真実への到達

(前回までの話)

7月に行われる市長選に立候補する事を決めた槙村は、その旨を愛結に打ち明けた。更に、愛結に対し彼は"愛結を妻にする"事を宣言した。


一方、工場から拳銃と火薬、爆弾と設計図を押収した防犯対策係であったが、持ち出された工程図と拳銃2丁が発覚した事により、事の重大さを突きつけられる。


また、工場を襲撃し支倉を攫って行った饗庭。話をするべく支倉の心を折ろうとした矢先、居候の女が包丁を持って支倉に対する殺意を向けていた。



 *


「これが、表に出れば"スキャンダル"として報道される事は間違いありません。」


マネージャーの黒沢辰実が"お疲れ様でした"と言って帰った後に"いきなり"登場した槙村祐司に突きつけられた写真には、間違いなく日登美の姿が映っていた。


病床の父に、ナイフを突き立てようとしている写真。勿論、実の父にそんな事はしない。後ろに回した手にナイフが握られているのは"合成"でやったと見れば分かる。


…しかし、その事実を知っているのは"自分だけ"と言うのだから、少しでもこの嘘が"真実だと"思われてしまっては拭うのが難しい。


(これが合成写真なのは、見て分かる。…何が何でも、という事なんでしょうね。)



ただ"やりたいだけ"にここまで付き合わされるとは…、と日登美は苛立ったが冷静を装って槙村の話を聞いていた。


その時に槙村を"受け入れた"のは、苦境の泥の中から"花を咲かせた"からこその強かさがあったからこそと言っていい。


(ねえ、辰実。アナタは私が最低の男に抱かれるとなったら怒る?それとも、私に失望する?どっちでしょうね。)



 *


議員の息子に生まれ、難なく"名門"と呼ばれる大学を卒業し、将来は自分も父のように"地方を動かせるだけの存在"になるという自負が、当時から息子の祐司にはあった。


難なく目の前の事が上手く進んできたという事実が、後になって彼を大きく挫く事になる。…それが、"全て自分の思い通りになる"という視野狭窄。



きっかけは、大学を卒業する前に恋人から別れを告げられた事であった。"才色兼備"という言葉を体現した彼女がこれからの雄飛を支えてくれると思っていたのに"自分勝手ね"と言って別々の道を歩み始めたのだ。


思い通りにならない事を"受け入れられない"事が、彼を大きく歪める。


その大きな結果たるものが"女性に対する扱い"であった。恋人との事に納得いかない槙村は、"どんな手を使ってでも服従させる"という手段を講じるようになった。"否定という選択肢を消せばいい"と考え、"それでも受け入れられないなら無かった事にする"と結論を出すようになったのは"結果"としか言えない。



そんな彼が当時、目を付けたのが"恩田ひかり(本名:織部日登美)"であった。苦境を踏み越えて、県民の注目を一気に集める彼女を"欲しい"と思う短絡的な欲望。


幾度声を掛けても、親密になる機会に誘っても靡かない彼女を"服従させる"手段を講じるまでには時間はかからなかった。



結論、服従は"良い出だし"を迎える。


逃げられない状況を作って、無理矢理に体の関係を要求したその日に、叫び狂い体を痙攣させ、息を荒げて長い黒髪を乱した日登美の姿が槙村の目には映っていた。ガーネットのような輝きを見せる瞳から流れていた涙も、べっとりと彼女の体を覆っている汗も、胎内を汚した体液が流れていくのも、全てが槙村の支配欲を潤す。


一通り欲を潤した事で、じんわりと涙を流す日登美の首を掴み、無理矢理にキスをしする。"服従を成した"と槙村はその時思ったのだろう。



 *


「お、おい!何とかしろ!」


殺意はその視線だけじゃない、"包丁"という形で目に見えていた。居候の彼女に"殺される"と思って焦る支倉に、饗庭は冷たい視線を向けていた。


「1回ぐらい死ねよオッサン。」

「お前、何を偉そうに!」


(…まあ、本当に死んじまったら話ができねえ。頃合いを見て止めるか。)


