昨日の敵は

(前回までの話)

饗庭、日下部、支倉の確保から一夜明け、鷹宮から提案されたのは引き続き"共闘戦線"で捜査を行っていく事だった。捜査二課のキャップ、即ち鷹宮の後ろにいるのは宮内と確執があり、"7年前に捜査した事件"の証拠を握りつぶしたと思われる鵜川であったため、消極的な宮内であったが提案されたメリットと辰実が挑発にかかった事により提案を受け入れる。


結果として日下部、支倉は捜査二課が、饗庭は防犯対策係が担当する事となった。



 *


取調室


「さてさて、体は動かずとも口は動く。そのうちに取調、とな。」


さっき挑発されて上手い事口車に乗せられてしまった割には、辰実は上機嫌であった。頑張らなければ、と思うだけに梓は緊張してしまっている。


"女傑"が目を光らせているのだ。


「黒沢さん、無理しないで下さいね。」

「大丈夫だ。この期に及んでまた殴り合いなんて事は無いさ。」


メリケンサックを装着した日下部の攻撃を、反撃する事なく受け続けたという話を聞いた時には、"正気の沙汰じゃない"と梓は耳を疑った。今までの鬱憤を晴らすように叫び出した日下部に、全部吐き出させてやりたかったにしても不器用すぎる。


「今やったら絶対負けますからね、気を付けて下さい。それ以外にも色々と苦しい事になってるんですから。」



警察側の勝利にも関わらず、最悪の状況と言ってもいいだろう。辰実は疲弊し、共闘戦線が終われば捜査二課は多くの取り分を持って行ってしまった(さすがに饗庭まで連れて行くとなれば問題だっただろうが、そこを問題にせず饗庭を置いて行った辺りに鷹宮の知恵が伺える)。更に知詠子が監視役として残るという3重苦、梓は先程から息が詰まりそうで仕方なかった。


「鷹宮さんの提案が不平等条約か判断するのはまだまだ早い」

「………」


梓は"そう思う所を説明して下さい"と言いたそうだった。


「俺達はまず、"人身売買"の一連の流れを把握する必要がある。捜査二課は"賄賂"について調べてる。…という事はだ、防犯対策係が今当たるべきなのは饗庭で、捜査二課が当たるべきなのは取引をしていた日下部と支倉という事までは分かるな?」

「はい。」

「普通はこれで話が終わるのだが、捜査二課は水篠を置いて行った。」

「そうです、それが私には分からないんですよ。」

「防犯対策係が信用されていないとは取れるな。だが考え方によってはそうとも言い切れない。」


「…言い切れない、ですか?」

ヘアゴムを外して、団子頭をほどく梓。首を振ると長い髪が空を舞いまとまった。


「ああ。俺がもし鷹宮さんの立場で、防犯対策係の邪魔を考えるようなら水篠は絶対に置いて行かない。」


(鷹宮さんの立場…)


そんな事を考えながら、梓は慣れた手つきで団子頭を作り上げた。綺麗に整ったところで頭の中も少しだけ整理されたような気がして、見計らったように"奴"が来る。


(呼んだかい?)


久々に会った気がする、"スケベなニワトリ"であった。今回は梓の頭の上に乗っかっているような気がしたので見えてはいないが、いる気はしている。


(呼んだという事になるんでしょうね)

"スケベなニワトリ"は、相手の思考や行動を考えるための指標というのだろうが、その奇怪なネーミングのために第一印象はギャグとしか言いようがない。


…しかし、頼もしいニワトリではあるのだ。


(結局のところ、あの鷹宮とかいうドスコイおやぢは"政治家と編集者の賄賂"を追ってやがる。その中に人身売買も含まれてるとなれば、むしろ嬢ちゃん達は"協力者"とも言うべきだろう?)

(その通りね。…って、ドスコイおやぢって何よ?失礼じゃない!?)


確かに鷹宮は恰幅の良い体格をしているのだが、そこまでは言い過ぎである。恐らく先程のやり取りで辰実が散々に立ち回った所為で、ニワトリもこうなったのだろう。


(まあ、逮捕状が取り消された件を考えれば、普通は捜査二課も防犯対策係を警戒するだろう、それでお目付け役を置いていくぐらいは当然だ。…お目付け役の水篠って姉ちゃんは美人だな、俺も料理されるならああいう姉ちゃんに料理されたいぜ!)

