#8「待ち時間」

(前回のあらすじ)

明かされる真実の一端。辰実の恋人であった日登美は、県議より都合のいい条例をと可決してもらうために"てぃーまが"に売られていた1人であった事が宮内と片桐の口から明かされる。


犯人を知る手掛かりは、燈の実父である松浦伊久雄が隠した"日登美が堕胎した子供のDNA鑑定書"であった。3年前の舘島事件で殺害された松浦が隠したと思われる場所について、饗庭もしくは日下部が知っている可能性が考えられた防犯対策係は捜査二課の逮捕時に乗り込んで先に確保する事を提案する。


…その上で辰実が提案したのは饗庭との"1対1の殴り合い"であった。



 *


世間は土曜日で休みの中、警察署には各課から数名が当直勤務としてやってきていた。本日は駒田と重衛がそれに当たる。


「何も無いっすねー、事件」

「いつ捜査二課が乗り込んでくるか分からんのじゃ、それまで何もないに越した事はないじゃろ。」


"まあ、そうっすけど"と重衛は言葉を返す。


現在朝の10時、明日の8時半までの当直勤務は長い。さすがにこういう状況であればその場でパパっと解決するような事件があって欲しいというものだ。


要するに退屈なのである。


「そう言えばこの前、駅前で一緒に歩いてた背の低い女の人って、妹さんすか?」

「駅前で女の人と?」

「先週っすよ。駅前の百貨店で背の低いショートヘアの女の人と歩いてたじゃないっすか。一緒に鍋見てたっしょ?」


重衛の記憶が正しければ、身長が低い可愛らしい女性であった。そして小さな顔と同じぐらいの大きさの巨乳であった事を重衛は覚えている。黒沢さんと言い駒さんと言い、うちの係の巡査部長は巨乳を引き寄せる能力があるのかと言いたいぐらいだ。


「うちの嫁じゃ」

「どう見たってあの女の人は20代の真ん中に行かなくてもおかしいぐらいっすよ!?嫁さんだとしたら幾つ歳離れてんすか!」


実際問題、本当に駒田の妻だったのだから嘘のつきようが無い。実際駒田も"歳を取っとるんじゃろか"と疑問になっているのは内緒である。身長150cmで童顔、Iカップの奥さんを誰が見ても夫婦だと思われるのには慣れた。


「34じゃ。わしの1つ下か。」

「どう考えたってマイナス10っすよ」


重衛がうるさいので、駒田は結婚式の写真を見せた。礼服姿の駒田が、重量挙げを軽々とこなすかのようにウエディングドレス姿の花嫁を両手で上まで持ち上げている。持ち上げられている花嫁は、重衛が先日見た女性であった。


(何てアンバランスな夫婦だ…)


「悲しい事に一番下の子(2歳の娘)以外はわしに似てしもうた」

(それはそれで良かった…)

「重、お前今良くない事考えたじゃろ?」

「考えて無いっすよ!…ちょっ駒さん、それだけはお許しを!!!」


からかわれた駒田が、笑いながら重衛にコブラツイストをかけていた最中に、私服姿の片桐が係にやって来た。休日中であるが、シンプルな黒いジャケットに白いシャツ、ジーンズ姿はやり手の青年実業家を彷彿とさせた。


「お、お疲れ様です!」


休日に用事をしに来たであろう片桐に、コブラツイストを喰らいながら重衛は挨拶をする。"元気でいいわね"と気にせず片桐は自分のデスクに座る。


「駒ちゃん、この間奥さんと百貨店にいたわね。"美味祭り"は行った?」

"美味祭り"とは、駅前の百貨店で定期的に行われる、全国のグルメが集まって屋台をしているというイベントである。普通に食べる分には買わないような牛タンや海鮮の弁当や、有名スイーツが集まるという美味しい話なのだ。


「札幌の有名店のプリンが美味しかったです」

「プリンね、覚えておくわ」


北海道の牛乳と新鮮な卵を使った上質なめらかプリン、と言われれば誰もが美味しいのでは?と思ってしまう。片桐も数十分で終わる作業を片付けて今日は妻と百貨店に行こうという気持ちになっていた。

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