と、気楽な事を思っていた矢先に別の形で制止が入る。



「今ここで手を汚して得する事は無いぞ。」

「貴方に、何が分かるんですか!?」


丁度良く"帰ってきた"辰実が居候の彼女の右手首を後ろから掴み、包丁を制止していた。明らかな"殺意"を抑えつけられ、彼女も即座に反発する。


それもすぐに、辰実がしていた哀しい目を見て落ち着きを取り戻す。取り上げた包丁、そして泣き崩れる彼女の様子に心が痛む。



「良かったな。てめえが殺そうとした奴に助けてもらえるなんて無いぞ?」

「…………。」


やっと、支倉と話せる状態になった。


「さて、お前等が"舘島事件"で始末したハズの松浦さん。それがとんでもないモンを遺してくれてたんだよな?何だと思う?」

「ふ、そんなモン知るか!どうせハッタリだろ?」


鼻で笑う小物に対し、饗庭は件の"とんでもないモン"を見せる。紙に印刷した"それ"を見た瞬間に、支倉の顔色はみるみる青くなっていった。


印刷されているのは、何かの表とメモが1枚ずつ。表には日時と会社もしくは個人名、そして何らかの"数値"が書かれていた。メモの方はモデルの名前や日時、そして扱いについて記入された"手帳"の写しである。



「これ、な~んだ?」

「し、知らん!」


「お前等が散々食いモンにしてきた女の"値段"だろうが!日下部を介して、槙村が"飽きた"となれば方々に売ったよな!?その金は日下部、槙村…、あとお前で取り分したんじゃねえのか?あ!?」


メモを見ると、多くの女性の名前が書かれている中に"恩田ひかり"とあって、その字を囲うように楕円が、そして横線が一本引かれていた。


楕円は、日登美の名前以外に無かった。他の女性は全て、横線だけが引かれている。



珍しく怒号を飛ばす饗庭の気持ちも、分からなくもない。


「饗庭には、取り分が無かったのか?」

「無かったさ一度も。脅されて仕方なくやってたスカウトマンも、夢持ってやって来る子に情は沸いちまう。…それが理不尽に食い物にされる"だけ"だったよ、ああ虚しい。」


「何だ、そんな取り分だったのか。」

「嘘は言ってねえぜ?」

「それぐらいは俺にも分かる。」


この状況で支倉などの肩を、饗庭が持つとは考えにくい。


「…さて、それよりも1つ聞きたいんだが。先の工場、拳銃の設計図はあったが"作り方"書いてるやつ、工程表だな。それが無かった。」


"お前、何か知ってるか?"と饗庭が聞く前に、表情が完全に驚いていた様子であったため"知らない"という答えが出る事は辰実と饗庭には分かった。



「…だったら、工場ごと"切り捨てられた"って訳だな。どうする黒沢?」

「俺は、寧ろ好都合だと思ってる。」


「強がりを言ってんじゃねえよ、黒沢。」


この期に及んで減らず口を叩く支倉を"ふふっ"と鼻で笑ったと思えば、辰実は一瞬で表情を180度変える。彼女の殺意よりも、もっと"危険性"を帯びた感情だった。



「お前は、饗庭に利用されてるだけだぞ!?」

「言い方の問題だ、俺は自分の意志で"恩田ひかり"の敵討ちをしたいと思ってる。…少なくとも今はそうだ。」


"だ、そうだ。どうする?お前はもう孤立したぜ?"と饗庭は支倉の不安を煽る。元々、1人で何かできる男ではなく心は折れてしまった。



「さて、これは松浦さんと、他に殺された人達が調べた"7年前"の賄賂リスト。…おい、今のがあるだろう?どこにある、教えろ?」


"言わなければ、このまま終わりだ。…もし話してくれれば、今後の事は考えておいてやる。"と饗庭が付け加えた所で(勿論、そんな事を言っておいて支倉を赦す気は無いだろう)自白を始めた。


