#16「花嫁は頂いた」
(前回のあらすじ)
真実に辿り着いた辰実は、早瀬に匿われていた日登美と再会し、7年の間自身の枷となっていた"日登美への気持ち"とようやく決別する事ができた。
そして、日登美凌辱を受け続けながらも、"辰実が槙村を打ち倒すべく"水面下で松浦や早瀬、饗庭と共謀していた事が明らかになる。
…一方、槙村に脅されながらも"妻になる代わりに自分以外を凌辱しない"事を約束させた愛結であったが、辰実と饗庭の策略により結婚式が始まるまでの間は愛結に手出しする事が出来ずにいた。
*
「よく似合ってるじゃねえか」
「そうか?俺もやっぱりこの格好がしっくりくると思ってたんだ。」
仕事の時に着ていた、黒のスーツと青いカッターシャツ、グレーのネクタイをきっちり整えれば完全に"防犯対策係"の黒沢辰実である。
"俺は先に行っておくから、警察が動いたら合流しよう"
饗庭とはそう打ち合わせしていた。スーツを整えようとする辰実は"使って下さい"と月本に渡された手鏡を見ながら襟元を整える。
「ありがとう」
手鏡を返すと、月本は控えめに笑顔を見せた。
「…じゃあ、行ってくるよ。」
"行ってらっしゃい"と言われながら、緊張を片手に辰実は部屋を後にした。
*
T島県警新東署
「…よう戻って来てくれた、黒沢」
結婚式の日時は、梓を通して宮内にも伝わっていた。先の工場襲撃の際に"拳銃"と"工程図"が発見されなかった事については、防犯対策係も"槙村が拳銃を保有している可能性"を考えていたために"全員が"拳銃を保有して一足先に結婚式場に向かっているそうであった。
「暫くの間、ご迷惑をおかけしました。」
「迷惑?お前が死んだフリして饗庭と好き勝手やってくれたから"こっち"は楽できたわ。後は槙村が隠しとる"証拠"でも引っ張り出せれば勝ちは決まりやろ。」
厳重に管理されている拳銃庫から、自分の拳銃を手に取ろうとする辰実。
「もう1度、撃つ覚悟はあるか?」
「必要であれば」
"危険を感じ"撃って人を殺してしまった時の恐怖は、もう欠片も残っていない。
「今更やけど、お前が"舘島事件"で犯人を撃ち殺した事は絶対に間違いでは無い。負傷したという結果はあるにせよ、正しい職務執行や。…誰が何と言おうと、ワシが断言する。」
「ありがとうございます」
一瞬、拳銃の前で止まった手は動き出し銃身を掴んだ。回転式拳銃の弾倉に、慣れた手つきで弾をはめ込んでいく。…5発。その1発も撃たずに終われば良いが、状況を考えればそうもいかないだろう。
ベルトに装着した警棒、手錠、そして拳銃をスーツの上着で隠す。"これは忘れんと持って行け"と言われ、宮内がスラックスのポケットから取り出したのは辰実の警察手帳であった。
"巡査部長 黒沢辰実"
自分の階級と名前、写真と、警察のマークを確認し手帳を折り畳む。
宮内のスマホが振動する。"失礼"と一言断って電話に出ると、電話口から駒田の声が聞こえてきた。…恐らく、"現場の状況"についてだろう。
「宮内や」
『課長、駒田です。』
「全員入りこめたんか?」
『余裕でしたわ。式場のスタッフに"ちょいちょい"と話をしたら快く入らせてくれたけえ。…何人か若い子が気絶しよりましたが。』
「お前の顔が怖いんじゃソレは」
『2歳の娘はわしの顔を見てもそんな事は無いんじゃが…』
話の内容を聞くに、"拳銃を所持している者が式にいる"とでも言ったのだろう。普通の人からすれば警察が来ただけでも気が気じゃないのに、それが危険物を持っているとなれば尚更である。
「黒沢が、今から向かう。合流して作戦に当たってくれ。」
『分かりました。』
通話を終え、スマホをしまう宮内。
「…と、言う事や。作戦は現場で"馬場ちゃんから"聞いてくれ。」
