線で繋がる過去

(前回までの話)

饗庭の供述から、"舘島事件"が仕組まれた可能性のある事件であった事と、"恩田ひかり"に関連する一連の事件が全て槙村のエゴによるものであった事を知った辰実は、零れそうな感情を落ち着かせるために一旦休憩を取る事にした。



 *


「…お前が思うとるより、嫌な事実を突きつけられとるんちゃうんか?」


一度、取調の内容について梓とともに報告に戻っていた辰実は、休憩で缶のコーラを飲みながら宮内と片桐の話を聞いていた。


「饗庭もこれが裏切りだと分かっていて話してくれたんです。今更、事実から逃げ出そうなんて考えていません。」

休憩を取ると言いながらも、全くリラックスできない様子の辰実をやや重みのある表情で梓は見つめていた。事実からもう逃げられない事が分かっていても、それを飲み込むにはまだ何かが足りない様子を"悲しそう"と彼女は心の中で浮かべる。



「黒ちゃん、辛い時は辛いと言っていいのよ?」

「知らずにずっと生きていく事の方が、もっと辛いでしょう。…時間はかかっても今こうやって事実を受け入れていく事が辛いと、俺は思っていないです。」


"嘘よ"


隣に座っている辰実にしか聞こえないように、寒空の息みたいな梓の声がした。"今言っている事が嘘だとしても、騙し騙しやっていくだけだ"と無理矢理に辰実は言い聞かせる。いつも飲んでいるコーラを、無理矢理に喉に圧し込むその様子がもう"騙し騙し"であったと言っていい。


「このまま嫌な予感が続けば、ワシ等が7年前に捜査した"事件"と"舘島事件"が繋がっとる事になる。…どちらかの事件が、また起こる可能性やってあるやろ。」


1度起こった事件は、"模倣"される可能性が十分にあると考えた方がいい。…特に、"舘島事件"と繋がっているなら、それ以上の事件が起こる可能性を考え、未然に防ぐ事を考えなければならないだろう。


「…そろそろ、取調に戻ります。」


重い雰囲気を残しながら席を立つ彼を、宮内は"黒沢"と声を掛け呼び止める。



「もう1度、銃を人に向ける覚悟はあるか?」

「必要があれば撃つようにと、警察官は皆そう訓練されてきたハズです。」


いつものぶっきらぼうな対応で、辰実はその場を辞する。それを心配するように梓も同じ歩幅でついて行くのを、宮内と片桐は見つめていた。



「責任を取るのは、上の仕事や…」

「ええ、私達も彼に"償わなければ"なりませんね」



 *


戻ってきた2人を待っていたのは、取調室のドアの前で、壁にもたれかかり腕を組んで立っていた知詠子の姿であった。凛々しくも、その奥に業物の鋭さを持った瞳が2人の何かを推し量ろうとしている様子に、梓は一瞬生唾を飲み込んだ。


「そっちのお芋ちゃんと、少し話をしたいんだけど?」

「俺の部下に芋はいない」


知詠子と"仲が悪い"人間の対応では無い、"意図的に避けている"対応をしながら辰実はドアを開けて部屋に入ろうとする。梓がついて来ない様子に何かを感じたが気にせず中に入っていった。



「指示、とは言わないけど貴女にお願いしたい事があるの。」

「…構いません」


割と接客で色々言われる梓でも、"芋"と言われるのは傷つく。知詠子の意図は分からないがとりあえず"女性として"下に見られている事は分かる。


(水篠さんみたいに、華やかな顔をしている訳じゃ無いし、スタイルも良くないけど)


「黒沢が危険な事をしようとしたら、すぐに伝えて欲しいのよ」

「それだけですか?」

「そうよ?」


知詠子の眼を梓はまじまじと見据えるが、これ以上の言葉は出ない。


「私、やっぱり芋なんですね。そりゃあ美人な方からそんな事は言われると思いますけど…。前に黒沢さんの奥さんと会った時は言われなかったのに、って考えるとやっぱり女性警察官って尖った人が多いんですね。」


「そうしないと脂ぎって頭の固い、それでキモイおっさん共の食い物にされるのよ」


辰実から聞いた、"織部日登美"もそういう性格をしていたらしい。"まさか黒沢さん、ツンツンした女性、というかクールビューティーが好きなの?"と疑問に思うが、愛結の存在を思い浮かべて首を横に振る。



「よう、遅かったじゃねえか?」

「化粧の乱れを指摘されてました」


何故、辰実ではなく饗庭と会話をしているのか?と疑問を感じる梓であったが、そんな野暮な話をしている状況では無い。


「この子の事を、芋なんて言う女がいてな。」

「見る目の無い女だなー、華やかさってのが全てじゃねえのにな!」


(この2人もどういう関係か分からないわね、嬉しいけど)


「さて、どこまで話したっけ?」

「松浦さんと、グルだった探偵、弁護士、そして議員、ライターが何故"舘島事件"の場に遭遇してたのか?という所だな。」


そんなに都合よく、一堂に会す事があるかというのが問題である。それすらも"仕組まれて"いたのだろうか?