(………)

(そんな怖い顔すんなって!…まあ仕方ねえわな、芋なんて言われたんだし)


辰実はどんな印象を持っているか分からないが、少なくとも現時点で梓が知詠子に持っている印象はお世辞にも良いものでは無かった。"一番嫌な相手がお目付け役に来た"と思っているのはその事が大きいだろう。


(ドスコイおやぢも、何か考えがあっての事だが…。てか普通、モデルとかグラビアが被害者の事件捜査を邪魔したかったら姉ちゃんを置いていくか?姉ちゃんが食いモンになってるんだぜ、普通そんな気分悪くなるような事しねえだろ。)


"それだ"と梓は思ったのである。


(見落としてたわ。私だって"女"なんだから、この事件にどれだけ怒りを覚えるのか分かったハズ。芋なんて言われて頭に血が上ってたのよ。)


少なくとも女性警察官に妨害をさせる事は考えられない。

辰実は気付いていたのだろうが、梓はそれまでに少し時間を要した。



「少しの間怒った顔をしてたり、眉間に皺を寄せたりと滑稽な事になっていたが、何か分かった様なら何よりだ。」

「私、そんな顔してたんですか?」

「スケベなニワトリでも出て来ていたのだろう、早く饗庭の取調に向かおうか。」


一瞬恥ずかしそうな表情をした梓に声を掛けず、辰実は廊下を歩きだした。


「取調室の隣で、水篠が監視してるだろうが気にする事は無い」

「気にする事は無い、と言われても気になりますよ」


「俺と水篠の衝突は"何があっても実現しない"。」


その一言に、只ならぬ2人の関係を想像した梓であったが"野暮じゃないか"と思ってしまいその場では聞き出せずにいた。…この2人の関係については、後程知る事になるのだが。



 *


事務用の安い机を挟み対面する辰実と饗庭。隅に設置されている別の机では、梓がノートPCを開いて記録の準備をしている。


「お前だけ来ると思ってたんだがな?」

「記録係だ、気にせず話をしてくれていい。」


饗庭はこちらを向いていた梓と目が合い眉をしかめているが、逆に梓はうすら笑みを浮かべている。彼女は自分が考えているよりも心理戦に富んでるのかもしれない、とつくづく思うのだが今回も例に漏れない。


「…信用できるんだろうな?」

「今の時点で一番信用できる第三者だ」


"捜査上"で報告する必要のある事は、勿論の事片桐や宮内に伝えなければならない。…これからするのは"そうで無い"内容も含まれているという事で、取調が警察の追う事件とはまた一線を画す"当事者どうしの話"に変わる事を示唆している。


「そうかい」

いかない納得を飲み込もうとした饗庭を、梓は、まだうすら笑みを浮かべて見ていた。"変な事を言うモンじゃねえな…"とぽつり呟き、話を切り出す。



「…"舘島事件"の犯人を撃ち殺したのは黒沢、お前で間違いないな?」

「間違いない。」


饗庭は額に手を当て、少し考える様子を見せた。


「お前が犯人を射殺した事は偶然かもしれねえが、その偶然ってのは"アイツら"にとっては嬉しすぎる偶然かもしれねえな。」

「そんな都合の悪い偶然があるのか?」


"そうだ、ちゃんと話してやる"と低い声で饗庭は話を続ける。それは"いつだって都合の悪いものだ"と決まっているように嫌な予感がするのだ。



「あんまり長々と説明するのは苦手だから要所だけ話していくが、"舘島事件"で殺害された人物には松浦さんも含めて、共通点がある。」


被害者に"共通点がある"場合は、単純では無い何らかの意図があっての犯行がされている可能性がある。もし"舘島事件"が警察も発見する事のできなかった何者かによって仕組まれた犯行であるなら、状況は思う以上に危険なものだと分かる。


…そして、自分にとって都合の悪い予想ほど"当たる"のだ。


「殺された23人と、射殺された犯人。…その中に地方議員、"てぃーまが"の編集者、ライター、弁護士、探偵、そして射殺された半グレ。俺が共通点があると思っているのはこの6人だ。」


