再来を告げる

(前回までの話)

取調を切り上げ、帰宅した辰実はいつも通りに夕食を作ったり家族との時間を過ごしていたが、変わらず燈との距離を感じていた。その翌日再開された取調にて饗庭とその話になっていたが、饗庭からは"松浦の代わりとして接している"事を指摘される。


 *


"仮面家族"


あくまで松浦の代わりとして、燈に接していた辰実の事を饗庭はそう形容した。"黒沢辰実"として燈と接している訳でなければ、その形容が的を得ているだけに耳の痛くなる話であった。


「さて、昨日はどこまで話した?」

「"舘島事件"が仕組まれた可能性がある事と、饗庭の実家の工場で銃が作られているという話だ。」

「そうだったな。…なら今日は槙村が7年前に何をしてたかと、今後の予定について話そう。」


辰実にとっては、昨日のうちに聞いておきたかった事であるが饗庭の中の順序というモノもある。あまり無視してこちらの都合で質問をする事も無粋であった。



次に出てくる饗庭の言葉を聞いて、そんな遠慮すら吹き飛んでしまう。



「まず7年前だが、お前が"恩田ひかり"のマネージャーを交代させられた後に、後任に就いたのが"槙村祐司"、そう俺が"あの方"と言っていた奴で舘島事件を仕組んだ可能性のある奴だ。」


言葉を選んでいる間に、急に立ち上がった辰実は気付かぬうちに饗庭の胸倉を両手でがっしりと掴んでいた。その表情に、これまでにない怒りの感情が染み出しているのは、慌てて後ろから止めに入った梓でも分かる。


「ようやく、本音で話をする気になったか。…だがな、今ここで俺に掴みかかっても日下部さんに手を出さなかった分がパァになるぜ?」

「くそっ」


落ち着いて、辰実はまた席に着く。


「確かに、俺は槙村が無理矢理にマネージャーを交代し、恩田をムリヤリ犯したりしていたのを黙認していた。…俺は手を出しちゃあいないって言っても同罪だろう。」


"…だが、お前は何かしたか?結局何もしなかったお前も同罪じゃないか?"


燈の件といい、今の話といい、饗庭の言葉が辰実の心に野蛮に引きちぎるような痛みを与えている。私怨であるかもしれないが、槙村を逮捕するのは"日登美のため"である事を辰実は忘れてはならない。


「ああ、俺も同罪だよ。だから償うつもりでいるんだ。」

「正直言って、お前の事情などどうでもいい。俺は槙村が生きるのに邪魔だから排除したいだけだ、この違いを忘れねえ限りは正直に話してやる。」


突っぱねるような言い方ではあるが、はっきりと"槙村を始末すべき"という指標ができた事については、饗庭に感謝しなければならない。…更に、それが舘島事件を仕組んだ人間であるなら、警察の威信にかけても必ず逮捕しなければならないのだ。



個人としても、警察としても、両方の名分で槙村という社会の病腫を排除できるのだ。…しかも、"舘島事件"の首謀者として逮捕する事ができれば確実に"死刑"となる。その場にいなくとも23人を殺害する事に大きく関わっているのだ、"生きていても"良い訳が無い。


…言葉遣いは悪いかもしれないが、辰実の考えた事は誰しも考え得るだろう。



「だがお前、もっと問題な話だぞ?」

「これ以上は聞きたくないが、聞かなければマズい話だろう?」


「まあそうだ。…週明けから槙村は"わわわ"に移籍する。で、何をするかと言えば"蔵田まゆ"のマネージャーになるぞ。」


渾身の右ストレートで頭を打ち砕かれたような気がした。



日登美を襲った悲劇が、辰実の人生が狂わされた瞬間が、また繰り返されようとしているのか?そんな最悪の予想が、辰実の頭をよぎってしまった。


「お前は、死んでも嫁を守らなければならねえ。2度と人生を狂わされたくなければ槙村を逮捕するか、それとも殺すかだ。」


冷静に話を聞いていた辰実は眉をしかめただけであったが、今度は梓が怒りをむき出しにして饗庭を見つめていた。そんな事も気にせず饗庭は話を続ける。


「もし、俺の実家で作られた銃でも持ってて今にも撃ちそうになったら、警察官がそれを制止するために撃ち殺すのは正当な業務の一環だろう。…言っておくが"舘島事件"の黒幕だったら捕まえた所で死刑だぞ?」


