後編

#10「風が吹けば桶屋が儲かる」

(前回のあらすじ)

支倉、日下部および饗庭を確保するため、捜査二課と協力しアイランドヒルズのサロン会場に潜入した防犯対策係。

辰実は饗庭との戦いに勝利し、護送を待つ梓と重衛の下に饗庭を向かわせる事に成功。その後に支倉と日下部の"人身売買"の現場を、饗庭の協力を得て阻止する事にも成功し、更に駒田と知詠子を手引きし、支倉と日下部を拘束した。



 *


翌日。


「…そんな戦いやったら、S席で観たかったのう」


饗庭と戦い、メリケンサックを付けた日下部の攻撃を全て受け切った辰実は、勿論の事怪我を持ち越していた。"何日か荒事は避けたいですね"と笑っている辰実の様子からは、放っておけばまだ平気で無茶をしそうな様子が見て取れた。


(危なっかしいから、私がしっかりしないと)

人の事なんて考えずに…、と毒づいている訳でもない。辰実は基本的に無理のない範囲で仕事をする、本当に危ない時には"主を守る番犬がリードを引きちぎるみたいな"風に、自分の身を顧みず飛び出すのだ。


煙草を吸いながら饗庭との戦いを興味津々で聞いている宮内をよそに、昨日は疲れでよく観れていなかった辰実の様子に驚いた梓は、昨日に饗庭に言われた"黒沢を危なっかしいから放っておけない女ってのはな、全員が同じ気持ちをアイツに対して持ってる"と言っていたのを思い出す。


その言葉を、安易に飲み込んで良いのか?それとも"意外にも心理をついている"と思って良いのか?その間で漂う梓自身が、煙草の先から流れる煙と被った。



「…課長が思っている程、いい試合で無いかもしれませんよ?」

「何や、謙遜か?結果としてお前は激戦を制し饗庭から勝利をもぎ取ったんやろ?」


「勝ったには勝ったと思いますが、普通に饗庭の方が強かったです。」

「何や、目眩ましでもしたか?」

「そんな所です。…課長、俺の左の腹のところに"切り傷"が残っているのはご存じですか?」

「お前程の奴がそんな事になると言ったら、"舘島事件"しか考えられんわ。」

「そうです、その時の傷を、上を脱いで饗庭に見せたんですよ。」


「…饗庭は、それで動揺した可能性があると?」

さっき吸った煙草が、右手の人差し指と中指の間に挟まってゆっくりとシケモクへ進んでいく。こうやって手を止めるのは、だいたい真剣に話を聞いている時だ。


「アイツは、舘島事件を追っとるからな。その関係者なら知りたいと思うやろうし、まさか犯人と接した可能性がある人間が目の前におった黒沢やと思わんやろう。」


シケモクになりそうな1本を、宮内は灰皿に揉みつけた。


「それで動揺するんやったら饗庭はそれだけの男やったという事や。」


梓には、それすらも辰実の"作戦"に思えた。いつだって思わぬ所で辰実の奇策が状況を覆す場面を梓は隣で観てきた、そんな彼女の勘は"饗庭がシラを切り通したように、辰実もギリギリまでシラを切っていた"という結論を出している。


…犯人を射殺した警察官の事を知りたいならば、辰実の傷を見れば事を察し、"それを気にする"だろう。キリングマシーンどうしの戦いは、1%でも集中を削られればそれだけで戦況が覆る程に"繊細な"戦いである事は間違いない。



「さて黒沢、ここからまた一勝負やぞ?」


雑談をこいていれば、という感じで昨日まで目にしていた、スーツ姿で長身の女性に恰幅の良い男、そして痩せた長身に眼鏡の男がこちら目掛けてやって来るのだ。今度はまた良く分からない2人を連れている。


「日ぃ跨いで帰った言うのに、揃って布団で寝とらんかいな」

"坊主憎けりゃ袈裟まで憎い"とはこの事である、宮内は過去の確執から本部の捜査二課が嫌いで、関係の無い者だとしても"捜査二課"であるだけで途端に不機嫌な対応を今回のようにしようとする。


