち覚えてられないよ」


「槙村さん、あんたの直前に"恩田ひかり"のマネージャーをしてた男だよ。…それでもって、"黒沢愛結"の夫だった奴だ。支倉に命じて事故で死なせたハズのな?」


「…しぶとい奴だな。同日に事故死した男の死体がよく似てたから、すり替えさせて警察も"せっかく"撹乱してやったのに。死んだ扱いになってた方が良いのにな。」



話せば話す程、槙村には"罪悪感"が無いように辰実は感じた。


恐らく、辰実の死も愛結の脅迫も"槙村の目的達成"の上で必要であるから"仕方なくやった"事であり、それは間違った事では無いと考えている。


こんな奴に日登美を奪われ"人生を狂わされたのか?"と思うと、逆に辰実は拳銃の引き金を引きたくなくなった。必要であっても、このような男の為にわざわざ"手を汚す"という事をしたくなくなっていたのだ。



「死んだ松浦さんや、他の人に対しても"そう"思ってるんだろう。可哀想な奴だ。」

「松浦伊久雄か。彼とその周りの人間が何故"死んだ"か教えて欲しいか?」


「生け捕りにする前に聞いておいてやる。」


「世の中には、大望を果たすうえで"障害"となるものがある。アレ等は"隠しておかなければいけないモノ"に触ろうとした。だから半グレなんぞに殺されたんだよ。」



辰実の口元が歪んだ。"怒り"ではなく"勝機"を見出した方に歪んでいる。"拳銃を無力化する"ために槙村の隙を作るための作戦を思いついたのだろう。


(ならば、私は拳銃を確保するのに集中…)


拳銃を槙村の目線の先へ突きつけておきながらも、梓の視線は槙村の構えている拳銃へと流れていった。



「…その半グレが、"死ぬ間際に"何て言ったか知ってるか?」


上手く引っ掛かったようで、槙村は"眉をしかめて"辰実の次の言葉を待っている。


「支倉って奴に脅された、と。女に傷つけたので支倉のボスがお怒りだってな。」

「だったら、俺は関係ないだろう?第一、証拠は無いんだし。」


"そうかな?"と辰実は笑う。


「その支倉が泣きながら、"槙村議員の息子さんに脅されました"って白状したぞ?しかも"半グレに殺人の指示をさせた"音声記録付きでな。」



梓は、一層強く拳銃を握りしめた。遂に怒りを露わにした槙村が"いきなり"発砲する可能性だってある。脅迫も殺人教唆も"躊躇わず"やるような人間だ、人を撃つ事だって躊躇わない可能性だってある。


「"殺せ"なんて話は知らないな。"日本刀"で殺したんだろうが、その出処も分からなければ証明できないだろう?…いい加減を言うな。」


「さて、"日本刀"という言葉が何故出てくるのかな?知っていたとしても警察、饗庭ぐらいだが"俺と戦った"後に饗庭がアンタに接触するとは考えにくい。」



…となれば、"知っていた"可能性が最も考えられる。この発言は"自白した"と言ってもいいだろう。



「…さて、俺が"半グレ"を射殺した事は知ってるか?もし知ってるなら"もう逃げられない"ぞ?大人しく捕まるんだな。」


犯人が使用した凶器を、"知っている"時点で関与が認められる。日本刀で人を殺す事が分かっているのであれば、"確実に"主犯格として認められるだろう。


刑法の解釈では、実際に殺人に関わっていなくても"凶器を提供"する等で関与が認められれば"共犯"という判断ができる。日本刀がどういうモノか"知らずに"提供した訳では無いだろうし、何より事件に関係の無い人間がする"反応"をしていなかった。


ここで確実に"共犯"が辰実の中では判断できた。



「俺がやらせた、だとしてもお前が犯人を殺したんだからもう証明しようが無いだろう。…それに、あの事件は邪魔者を排除するために"必要"だったんだ。それを否定するなら、ここで死んでもらうぞ?」



右手に持っていた拳銃を、辰実に向ける槙村。


「女の子の方は、"許して下さい"と言ってくれれば許してあげるよ?その後はしっかり埋め合わせしてもらうけどね。」

「貴方のような"女性を穴としか"見てないクズ野郎に手籠めにされるぐらいなら私はここで頭を打ち抜きます。」

「…まあいいよ、黒沢辰実が死ねば考えも変わるだろう。」


呆れたように、辰実は大きく溜息をついた。その様子に余裕を感じたのか、槙村は"諦めたか?"とからかうも意に介されない。



「片手、しかも撃鉄を起こしてないのに当たると思ってるのか?」


辰実、梓と槙村の距離にして10数メートル。"しっかり狙って"撃たなければ外す距離だろう。


回転式拳銃には、"シングルアクション"と"ダブルアクション"の2つがある。前者が撃鉄を"起こしてから"撃つ方法で、後者が撃鉄を"起こさず"撃つ方法である。射撃の難易度で言えば後者の方が高い。


その理由は、回転式拳銃の仕組みにある。撃鉄と引き金の連動にあるだろう。


撃鉄を始めに起こしておく事で、引き金が一定の位置まで引かれた状態になる。"起こさなければ"その位置まで引き金を引いて撃たなければならないのだが、そのまま撃つと"殆ど"外してしまうのだ。


ダブルアクションで狙い撃ちを成功させる為には、引き金を引き、撃鉄が"起きた"位置で固定してから狙いを定める必要がある。引けば"はまる感じの"所までくるのだが、恐らく素人の槙村には分からないだろう。


これをしておくにも指の力を要し、しておかなければ反動で的を外す。ある程度離れた距離での拳銃の扱いは"訓練が"あってこそなのだ。



「動くな」


撃鉄に触ろうとする槙村の指に銃口を向け、低い声で辰実は警告する。右手の人差し指は引き金に触れ、左手で撃鉄を起こしながら槙村へと接近していく…。


銃口が手に向いているから、槙村は動く事が出来なかった。


同じように、梓も銃口を相手の目線に向けながら槙村へと接近していく。



「残念だったな」


梓が頭に向けて、辰実が手に向けて拳銃を構えている状況。接近しているこの状況でなら"ふざけていても"撃たれると分かった槙村は、大人しく辰実に拳銃をはたき落とされる。斜め下に叩きつけられた拳銃は、1メートル程滑走した後に摩擦で止まる。


「確保だ!」

「はい!」


手早く、梓は拳銃を拾いに行く。…それと同時に、辰実は槙村の金的に膝蹴りを当て怯ませた。痛みに耐えかね、槙村は膝をつく。


素早く手を後ろに回し、手錠をかける。


…最後の戦いは、あっさりと迎えた決着。否、初めから決着は見えていたのだろう。"心"で日登美や愛結の心を奪っていた辰実と"力"で無理矢理に日登美や愛結を奪おうとした槙村。1人の人間として考えるなら、埋められない差があったのだろう。



痛みと恥辱で深紅に染まってしまった花嫁が、恋人に託した"願い"。7年の時を経てその願いは叶えられた。

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