槙村が今まで犠牲にしてきた女性の事や、舘島事件の事を考えれば、何回殺しても情状酌量が認められても良いぐらいの話である。…しかし、本当に"そうなってしまったら"相当の覚悟がいるのだ。その覚悟を決める可能性はゼロでは無い。それに加えて"人を殺した"事がどういう事なのか本当に理解できているだけに辰実は敵の大きさを見据えてしまう。



「俺はもう、"お前が"槙村を死刑台にでも送ってくれれば有難いと思ってる。だから必要だと思う事は全て話す、その代わりお前も話すんだぞ?」


辰実が見た"舘島事件"に関する事である。あの忌まわしき事件の、一部始終をきちんと話さなければならない。"勝ったから話さなくてもいい"訳では無くて、"自分も離さないとフェアじゃない"と思っただけであった。


こんな事を梓に行ってしまえば"黒沢さんは変なところ不器用ですね"と笑われるだろうが、辰実はそうしないと気持ちが悪いからやっている。



「…ああ、そうだな。」


「交渉成立だな。どこかで言ったかもしれねえが、槙村は自分の"嫁"を探してる。…"恩田ひかり"のように誰もが知るような、輝いて見える美を持った女を求めてやがる。」

「なら、何故彼女を無理やりにでも嫁にしなかった?」



「"恩田ひかり"は、最後まで抵抗し続けたからだよ。槙村をはじめ、支倉、日下部、半グレの藤谷兄弟という奴、爆破されたカフェの店長と、様々な男に辱められる事で心を折りたかったが"折れる"どころか無くしてしまったんだ。」


その様子を、大路は撮影していたのだろう。大路からは撮影したという事実だけしか聞けていなかったが、あの程度の男に尻尾を握らせるようなヘマはしないと辰実は槙村を推し量っていた。


「泥まみれの底辺から、這い上がって美しくなったシンデレラ。その美しさを自分のモノにしたかった槙村は、何とかして従わせようと」

「欲しければ、心を"おとす"べきでは無いのか?」


あくまでも、日登美の恋人であったのが自分という事は辰実は言わずにいた。梓には"隠し通したい理由"というのが今でも分からずにいる。


…だから、"ある事"が気になっていた。



「それができたらいくらか良かった事か。普通に声をかけても全く反応なし、でも欲しくてたまらない。…元々が議員の親父の威光を笠に好き放題してた我儘坊やだからな、欲しいモノを見つけると諦められないんだ。だからだよ、無理矢理に弱みを握ったんだ、"スキャンダル"をでっち上げると脅迫してな。そっから体で奉仕しろと強要、お決まりのパターンだ。」


そのスキャンダルの内容は、"自棄を起こして自宅に火を点けた"という話だった事を辰実は憶えている。これも警察官になってから刑事に聞いた事なのだが、当時の日登美には全くアリバイが無く(その日は仕事で辰実も一緒にいた)、また彼女自身に放火のメリットが無いため犯人だと断定できなかったそうだ。


「…本当は火を点けたの、槙村なんだがな。飲んだくれの親父が寝てる間に火を点けて、そのまま親父は丸焼き、追うように弟も自殺だ。」

「それは俺も知っている。…だが槙村がやった証拠でもあるのか?」

「あの野郎、笑いながらその話を俺にしてくれたよ。」


外道だ、本当にこいつは死んだ方がいい。とまで思ってしまった辰実も梓も、それが本音だという程に苦々しい表情をしている。



「…しかし、それが今度は"蔵田まゆ"か。」

「恩田への執着が、今でも忘れられないんだよアイツは。だからまたシンデレラストーリーを進んできた女を求めてしまうんだ。」


その上で確実に障害となり得るのは、"黒沢辰実"である事は間違いない。…それが何もかも"運命づけられている"と感じてしまっただけに、尚更逃げられない所にいる事を自覚させられたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る