「松浦さんに娘がいて、新居を構えようとしていた事は知っているか?」

「俺が交番にいた時に、松浦さんに会って知ったよ。」


松浦夫妻の子供については、娘が1人だったため、"娘"と言われれば燈の事である。


「分かっているだろうが、"舘島事件"は分譲マンションの見学会で起こった。…俺の推測ではあるが、松浦さんが夫婦で見学会に来ていた事だけは"偶然"だ。」


"他は確実に何らかの必然で来ていた"事になる。


「お前、松浦さんの奥さんが元モデルだった事は知ってるよな?」

「それに関しては、俺も知っている。」


「…槙村のヤロウは、松浦さんの奥さんを欲しがっていたんだ。」


怒りの余り、辰実は饗庭の話をメモするために使用していたボールペンを折ってしまいそうになる。…すんでの所で冷静になり、無事にペンを破壊せず済んだ。


「松浦さんはその事を知っていたのか?」

「知らなかった。…だから"槙村が何かしでかさないよう"見張りのために弁護士、ライター、探偵が現れた。更に新居を構えようとしていた娘に同行する形で議員の来島もやって来た訳だが。」


「殺されたんだな?」

「そうだ、半グレの奴にな」


偶然にも、燈がその場にいなかった事は幸運だったと言うべきなのだろうか?しかしその場で松浦夫妻が殺害された事を考えると、答えを出す気になれない。


「饗庭、その話は誰から聞いた?」

「来島の秘書だった男からだ。」


殺害された者達が、秘書のように"何か"を遺しているかもしれない。…饗庭の得た情報は、槙村に手錠をかけるための糸口となる事は確かであった。


一瞬、梓の方を見る。梓も同じ事に気づいていたようだった。


「"恩田ひかり"にも恋人がいた。それに松浦さんの奥さんといい、槙村は強引に人の恋人や妻を奪わなければ気が済まない奴なのか?」

「どうだろうな?"アイツの根底になるのは、美しい者を自分の力で美しくしたい"という訳の分からない欲望だけだ。」


日登美が更に人気を得たのは、辰実と恋仲になってからであった。松浦の妻も、結婚して更に綺麗になったと言われている。他人の者を奪って好き放題しようとするとは、倫理観が欠けているのだろうか、それとも体だけ大きくなった駄々っ子なのだろうか、いずれにせよ多くの女性が被害に遭っている事を考えれば、この話が公に出れば法の制裁だけでなく必要の無い社会的制裁を受ける事になるだろう。


「槙村は半グレと協力して女を嬲り者にしたり、賭博に手を出したりとやりたい放題だ。…これが親父の力と思いきや、本人もまあまあ市政に影響力を持ってやがる。」

「しかし、罪消しは親父の権力だろう?」

「そうだな。…もし叩くとすれば、親子を同時に叩かなければならねえ。」


(…槙村父は、捜査二課に任せるしかなさそうだ。しかし、信用していいのか?)

この事は、宮内に相談する必要があるだろう。少なくとも鷹宮については信用できるが、問題の鵜川についての対応が疑問である。


「その半グレも、使い捨てだった訳だ。…そして、これからもだ。」


ここまでの話で、舘島事件が仕組まれた事件である事が分かった。疑問に感じた所と言われれば、"7年前に松浦は何を調べていたのか?"という所だろうが、これは辰実自身が調べなければならない。


「これからもだ、と言うのは?」


「俺の実家は、市内の小さな町工場でな。金属の加工をやっていた。」

「…………」


一見して関係の無い話が、核心に繋がっている可能性を見落としてはならない。辰実の"嗅覚の鋭さ"には視野の広さも含まれていると言えるだろう、勿論の事辰実と一緒にいた梓もその事を十分に理解できている。