"お前の事やから、何が大事で何を優先すべきかは分かっとるやろう"という言葉に辰実は頷く。梓から聞けという事は、自分の出方を"分かって"作戦を立てているだろうと予想する事はできていた。
「いいか黒沢。絶対に"嫁さんと"無事で帰って来るんやぞ?」
*
若松島に立地する結婚式場は、島の中心部にあってヒルズ程では無いが高さもある。空から見れば、"この結婚式場を作るために若松島を作ったのではないか?"と思う事だろう。美しい白を基調とした、高級感のある装いに"ここで結婚式を挙げたい!"なんて言い出す女性も、これから増える事だろう。
…が、辰実にはそんな事はどうでも良かった。
施設の入り口までの長い階段を、一段一段噛み締めるように登っていく。新東署に赴任して3ヶ月の出来事が、この階段のように長く感じていた。
(絶対に、ここで終わらせる)
梓と共に解決した事件や、饗庭との戦い、更に裏方に徹して戦った時の事を思い出しながら、一歩一歩階段を上がっていく。
辰実が登っている階段の先、式場の入り口で梓は"待機"していた。拳銃を所持しているのは恐らく"槙村"だろうが他の人が持っている可能性も否めない。その事も考えて散らばって式場の警戒を行っていた。
梓は駒田、重衛と共に入口を警戒している。
結婚式が始まる30分前、あと10分もすれば待機中の参加者は教会に圧し込まれるだろうという所で、ようやく入口に辰実の姿を梓は発見。
目が合うと、辰実は別の方向に歩いていく。"ここで話をするのはマズい"と分かっているために場所を変える事にしたのだろう。追うように梓と、その後に駒田と重衛もついて行く。
"そのまま、スタッフ用の入り口に入って下さい"
メッセージの通りに、辰実は"STAFF ONLY"と表記されたドアを開けて廊下に入っていく。続いて梓、駒田と入っていき重衛がドアを閉めた。
「お待たせしました」
「お元気そうで何よりです」
喜ぶのも時間が無い。事の仔細を互いに知っていると"分かっている"上で作戦の内容では無く、"現状について"梓は説明を始める。
「結婚式が執り行われる式場の位置と、新婦控室の位置は把握しています。…あと、裏口から関係者用の搬入口に"知詠子さんが"待機しています。」
(まずは、花嫁の安全を確保する事が大事だ。花嫁が近くにいる状態で槙村を刺激したら、何があるか分かったモンじゃねえ。)
(その通りね。新婦控室と、搬入口に1人待機していると分かれば黒沢さんなら"どうするか"ぐらい分かるでしょう?)
まさか"スケベなニワトリ"を言い出した人の事を"スケベなニワトリ"と一緒に考えるなんて思いもしなかった。
(…前に愛結さんから、馴れ初めの話を聞いた時に"嬉しそうな"顔をしてたから。もし、"似たような"状況で黒沢さんが来てくれたら嬉しいと思わなかった?)
("脅し"で一度、トップモデルに言う事を聞かせた味を占めちまってる奴だからな。服従させる事はできても"心まで"とはいかねえだろう。…そして、"嬉しい事は一番覚えてる"ってのは俺も分かるぜ!)
"言わずもがな"と言うよりも、作戦を事細かく説明しては無粋だと思った梓の"気遣い"が状況の説明にはあった。
(黒沢さんってのは"愛妻家"だからな。槙村のヤロウが拳銃持ってると考えればまずは"嫁さんの安全"を確保するだろう。考えるならそこしかねえ!)
(…"新婦控室"と言えば、ここからは絶対上手く行くわよ。)
"楽しみだな"とニワトリが言って消えたと思った矢先に"新婦控室へ行こう"と辰実は予想通りの事を言ってくれたために、梓は嬉しくなった。
「まずは、愛結の安全を確保する!…駒さんも重も、ついてきてくれますか?」
「俺は、黒沢さんが"来るな"と言っても行くっすよ!」
「わしも、重と同じ意見じゃ。」
(全く、最高だなこの2人は!)
