弱い彼と強い貴方
(前回までの話)
1人の時間を過ごしていた時に、梓とばったり会い喫茶店に行く事になった愛結。先日の事や、辰実が秘密にしようとしていた事が重なり、"2人が結ばれたきっかけ"が気になっていた梓は、この機会に愛結に聞く事にした。
驚くも"秘密にしてね"と言い、愛結は5年前の話を始める。
*
彼と出会ったのは5年前、2018年の11月が終わりを告げる時だった。"出会った"と言っても、元々は高校の時の3年間クラスは一緒だったし顔も見た事あった。…でも、話はあまりしなかったと思う、たぶん指で数えられるぐらい。
そんなよく分からない距離感でいた人が、いきなり私の心を奪っていくなんてこの時は知らなかった。
"久しぶりに集まろう"
そんな連絡が来たのは、クラスの中心で騒いでいた男女グループからだった。あんまり話をした事は無いけど(そもそも友達少ないし)、連絡が回りに回って私の所にも来たから、"まあいいか"と思って"参加するよ"と連絡を入れる。
そういう騒がしい人って、あんまり好きじゃないのよ。あんまり賢くないじゃない、"人生はその日その日を気楽に生きてた人が幸福"だって誰かが言ってたけど、私は頑張らない人って嫌い。
苦労をしてない人って、人の痛みが分からないし、人の頑張りを僻んだりして嫌がらせをしてきたりするから。それで中学の時なんてすごく大変だった、水泳部の先輩には"染めている"と言われて教師にある事無い事吹き込まれたり、無理矢理下の毛を剃られたり、本当に嫌で嫌で仕方なかった。
…でも、勉強でも部活でも"頑張れば"誰かが分かってくれる。高校に進学してからは、友達もできて嫌な事をされる事も無くなったから、それはそれで嬉しい。
友達も行くと行ったから、行く事にした同窓会。その日に起こった事を、私は今でも忘れる事ができない。
*
駅前の居酒屋を貸し切りにして、30人と少しの同窓会は始まった。
五月蝿かった人達なんて、ものの数分で酔って出来上がっている。本当に歳だけ大人になる人なんていたんだ、と呆れながらも他の人との談話を楽しんでいた。
そろそろ結婚したい人がいる、まだ独身でお先真っ暗、起業しようとしてるとか、人の話は人の話で、聞いているだけでも面白い。
私は、人付き合いが苦手。それでも少しずつできるようになったのは、"グラビアアイドル"になったからだと思う。元々"わわわ"編集員で採用されたけどそのままにしながら、"蔵田まゆ"として結構人気出たと思う。…大変だったけど、中学の時にいじめを受けながら部活してたし、グラビアの仕事はそんなに苦じゃ無かった。
あと、意外と撮影される時って最初は恥ずかしいけど、段々と自分が自分じゃ無くなっていく感覚が好き。"いじめられっ子の倉田さんじゃ無いんだ"って。
「今、倉田さんグラビアやってるんだよね!」
「前から綺麗だと思ってたんだー」
「ねえ、写真一緒に写ってよ。後でインスタあげていい?」
話しているうちに、騒がしいグループに巻き込まれて色々質問攻めに合う。…いたんだなこう言う感じの人、たぶん私がグラビアになって人気出なかったら何も言ってこない気がする。人気者になりたいならなるために自分が頑張ればいいのに。
結局は化けの皮が剝がれていくんだから、別にどうでもいいんだけど。
こういう時、お酒のペースをゆっくりにして良かったと思う。ああいう手合いは早く飲んで早くに世界をぼんやりさせるから、その隙に離れていった。
…人の少ない所か、それとも誰もいない所にいるか。
開始から半時間も経っていないのにどっと疲れた私がそんな場所を探していた時に、"彼"と遭遇した。
「おーい神谷くーん、酔って寝てないで話の続きを聞かせてくれよー」
"彼"は、早くも酒が回って寝てしまった同級生を軽くゆすって起こそうとするも全く起きない。周りを見てみればもう2人程寝てしまっている。
「大丈夫?」
思わず、声をかけた。無造作な短髪で、愛想の無さそうな表情をした彼は、"たぶん"とだけぶっきらぼうに答える。よく見た事があるような彼は私に"疲れたならゆっくりしていくといい"とだけ言って、神谷君を起こそうとしていた。
(神谷君は確か科学部で、大学は一緒だったのよね)
「えっと、確か……」
「黒沢だよ、空手部の。3年間一緒のクラスで、ずっと君の次の出席番号だったぞ」
ああ、私、酷い。黒沢君は3年の時に空手でインターハイにも出た事があるのに、私忘れてた。誰かが空手部のエースだって言ってたのを思い出した。
「ごめんなさい、雰囲気が変わっていたから。」
「…そんな事は初めて言われた」
空手が強い事は知っていたけど、いつもいるのかいないのか分からない雰囲気だったから、本当は名前を知っているぐらいで、空手が強かったぐらいしか覚えていない。