「物心ついた時には経営が傾いていてな。親父は荒れてるし、お袋は親父と喧嘩ばっかりでやってられなくて中学の時なんて喧嘩ばかりだった。…高校には行かせてくれたが、頭の悪い所、そこで知り合った不良グループが、後の半グレになるまで付き合いはあったさ。ボクシングジムに拾われなければ俺は何してたか分かんねえよ。」


人に歴史あり、とは言うが哀しい歴史である。辰実も梓も、メモをする手とキーを打ち込む手を止めて饗庭の話に傾聴していた。


「それがクルーザー級のプロ黒人を1ラウンドKOするまでになったんだろう?」

「ああそうだ。…その勝利が転機だったんだよ。」


言葉で追えば、輝かしい話だろう。…しかし、それが今も槙村の手先となって狩りのように女性をスカウトして回るようになったのだ。悪い意味での転機である。


「賭け試合がされていてな。勿論、プロの方に槙村は賭けていた。…100万ぐらい賭けていたとか当時は聞いたが、まあ下らない話だよ。その日に"どうしてくれるんだ?"って詰められたよ、それで腹いせに"実家の町工場を潰してやる"とな。」


ここまでの話を聞くだけでも、槙村という男が"この世に存在してはいけない生物"であるように辰実には思えてしまう。自分も被害者であり饗庭もまた被害者なのだ、確実に同じ気持ちはどこかで持っていると言っていい。


「実家の工場は、槙村とその半グレに乗っ取られた。…その半グレも昔俺がつるんでいた奴だったが、見事に槙村の犬に成り下がっていたよ。」


饗庭は自嘲する。それに辰実は言葉をかける事すらできなかった。


「結局、工場は乗っ取られ、"返してほしければ"という名目で俺は槙村の使いになって"てぃーまが"にお前の同期で入る事になった。"恩田ひかり"がダメになった時の保険で次のを探してくるようにな。」


「結局は君も、脅されていたという事か?」


頷く饗庭、もしこれが事実であれば"無罪"である。もし実際にやっていたとしても、饗庭の"スカウト"で現在も被害に遭っていない女性もいれば、ピンポイントで被害者が作られたという証拠も無いから何もできない。


「…去年の冬に、親父とお袋は死んだよ。だがその前に俺に"とある写真"を送ってきた。」

「工場を隠れ蓑に、何かやっていたんだな?」


「"拳銃"を作っていた。」


そんな物が大量生産されれば、あっという間に県内は無法地帯と化す。"舘島事件"の恐怖ですら色濃く残っているのに、それを上回る事件が発生すればひとたび秩序は破壊され、市民は混乱する事になるだろう。そうなってしまったら、元に戻す事は"不可能"に近いぐらい困難となる。


「町工場を抑えられれば、槙村の首根っこを掴める可能性もあるな。」

「…果たして、そうはいくかな?」

「半グレ共は使い捨ての可能性はあるからか。…しかし、自分の足がつかないようにとは言え、自分の息のかかった奴が管理しているハズだろう。」


そろそろ、2本目のコーラが欲しくはなってきたが、我慢して辰実は話を進める。


「証拠はくれてやる。…危険性も考えて、俺は1人で行く訳にはいかん。それに槙村がどう出てくるか分からんしな。警察に任せた方がいいんだろうが、くれぐれも分かりにくいようにやるんだぞ?」

「そんな事は警察が一番分かっている。」


(…一度、捜査二課も交えて話をする必要があるんじゃないか?)

辰実はこの辺りで取調を切り上げ、一度話し合いをすべきだと判断した。状況がどうだか察知している訳では無くとも、辰実は考えている事が顔に出やすかったために饗庭も"話の頃合い"を考えていた。


「…忘れてた、警察の事でお前に1つ言っておかなければ。」

「まだあるのか?…そろそろ頭の整理が追いつかなくなってきたぞ。」


キーをカタカタと打ち込んで、記録に徹している梓にも疲労の様子が見えている。ここで更に"情報"をくれる事は有難いと思いながらも辰実は"溜息"をついた。


「俺が7年前、初めてスカウトしたモデルは"枕営業"をさせられたんだ。相手は誰だったと思う?」

「勿体ぶらずに答えだけ教えてくれ。」


「県警の"鵜川"って奴だよ。」

「何気に、今一番有力な情報かもしれない。感謝する。」

「言葉とかいいから、とっとと留置所から出してくれ。」


"早ければ明日だ"


そう言って、辰実は取調をしまう準備をする。梓も"やっとですか"と言いたげに記録した内容をファイルに保存し、疲れた様子でノートPCを閉めた。

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