#15「ファム・ファタール」

(前回のあらすじ)

交通事故で死亡したと思われる辰実であったが、偽造された事実である事を見破った饗庭によって辰実は彼の居宅に匿われていた。


一方、知詠子は辰実の死について"事故の状況から"疑いをかけ、梓は饗庭の立ち位置が変わった事と、これまでの勘から"辰実が槙村を捕まえるように仕組んでいた"と予測する。


更に、饗庭は実家の工場を辰実と共に襲撃し、"爆発が起こった"と虚偽の通報をして警察を呼び寄せた。鷹宮と埜村を呼びつけ、重衛とともに工場に潜入した駒田であったが、これまでの事件が集約したかのように"火薬"と"爆弾"、そして"拳銃"を発見したのであった。



 *



「…ああ、そうなのか。あの工場がね、了解。」


愛結から背中は見えるが、声が聞こえない距離で槙村は電話をしている。"わわわ"が行っている商店街の洋食店の取材で実際に食べてレポートするのであったが、愛結が食べ終わった辺りで"突然の電話"と言って離れてしまった。


槙村の事を考える余裕は、余り無かった。


夫の辰実が急逝し、燈と希実、愛菜を育てていかなければならない現実と向き合い始めるのはすぐであった。実母のマドリーヌも"私も一緒に面倒を見るから"と気を遣ってくれ、義実家も"倅が死んだところで、愛結ちゃんはうちの娘だから"と温かい言葉をかけてくれていた。


…それを考えれば、周囲の人に恵まれている。


小さい頃に"髪の色と目の色が違う"という理由で虐められたり、高校の受験期は"母子家庭"を理由に嫌味を言われたりと、あまり充実した時期を送っていなかった愛結は、マドリーヌと辰実以外でここまで他人が親切にしてくれる事に驚く日々。



"本当は一緒にいて欲しい"という気持ちはあるが、叶わない事を願っても虚しい気持ちにも、少しずつ折り合いがついていた。


色んな事を考える事も無く、その日は取材を終えて"わわわ"へと帰ってきた。



「じゃあ、そろそろかな。…こちらも身軽になった所で"計画"を始めましょう。」


"計画"等という言葉が出てきた事さえ気づかぬまま、愛結は仕事に集中していた。



 *


「よく個室で話をしたがりますが、あまり話を聞かれたくないんですか?」


"男性と1対1で個室で話す"という状況を、愛結はあまり快く思っていない。もし何かあった時に、自分の身は自分で守らなければいけないと分かっているからの危機感であるが、話を無下にもできないというのも事実である。


…槙村が毎回"個室"で話をしたがるのは、嬉しい事では無かった。



「まだ、マネージャーになって日が浅いですから、早く関係を深めたいのですよ。…と言っても、ここからの話はまた違うのですが。」


辰実が事故死する前に、マネージャーになった槙村とはまだ2週間と少しの関係であった。"何を考えているか分からない"という人は世の中に多く居れど、槙村祐司という男は何を考えているのかがよく分からなかった。


…しかし、それを"本当に"やってしまいそうな雰囲気があるのだ。



「まどろっこしい話は無しにして、簡潔に説明しましょう。今月の末に開始する市長選、私は立候補しようと思うのです。」

「そうですか。そうなるとマネージャーの仕事は別の方が…」


"そういう話でも無いのです"と槙村は愛結を諭すように語りを続ける。


「私が市長になった暁には、貴女を妻に迎えたいと思うのです。…だから、貴女にはグラビアの仕事を辞めて頂き、市長になった僕を支えてもらいたい。」


いちグラビアアイドルが、治世の舞台へ。2014年から始まったT島県の"対都市部計画"が10年目の節目を迎え、ここまで市民の人気を集めたグラビアアイドルを妻に迎え雄飛する。…愛結が夫を喪った所に、希望となるべく声をかけたとなれば名声を更に上げる事となるだろう。


見当違いの事を言われた事に驚いた愛結であったが、いざ話をかみ砕いてみると"理に適った"ように聞こえる一言だと言ってもいい。



「死んだ夫への気持ちを、すぐに拭い切る事は出来ません。」


それまで"偽物と本物の区別がつかない"ぐらいの笑顔をしていた槙村は、偽物の仮面の奥底から"本物"の怒りを一瞬だけ見せる。


「死んだ者の事など、何時までも引き摺っていては生きていく事ができません。…それに貴女の夫は、貴女が友人の恋人だと"分かっていて無理矢理に奪った"男でしょう?そんな風に貴女を嫌がらせの道具としか見ていなかった奴など忘れればいい。」