"食べよう"と、彼は盛り付けられた唐揚げの皿とサラダの皿、そして刺身の皿を世話を焼くように間に置いてくれた。まともに話の雰囲気になったのは初めてかもしれないけど、聞いていたように愛想が本当に無いなんて事は無かった。
「黒沢君は、今何をしてるの?」
「警察官だよ、交番で働いてる」
"凄いね、警察官"と、言われ慣れているだろう。まるで鏡を見るように、黒沢君も似たような言い方で話をしてくれた。
「倉田さんなんかもう、有名なグラビアになっちゃったじゃないか。俺なんてしがない交番のお巡りさんだよ。」
「…でも、ちゃんとした仕事だよ?」
2014年に提唱された"対都市部計画"から数年経ったとは言え、都市化を推進していても沿岸部のリゾート開発や若松商店街の復興に手が付けられだした所だった。…だから、まだまだT島県なんて田舎で、福利厚生や給料がしっかりしている職場なんて全国展開しているような大手企業と公務員ぐらいしか無い。
国立大に行って"ある程度"敷居の高さが緩和されるぐらいで、あとは点在する名前を書いた程度で受かる私立大学にでもエスカレーター式に進んで小さな企業で何をしているか分からないという人生が待っているぐらいにしか私には思えなかった。
今こうやって"まともに"仕事をして、"まともに"生活ができている人はクラスという小さな社会の"お山の大将"だった男女じゃない、寧ろ私も気づかなかった人達。
唐揚げを1つ口に入れて、話は続く。
2人でこっそりと、次のお酒を注文した。
数分は、お互いに大学では何をしていたとか、黒沢君が行っていた県外の話とか、私の見聞きした事が無い話で場が成っていた。…少しずつ、彼の人となりが理解できる。年の離れた妹が2人いたり、元々絵を描くのが得意だったり、意外な一面だ。
「こうやって話を聞いてると、聞いてた人と別人みたい」
「…変な噂をする人がいるんだな」
この時、私には付き合っている彼氏がいた。その時の彼も高校の同級生で、黒沢君と同じ空手部だった。市嶋という男で、背はそんなに高くないけど高校の時の悔しさを発条に色んな事を頑張ろうとしていたので応援したいと思って交際を受け入れた。
「私、市嶋君と付き合ってるの。」
「市嶋か、何でまた?」
「夏場に、クラスの何人かで集まった時に」
座布団にあるハズの無い背もたれに、もたれかかって黒沢君は腕を組んで少しの間何か考えている様子だった。…どうやら、何か整理がついたようで。
「俺は、市嶋と仲が悪かったんだぞ?」
「別にいいじゃない、彼がそんな事で目くじら立てたら謝るわ」
「…彼の事、本当はどう思ってるの?」
覗き込むように、顔を近づけて黒沢君に聞いてみた。彼は驚く様子もなく、そのままの状態で話を続ける。後から知ったけど、私とこうやって出会う前には"てぃーまが"のモデルをしてた"恩田ひかり"と付き合ってたんだ。
私も個人的に親交があって、"日登美さん"と呼んでいたけど。"愛想が悪いけど落ち着き払っていて、でもよく見せてくれる優しい所がカッコいいのよ"って彼氏さんの事言ってたなー。
あれだけ凛々しくて、憧れな人と付き合ってたんだもの。反応が無いのは愛想が無いからと思っていたのは私の間違いだった。
「別にうざったいとも思ってはいないし、嫌いでもないんだけど。」
「…じゃあ、市嶋君が一方的に黒沢君の事を嫌ってる?」
聞かなくても、答えは明白であった。そもそも黒沢君にとっては、彼がいてもいなくても何ら自分の人生に障害は無いのだろう。
天地の差。彼は空手は強く無かったけど、黒沢君は強かった。強い人からすれば弱い人の事なんて本当にどうでも良かったのだ。
「多分、練習試合の時に市嶋と試合をして俺が勝ったのが原因だと思う。」
「練習試合?」
「市嶋の好きな子が、空手部の同級生にいたんだけど、丁度その練習試合の日に告白しようって話だったらしいんだよ。でもその練習試合で俺が勝ったために市嶋は告白を諦めたらしい。」
"先輩から聞いた話だが"と黒沢君は付け加える。
「告白は市嶋"個人"の話であって、そこに俺が負けてやる理由は無い」
「ええ…、そうよね。」
競技に、そんな事があってはならない。
…でも、この時にはもう気づいていたのかもしれない。黒沢君の言った事を"否定しなかった"事から、気づかない所で私の何かは冷めていた。
そして本当に驚く事は、自分で気づかない時に起こるんだと知ったのも、後で冷めた瞬間を思い出した時に一緒に気づく。
「そんな事があったけど彼、今は前に遭った悔しい事も全部受け止めて生きてる。苦手な営業の仕事だって頑張って、成績上げてるし。」
"頑張らないとな、私はこの前マネージャーに人気落ちてきたって言われたし"
私がポツリと呟いてしまった本音に、何も聞かなかったかのように黒沢君は本題に話を戻してくれた。