「………」


「やあ黒沢、ドロンボー一味だ」

恐らくこの5名のリーダー格なのだろう、恰幅の良い男である鷹宮は上機嫌で辰実の顔を覗き込んで冗談を先に仕掛けてきた訳である。


…珍しく面食らった様子をした辰実を、梓は横で心配そうに見ていた。


「新しいタイプのトンズラーですね。偉くスタイリッシュなボヤッキーもいますし」

これも辰実の御挨拶と言える悪態である。もう何話か書く事の出来なかった缶のコーラまで出して飲みだした所を見ると、途端に梓は安心してしまった。


"僕の事かな?"と言いたげに痩せた長身の男、埜村は眼鏡を指で整えながら笑顔で辰実を見ていた。そんな事よりコーラなのだ、これが無ければ元気が出ない。



「…さて宮内さん、話というのがありまして」

「鵜川のお遣いで来たんやったらワシから話す事は無い」

「実際の所そうなんですが、ここは1つ聴いて頂けないでしょうか?」


宮内も鬼では無い、上司に遣われやって来た部下を無下にはしなかった。宮内も7年前の捜査で一緒にいたため鷹宮の事は良く知っている。もし鵜川が"怪しい"と思えるような事を考えていれば察知はするだろう。


「聴くだけや」

「ありがとうございます。」


捜査二課、5人が頭を下げるのを見て辰実はコーラの手を止める。


「…饗庭はこちらに置いていきます。代わりに日下部と支倉はこちらで調べますので。取調の結果に関しては包み隠さずお伝えします。」

「普通の対応やろうが、鵜川は全員連れて来いでも言うたんか?」

「恥ずかしながら、その通りです。」


(何と筋の通ったトンズラーだ)

(黒沢さん、相手は警部補ですよ)


そんな事を、警部の5分刈り頭を平気でジョリジョリ触る辰実(巡査部長)に言った所で"はいすいません"と素直に聞き入れる訳では無い。


「担保と言っては何ですが、連絡係としてうちの水篠を置いていきましょう。」


眉をしかめる辰実に、奥では鷹宮の意図を計りかねた宮内がいた。


「ドロンジョ様を置いていくなんて、手の込んだ事をするドロンボー一味ですね。…それに連絡係では無くて、"お目付け役"でしょう?こちらが変な動きをしないか見ておくための。」


(こいつ、よう考えとるわ)

口から生まれてきたような辰実なのかもしれないが、意外にも"挑発"に弱い所がある。しだまの時もそうで、家族に迷惑をかけた怒りでジムに乗り込み、饗庭とは"シラを切り続けられた事に痺れを切らして"殴り合いとなった。


「課長がよろしければ、俺は一向に構いません。」

「ワシは構わん、コイツの説明は理に敵っとる所があるしな。」


"鵜川が防犯対策係"に目をつけている可能性を考えれば、"合同捜査"という理想の形をとりながらも"防犯対策係の動向を探る"という鵜川の名目も達成できるという利点がある。更に辰実への挑発を兼ねて上手い事成功させた訳だ、これには宮内も驚く。


「珍しく、黒沢が積極的に啖呵を切っとるしな」

(課長、私だって芋とか言われてますからね!)

「何や馬場ちゃんもやる気みたいやな」


ヤッターマン1号2号もとい"黒馬場コンビ"と、ドロンボー一味もとい捜査二課の間では火花が散っている様子であった。


「話はまとまったかな。覚悟しろよ、黒沢?」


悪役の笑い方ではないが、辰実をわざわざ指さしして笑顔を見せる鷹宮には、経験則が叩き上げた掴みどころの無さが滲んで見えた。


「覚悟するのはそちらかもしれませんよ。…鷹宮さんは、ドロンボー一味がヤッターマンと戦って何勝何敗何分けだったかご存じですか?」

「旧作、新作で違うだろう?」

「旧作では107敗1分、新作では61敗です。」

「殆ど敗北の歴史だな、しかし俺達をただのドロンボー一味だと思わんほうがいい」

「それぐらい分かってます。」


"危なっかしい"と思いながらも心のどこかで良からぬ事を考えて良そうな辰実の様子をみると、"いつもの黒沢さんだ"と安心する梓であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る