「若松島のチャペルのすぐ近くに、槙村さんは新しい事務所を構えた。…そこのPCに、データは全て入ってる。パスワードは数字8桁だ。」


"具体的な数字で言ってくれ"と、先程までの怒りを鎮めて辰実は冷静に返す。


「"19900728"。」


少しの間を置いて辰実は"分かった"とだけ答える。この8桁の数字に何か心当たりがあるのだろう、"俺はこれ以上訊く事は無い"と辰実はそれだけ言ってトイレに行ってしまう。



「…話は以上だ。俺達はこれから、槙村を何とかしようと思うがお前は絶対に手を出すんじゃねえ。出した所で"切り捨てられる"んだから、素直に従った方がいいと思うぜ?」


"ああ、そうするさ"と言って、悔しそうに支倉は饗庭に背を向ける。


「あと、燈ちゃんにもしもの事があったら、こうだ。」


と言って饗庭は親指を首の所に突き立て、真横に引く。あまりにも率直すぎる意味を考えた支倉は、T島県を捨て逃亡する事をこの時考えたのであった。



支倉が去った後も、辰実と饗庭の話は続く。


「お前、あの8桁に何か思い当たる節がありそうだな?」

「まあ、そうだな。あれほど"分かりやすい"ヒントも無かった。お陰で俺は"全部"理解できたよ。」

「何が分かったのか教えてくれよ?」


「話しても良い。…その前に、俺の質問にいくつか答えてくれるか?」

「ああ、いいぜ。」


もう、隠し事をしカマの掛け合いをするような関係でもない。饗庭は辰実の質問に"全て正直に答える"という気持ちで身を前に乗り出した。



「燈が俺と会ったのは、偶然か?」

「偶然だ。…ただ、"いつかはお前に引き合わせようと"俺は考えていた。それまではこまめに様子を見に行ってたよ。」


偶然でも必然でも、辰実は自分の事を考えれば"燈の事を放っておけなかった"のは自明である。この答えに対し何か角を立てる事は無かった。


「…じゃあ、今から俺の言う事が"全部"当たってたら"そうだ"とだけ答えてくれ。もし少しでも間違えていれば何も答えなくていい。」

「ああいいぜ、言ってみろよ?」


「まず、松浦さんは"恩田ひかり"に関する事件を調査していて、その時に一緒に調べてたのは、今"わわわ"にいる早瀬さん。あと、槙村側の協力者として饗庭がいた。


…警察も介入し、一連の事件の捜査に入ったが鵜川により証拠は揉み消され捜査は打ち止め。だが疑念の消えない松浦さんはまだまだ調べに入っていた。燈のお守りに隠していたのはその時の証拠だろう、あまり良い隠し場所とは言えんが"もしも"の時に隠し場所を早瀬さんに伝えておいたんだったな。」


一息おいて、缶のコーラを口に含む辰実。


「松浦さんが"裏で"暗躍したと思われる話が、もう1つある。…それは、俺の"転職"だ。運よく二次募集で俺は受かった訳だが、きっかけは松浦さんに勧められたからで"虚しく仕事をやるより新しい人生を歩め"と言われたからだった。あんまりヤル気の無かった俺に気を遣っていてくれたんだろう。


ここまで考えると、俺も饗庭も早瀬さんも、"松浦さん"の思惑で動いているように思える。…だが実際は"松浦伊久雄"も、誰かの思惑で動いている1人だ。」


ここまでの話を聞いている饗庭の表情を"予想していた"かのように辰実は流暢に話を続ける。"意図的に消したハズでも、人のやった痕跡はどこかに残っている"という刑事の教えを忘れることなく、推理し続け到達した辰実の"真実"が明かされようとしていた。



「その"フィクサー"が誰か、今ここで当ててみせるよ。」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る