この男は、いくら本性を知られても止まらないのだろう。そして、"次は"自分なのだろうと分かった愛結。あまりにも自己中心的な彼の言い分に、少しばかり悲しさと恐怖が混ざった感情を愛結は抱いてしまった。



 *



「…しかし、人の工場を奪ってえらい事をしてくれたモンじゃ。」


襲撃に遭った後の工場から、製造された拳銃や火薬、更に拳銃の設計データまで押収した駒田と重衛は、知詠子と梓の協力も得て工場にいた全員から取調を行い、拳銃を製造した状況と、それが支倉の指示の下で行われていた事をはじめ、工場に関するあらゆる情報を3日間で聴取している。


激務だった事を証明するように、重衛と梓の顔には疲れが出ていた。


藤谷兄弟は…、留置所でも"アヌビス怖い"と譫言を漏らして話ができない状況であったため入院している。これが辰実のやった事と考えれば、日登美を辱めた分をキッチリお返ししたのだろう。


(…もし黒さんがやったとして、それを公にしたら槙村はえらい事になる。そうなればタダじゃおれんが、同時に槙村が縄につく可能性は無くなるか。)


そもそも、死んだ人の犯行を立証する術は存在しない。



「重、この辺で分かった事を整理するぞ」

「うっす」


4人と、そして片桐で集まり状況の整理を始める。



「饗庭の工場から見つかったのは、火薬と拳銃4丁、作りかけの拳銃1丁、爆弾3つ、押収したノートPCより拳銃の設計図でした。」

「知詠ちゃん、駒ちゃん。取調で聞いた"拳銃の数"は幾つ?」


「作りかけ合わせ、7丁でした」

「わしもそう聞きましたわ」


"2個合わないわね"と片桐は首をかしげる。


「設計図はあっても、作り方が分からなければ拳銃なんて作れないのじゃないかしら?素材はあるとして、細かいパーツの組み立て方とか?」


工場は抑えても、そこに無い2丁の有無を確認できなければ"解決"には至らない。辰実と饗庭の機転によって一網打尽で終わったと思えばさらに面倒が残っていた。


「饗庭に訊いてみましょうか?確実にこの件に関わっていると思いますし。」


知詠子が提案するや否や、スマホが震える。連絡してきたのは"饗庭康隆"であった。


(全く、タイミングのいい…)



 *


「まあ、麦茶でも飲んでゆっくり話そうぜ?」


辰実が藤谷兄弟と交戦中に、饗庭は支倉を自宅へと連れ去っていた。"誘拐"と言うべきなのだろうが、それで饗庭を咎めようともやっていた事だろう。


…ただ、こうでもしなければ支倉と話をする事はできないのも事実である。



「お前、何が目的だ?」

「言っただろう?話をしようってんだ、"今後"のな。」


辰実の到着を待っている間に、饗庭は"話をしなければならない"という状況を作るために準備をする。こういう話は饗庭の方が得意であった。


「お前さんが衝突前にブレーキを踏んでくれたお陰で、黒沢は無事生きてた。まさか同じぐらいの時間帯に"ひき逃げ"で死人が出てたのにつけこんで黒沢の死体をでっち上げるとは思ってなかったが、それはそれでいい方に転がってくれた。」


元が"人にいいようにされる"事が気に入らない支倉は、その性分通りの表情を饗庭に見せていた。この扱いやすさに、つまらないを通り越して饗庭は笑ってしまう。



「"黒沢の死体が偽物だったって事に何で俺が気づいたんだ?"って顔してるな。…教えてやろうか、え?」


つまらない反応をするから、饗庭は更に支倉を挑発する。"高慢ちきな心を折る"事が話をする第一関門だと思っているからのやり口である。



「…と、そう言ってる場合じゃねえな。どうする支倉さんよ?」


怯えた目をしている支倉の視線の先には、饗庭では無く"居候の女"が"明らかな殺意"を双眸に灯して包丁を片手に持っている様子が映っていた。


(こいつの、こんな顔を見るのも初めてだぜ)


恐れおののく支倉に対し饗庭が冷静であったのは、その理由を知っているからである。

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