「………昔どうだったかは置いといて、今これからの方を向いて自分の弱い所も全部受け入れて生きていこうとしていくのは本当に凄いよ。」
「そんな事言って黒沢君は、弱い所なんて無さそう」
不意にあおったコークハイが喉を通る様子が、言い出しそうな言葉も一緒に流し込んだように見える。
「あるよ俺も、空手部にいた頃の市嶋みたいな事がさ。あまり話したくないけど、それは自分の中で解決して、いつか話せるぐらいになればいいから。」
黒沢君の"弱い所"がまさか警察官になる前に"てぃーまが"にいた時の話だった事は、これもまた後で知った。私がずっとその過去を詮索せずにいたのは、お酒の影響がありながらもその言葉はよく覚えていたから。
「…ところで、倉田さんは市嶋と付き合ってるんだよな?」
「そうよ、2か月前に彼から告白されて」
告白されて付き合ったけど、まだ一緒に何回かご飯に行ったぐらいでキスもしてないし、エッチもしてない。しなきゃいけない事じゃないし、私も市嶋君の事をいい人だと思っているからそれでいい。
「市嶋に、もう抱かれた?」
「キスだってしてない」
10が数えられるぐらいの沈黙を置いて、黒沢君は"聞きたくなければ聞かなかった事にしてくれ"と変な前置きをして口を開いた。
「俺が聞いた話では、市嶋は空手部の同級生だったミナちゃんと付き合ってる。」
ミナちゃんも同じクラス、空手部でこの同窓会にも出席している。…色んな情報が一気に流れ込んできて、黒沢君の悪意の有る無しを考えるだけで私はこの時精一杯。
「知らなかった…よな?」
案外、表情があった。黒沢君は申し訳なさそうな顔をして私に確認をしてくれる。
「初めて聞いたわ。今もうどうしたらいいか分からないの。」
「俺も今、どうしたらいいか分からない。ミナちゃんは幼馴染だから、お互いよく知ってるし話せるには話せるんだが、この事を伝えるべきかどうか……」
コークハイを片手に、大きな唐揚げに齧り付く黒沢君の様子は、どう見ても困っている風には見えなかった。どうしたらいいか分からないから、とりあえず私もさっき注文したウーロンハイと一緒に唐揚げを頂く事にした。
サクサクの衣に、大泣きするように溢れる肉汁。それをハイボールで流し込むのは結構な爽快感がある。
「何かあった時はちゃんと責任を取るから。」
「…ありがとう」
"黒沢君が、ちゃんと話をして聞いてくれる人で本当に良かった"
話の流れで、LINEを交換したのは"何かあった時に話を聞いてくれるかもしれない"と少しだけ思ってしまったからで、まだその時の黒沢君を好きになるなんて予想は私にはできなかった。
5分か、それとももう数分ぐらい話しただろうか?
私に気づいた誰かがテーブルに呼ぶから、黒沢君に簡単なお礼をして、会の終わりまで大人数のテーブルで疲れるような話をして時間をだらだらと潰してしまっていた。
*
「最低ですね、二股なんて」
「そうよ本当に。あんな奴、辰実にやられちゃえ!って思ったわよ。」
ドキドキしながらも、少しずつ話を始めてくれた愛結は楽しそうに5年前の事を騙っていた。梓にも、二股をかけていた市嶋への怒りや今と変わらない辰実の性格がよく伝わっていたようで、話の節々で表情をコロコロ変えてくれる様子が愛結にとっては面白かった。
「辰実は浮気しないから、本当に嬉しいわね。」
「愛結さんぐらい綺麗な人と結婚して、浮気なんて私は信じられないです。」
"…そうかしら?"
愛結が微笑んだのは、その下に皮肉が入っていたのだろう。今さっきしていた話が"元彼に二股をかけられていた"の入り口なのだから。
"辰実っていうのは主人の名前ね"と愛結は付け足すがそんな事は梓も分かっている。なお、"辰実"であって"辰巳"では無いので注意されたし。
「でもまだ、黒沢さんと付き合う話じゃないですよね。」
「これからよ。同窓会が終わって、2次会に行く人は行く、行かない人は行かないって話になったんだけど、私はあんまりクラスでも仲良い人少なかったし、クラスメートにちやほやされるのが、何か"急に媚びを売ってきた"ような感じがして2次会に行くのは断ったわ。」
梓は、辰実が以前に"実は愛結の隠れファンというのは結構いた"と言っていたのを思い出した。そして"人気者は意外と小さなコミュニティの中心にいたがらない"という話も実は心理を突いていたと納得する。
「空っぽの人って、お山の大将になりたがるのよ。」
「…それは、ご主人さんが言ってた事ですか?」
「2人とも、自然と理解してた事よ。」
笑顔を交えながら、時々冷めたような表情をして、愛結の話は続く…。
同窓会が終わった後に2人はどう結ばれていくのか?そんな事を思いながらも梓は愛結と一緒に"5年前"へ戻っていくのだった。
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