4人は、意気揚々と"新婦控室"を目指し駆け出した。
*
数分後
新婦控室の前に到着した所、入り口付近で"来るのを分かっていた"ように片桐は待ってくれていた。
「さっきスタッフが様子を見に来て出て行った所よ。花嫁以外、部屋に誰も居ないわ。…話をするなら、今のうちね。」
「ありがとうございます。」
「黒ちゃんなら"どうするか"と思って、捜査二課のお2人には"搬入口"までの経路を見張ってもらってるわ。」
「そこまで予測されてたんですね」
「オネエの勘よ。」
「男の勘と女の勘のハイブリッドですか。これは敵いませんね。」
"敵いませんね"と言ったのは割と本気で思っての事であった。有難いと思いながら、辰実は新婦控室のドアを開ける。静かな部屋に1人だけ、愛結は鏡と向き合って俯いていた様子。それが入ってきた辰実を見た瞬間に別の表情に変わる。
「辰実…?」
「話は後だ、今すぐ式場から離れるぞ。」
死んだ筈であっても、顔や声、喋り方が"そのもの"だから間違う事は無い。
「…ちょ、ちょっと待って。本当に辰実なの!?」
「本物だ。…これで分かるか?」
と言い、辰実は左腹の刀傷を見せると愛結は納得する。
「死んだという報道が嘘だよ。…説明しておきたい所だが時間が無い。」
「いえ、説明して。」
「済まないが後でいいか?」
パーソナルスペースもへったくれもないぐらい近くで、愛結は何が何か分からない様子で辰実に事の仔細を問いただそうとする。"どうして生きているのか、あと何があって警察が来てるのか説明して!"と取り乱している愛結。
あろう事か辰実はその肩を強く掴み、無理矢理にキスをした。
様子を見ていた防犯対策係の面々であるが、片桐と駒田は冷静であった。重衛と梓は驚いた様子で事を見守っている。
(無理矢理に静かにしたんだ…)
(無茶苦茶だわ。…でも実は、こういうのちょっと憧れたりするのよね)
言葉では無い"落ち着け"を受け取った愛結は、途端に冷静になる。
「…ちゃんと話してよ、約束して」
「約束しよう」
"ちょっと待って、直ぐ準備するから"と言って愛結は、周りを見回して自分の"貴重品"が入った鞄を手に取る。
「先に出てて」
「どうした?」
「馬場さんと、話をさせてくれない?」
男4人は顔を合わせて頷いた後、控室の外で2人が出てくるのを待っていた。数分もしないうちに2人が出てきた所で一斉に駆けだす。
時間は、刻一刻と削られていく。
鷹宮、埜村と目が合うと、素早く会釈をする。"しっかりやれ"と手で合図してくれた2人も協力してくれている事に、辰実は感謝の気持ちでいっぱいになる。
"結婚式の開始"までに、愛結は式場から避難させておかなければならない。…幸いにも全員が会場入りして、新郎新婦の姿を待ちわびているだろう"10分前"には搬入口に到着する事ができた。
「早かったわね」
覆面パトカーのドアに背中からもたれかかって、知詠子は待ってくれていた。
「連れ出す役目は、私に任せて。アンタはさっさと槙村を捕まえに行きなさい。」
「ありがとう。…俺がいない間は、代役もしてくれていたようだな。」
「お礼に、焼き鳥で労って貰えるんでしょう?」
「…どうせ、ビールも飲ませろって言うんだろ。ああ仕方ない!」
"ご名答"と上機嫌で、知詠子は助手席のドアを開けて愛結が座るまでをエスコートする。座ってドアを閉める瞬間に、知詠子と目が合うとニコリとしてくれた。思わず"カッコいい"と言いたくなってしまう、凛々しさと美しさがその笑顔にあった。
「さて、ここからもう一仕事だ。」
「もう一仕事、ですか」
「新郎をおびき出す」
と言い、愛結と知詠子を見送った辰実は足早に歩き出す。
*
そこから、更に20分が過ぎた時である。
教会の奥。牧師が恭しく待つ前で、新郎の衣装を身に纏った槙村は"まだか"と結婚式の始まりを待っていた。10時になればアナウンスが始まって花嫁がヴァージンロードを歩いてくるだろうと心待ちにしていたハズなのに、苛々が募っていく。
来ない花嫁。
一向に始まりを告げないアナウンス。場の状況を察して、不安をざわめかせるスタッフと招待客。
そんなざわつきを"頃合いだろうと"待っていたかのように、"トントン"とマイクが叩かれる音が聞こえる。
『あー、あー、新郎に告ぐ。』
そんなアナウンスがあるものか、と槙村は突飛極まりないアナウンスに眉をしかめる。大体なんだ、そんな犯罪じみたアナウンスは計画に全く入っていない。
『世の中のモデルやグラビアを、慰み者とか自分の奴隷とかにしか思っていない新郎に。パパの権力で好き勝手して、さも自分の力のように振舞う、お間抜けでお子様な新郎に告ぐ!』
完全に悪口である。思った事をそのまま純度100%で出した言葉が、"ふざけるな"と新郎の槙村を苛つかせる。"最高の式をプランしたハズなのに、いい加減なスタッフの所為で滅茶苦茶になるのか"と更に怒りが沸き立つ。
…これがスタッフでは無く、死んだ筈の"夫"がやっているという事も知らずに。
『花嫁は頂いた』
この一言で悔しそうにも、恨めしそうにも見える槙村の表情をカメラ越しに眺めていた辰実がほくそ笑む。声をあげて笑いたくなる気持ちを抑え真剣な表情を作る。
これが、最後の戦いだ。
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