#9「狂犬 vs 番犬」
(前回のあらすじ)
屋台のプリンが怪しいと睨みつつ、捜査を進めながらも"人身売買"に関わる日下部に対する尾行から証拠と"取引"の様子を掴む事が出来た辰実と梓。
急ピッチで事件を全て始末し、明日に控える"逮捕"への時間は刻一刻と過ぎていくのであった。
*
「こんな時間に食べる牛丼は、やっぱり美味しいわね」
午後9時、新東署生活安全課オフィス。"ワシも腹減ったんや"と言いながら買っていた自分の分の牛丼大盛りを宮内が平らげている横で、洗練された手つきと箸運びで牛丼を口にする片桐の姿があった。
「大学の制作モノで、泊りがけの時に食べてたのを思い出します」
(珍しいわね、黒ちゃんが自分の話をするなんて)
少しずつでも、そうで無くても確実に信頼を重ねているのだ。辰実に覚悟を決めさせた事もあり距離を置くべきか考えていた所もあったが、それも杞憂だったと気づく。
「黒ちゃん、大学は何を?」
「県外で、デザインの勉強をしてました」
「珍しいわね、デザイン専攻の人が警察官なんて」
「でも、転職組ですよ」
辰実は、音を立てずにインスタントの味噌汁を口に運んだ。
「…それより課長、1つ気になる事が」
早く食べ終えてインスタントの味噌汁をちびちびと飲んでいた宮内は咽そうになりながら"何や?"と答える。辰実はその様子を暫く眺めてから口を開く。
「俺達は、殆ど直接では無いにしろ饗庭と関わる機会はあったにも関わらず、"爆破事件(地蔵ボンバー事件)"の時の饗庭が"偽物"だったという事しか知りませんでした。捜査二課はどうやって饗庭の尻尾を掴んだのでしょうか?」
宮内は食べ終わった容器を袋に片づけ、課長席の前の応接テーブルに移動し煙草に火を点けた。少し離れた場所からでも、蝮のように辰実を見据えているのが分かる。
「捜査二課の事を、お前は怪しいと思っとるんか?」
「人身売買の黒幕と、捜査二課には癒着の可能性があった。更に、課長が捜査した時の、捜査二課で指揮を執っていた奴は今になってまた同じ椅子に座っているそうですね。」
同一人物が逮捕に当たるなら、"疑う"だけの余地はあるだろう。更に言えば日下部が支倉に頼んでいた内容が実行されるのであれば疑わなければならない。
(プリンの件と言い、黒沢の"事件"に対する嗅覚はまるで警察犬レベルや)
「…こればっかりは、饗庭に聞いてみな分からん。ワシの考えでは、日下部と支倉を抑えて吐かせれば、絶対に"饗庭"の名前が出てくると思っとったわ。2人は黒沢と馬場ちゃんが入手した"音声データ"があれば逮捕できるやろうけど。実際、新東署の生安で饗庭を逮捕するには"証拠"が無い、やから名前が出てきたら引っ張っていけるぐらいしか、手段は無さそうや。」
"八方塞がり"と言う状況ではないが、現状で饗庭を逮捕するにはギリギリの綱渡りをする必要を宮内は考えていた。もしくは、"門番"の饗庭を飛び越えて黒幕を奇襲する手段もあるが、確実に先手を打たれる状況で戦うのは分が悪すぎる。
デスクの上で仰向けにしていた辰実のスマホが目を覚まし、振動している。その振動の長さで、それが"電話"だった事に気づく。
「饗庭からです。」
思い思いに食事をしていた、辰実以外の手が止まった。さっきまでの達成感が"そもそも無かったかのように"、全員が警戒の目で辰実を見ていた。
…その奥で、宮内の目の色だけが違って見える。これは、何かを思いついた様子であった。
「ワシに考えがある。…1つ頼まれてくれるか?」
「分かりました」
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