辰実も、事件の被害者の事はよく覚えている。


燈の実父である"てぃーまが"の松浦伊久雄とその妻。

県議会でも力のあった来島という男、そしてその娘。

松浦の知人であったフリーライター。

弁護士と探偵についても、名前と顔写真は確実に覚えている。


…そして、射殺した半グレの男。


更に言えば、殺された6名から現れた"共通点"と、辰実も饗庭も繋がっている。未だ憶測の域を出ないが、何かしら関係のある事だと思えて仕方ない。


「"恩田ひかり"を壊した奴だ。」

「だろうな」


だとすれば、饗庭の裏にいる人物とみて間違いない。饗庭がそんな者の悪行の片棒を担いでいた可能性に怒りが沸き立ちそうになるが、その感情を無理矢理に抑え込んだ。少なくとも"犯行"に饗庭が関わっている可能性は今証明できないのだ。


辰実を冷静にさせるように、梓がキーを叩く音だけが聞こえる。


「お前がマネージャーを交代させられた後、分かってての通りだ。ひかりさんは支倉や日下部に、栗原アキナみたいに売られたんだよ。…その後は議員や地方の有力者に食い物にされ、性接待させられた挙句に妊娠させられお役終了。面の皮が厚い連中はその事を雑誌に書かせ、トドメという訳だ。」

「その"連中"と、饗庭は繋がっているのだろう?」

「…そうだ。俺は"スカウト"を隠れ蓑に支倉や日下部、はたまた連中に渡すための女を探していた。"恩田ひかり"のように、逃げ場の無い女をな。」


日登美も、物心ついた時に母が逝去、父は自棄になり、病弱の弟を抱え高校卒業後は働いて家計を支える日々であった。辰実と知り合った時には孤独となっていたが、"逃げ場の無い"状況では無く自分がモデルとなったこの状況を失うのが怖かった。


「…ただ彼女は、心の面が強かった。だから誰とも分からない恋人と引き離し、唯一の支えを奪ってやったと、"あの方"は言っていたな。」


"あの方"と饗庭は言った。日登美を奪ったのも、これまでに多くの女性を食い物にしてきたのも、全てその人物だという可能性が浮かんだ瞬間に、辰実の中で何かがプツリと切れた感触がする。堰を切ったように流れるでは無く、不思議と流れ切った後のようになっていた。


「"あの方"…?」

「県議の槙村の息子だ。お前の後に"恩田ひかり"のマネージャーになった男だ。」


"ここからは俺の知っている事実だ"と饗庭は念を押す。


「槙村は彼女を手に入れたいから"てぃーまが"にいた時に飯やら何やら誘ってた訳だ。…しかし結果は断られの一点張り、まあその時恋人がいたってんならしゃあねえ。それが納得いかない槙村は仕事はできないけど役職にいる日下部を脅し、マネージャーを交代させて自分が恩田といれる状況を作った。…お前が交代させられる前に脅して犯したんだがな。」


単なるエゴで、辰実の人生が狂った訳である。


当然に覚える怒りも、"自分が何故?"という疑問も形にできないぐらいに大きくなったのか、自然と感情を爆発させる事無く、辰実は話を促した。


「交代は日下部も無理矢理に言ったのか、"怪しい"という事に勘付いた人がいた。…それが総務にいた松浦さんだ。それで知り合いのフリーライターに槙村を探らせ、自分は警察と協力して日下部を探っていた。…それで1回目は証拠を"揉み消されて"終わった。」

「2回目があるのか?」

「その4年後だな、槙村はまた"てぃーまが"のモデルを手にかけた。またまたエゴだよ、本当に反吐が出る。」


苦い顔をした饗庭。ここで話している内容が一言一句、隣室で様子を見ている知詠子に漏れる事は無いだろうが、遠目から見ても良心があったと分かる。


「さすがに、松浦さんも気づいたよ。…これは俺が密告したんだがな、そしたら松浦さん、探偵を雇って証拠もしっかり掴んだ。で、そいつを当時から県議にいた槙村の親父…と対立していた来島という市議にリークしたんだ。」


「結局、殺されて真相は闇の中…という訳か?だが殺された中にいる"弁護士"がまだ出ていない。」


「その弁護士は、証拠を突きつけられて"てぃーまが"に訴えられた槙村を弁護していたんだ。…その弁護士は松浦さんや来島とグルで、形だけ弁護して槙村を有罪に持って行くという算段だった。」


(結局、松浦さんもその関係者も、舘島事件で都合よく"始末"されたという事か。)


饗庭の話は、まだまだ続きそうであった。

長くなりそうな話に、"少し休憩してもいいか"と言った辰実の様子は昨日の疲労が濃く残っている様子だった。それでも耳の痛い話に耐え抜いている。


署内にいる制服の警察官を呼んで見張りを任せ、辰実は梓と一旦取調室を出る事にした。

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