点滅

(前回までの話)

宮内に呼ばれ、防犯対策係が集まったのは"第3会議室"。切れかけの蛍光灯が点滅する狭い会議室の中で、宮内は話を始める…。



 *


「話をする前にまず黒沢」

「はい?」


"バチッ"と音がして点いた蛍光灯が辰実の清濁混ざった表情を照らしたと思えば、何も言わず消えてしまう。これから話す事が"自分"に関わってくる事だと思うと緊張がこみあげてくるのが自分でも分かる。


「…話の途中でワシがお前に質問をする事があるとは思うけど、その時には"できるだけ"正直に答えろ。ええな?」

「分かりました。」


辰実に関する"7年前の出来事"も関わってくるのだろう。当時に辰実が"恩田ひかり"のマネージャーをしていた時の話や、それから警察官になるまでの話。


話す機会が無かったのかもしれないが、無意識のうちに"隠していた"事を自覚させられる。それらと宮内の話をつなげていかなければ、その先の"真実"に到達する事はできないと分かっていても、そのために隠し続けていた真実を明かす覚悟は未だ辰実に無い。



"答えたくないなら答えんでもええ、せやけど答えんなら一生このままや。饗庭には真実を持ち逃げされて、お前は一生、マネージャーをしとったモデルの女の事を忘れたとか言い訳しながらモヤモヤして生きなあかんのや"


―――たった1つの質問が、聞き手の心理次第で幾層にも意味が膨れ上がっていく。


後に分かるのであろうが、ここまでの推測をしてしまった辰実の"愚かさ"を上げるなら、宮内が質問をした時点で彼を取り巻く状況は"どちらかを取り、どちらかを切る"2択まで迫られていたのに気づかなかった事である。



「7年前や。ワシは本部の生安に、片桐はまだ新東署ができる前の…、"旧東署"の生安におったんか。…その時"てぃーまが"でモデルのマネージャーをしとったんが黒沢やったという事も、当然ながらワシ等2人は知っとった。」


「俺の事を知っていたというのは、"てぃーまが"に捜査の手が入っていて、課長と片桐さんがその捜査に加わっていたからですか?」

いつにも増してぶっきらぼうな表情をした辰実の様子が、点滅する白色光に照らされた。隣に座っている駒田と目が合うと、眉をしかめて数秒こちらを見ていた。


気を抜けば今にでも"誰かに"噛みつきそうな辰実の様子を、確実に伺っている。もし"噛みつきに行けば"駒田は辰実を止めにかかるのだろう、少なくとも駒田は辰実の事を配慮して"言いたくない事でも言え"とは言わない。しかし辰実と宮内、片桐が衝突した時には"身を挺して"止めに入るだろう。


駒田はそう言った人情のある男で、だからこそ辰実の様子を警戒している。辰実も辰実で駒田の性格と様子を分かっていたために宮内の話を注意深く聞こうとはしていたのだが、そこは自分にとって"思い出したくない側の話"である事を隠し切れなかったのだ。



「そうね。当時、旧東署と本部の生安が合同で"てぃーまが"を捜査していた。何を調べていたかと言えば"モデル"の事よ。」


そうなれば勿論、辰実の事についても捜査が入ったハズである。


「黒沢、お前が"恩田ひかり"のマネージャーをしとった時に、何人かモデルとグラビアが"おらんようになった"事はあったか?」

「ありました。ですが当時はグラビアと言っても殆ど読者モデルのような扱いだったし、モデル分野は人材発掘のために読者モデルを集めたりもしていたので、"先日に見た人が次には見なかった"なんて事があっても怪しくはないかと。」


この先の話を想像すると、嫌な予感がしていた。

不安に思った梓は辰実の方を見ていたが、さっき点いたのにまた暫く白色光が消えたせいでどんな表情をしていたかまで見えない。


「そうか。…せやけど、専属のモデルとかもおった訳やろ?その辺りで"急に見んようになった"子には心当たりないんか?」

"怪しいとか関係なく、思いつく範囲でええ"と付け加える事で宮内はこの話が"誘導尋問"で無い事を否定する。


「その事についても、調べがついてるんでしょう?」


"調べがついている"というのは辰実の推測であった。話が"7年前の捜査"をし始めたと思えば、"話を振るぞ"と辰実に前置きで伝えている。今の質問から、捜査の内容について掘り下げていきながらも、辰実がそれをどれだけ知っているか確認するというやり方を見抜いてしまった事から悲しくも浮かんだ"可能性"であった。



宮内と片桐は、辰実が"恩田ひかり"を消したものだと疑っている。



逮捕した坂村の証言から"辰実"が犯人にすり替わっていた部分が見つかった。…しかしその点だけなのだろうか?すり替えられた理由は"それが犯人にとって都合の悪い事であった"からだろう。1人の女性の尊厳を平気で奪い、それを無かった事のように振舞う人間の"都合の悪い部分"はそれだけでは無いハズだ。


そして、"てぃーまが"の闇の部分に捜査のメスが入っているという事は、切り出した闇の部分から本物ではない"黒沢辰実"が出てきていてもおかしくはない。



問題は、それだけではなかった。

"疑われている"可能性が一度頭をよぎれば、簡単には拭えない。



「黒ちゃん、私達は貴方に訊いてるのよ?」


考えている事があるなら、こんな回りくどそうな事をせず単刀直入に言って欲しい。そんな辰実の願いなど意に介さず、"質問に答える事"を片桐は促した。


先程から点滅する照明の所為でぼんやりと見え隠れしていた"嫌な予感"は先程から駒田が警戒していたものであったが、数十秒点かなかった蛍光灯が息を吹き返した時に、重衛と梓もようやく"嫌な予感"を形にして見る事ができたのである。



…明らかに辰実は、"自分が疑われている"と推測しているのだろう。



「"そう言えば最近見てないな"ぐらいに思う人は何人かいた気がします。何があったかは一切聞いた事がありません。」


ひとまず質問に答える。"自分が犯人だと考えられているのか"結論を急ぎたかったが片桐の様子からは質問に答えない限り一切話を進めようとしない様子があり、やむなくの判断であった。


話が進んだ所で、予断を許す訳にはいかない。



「捜査の結果では、その"見ないなと思った"人達も"恩田ひかり"も消したのは俺だと言う事になってるのでしょう?」

断続的に点灯する白色光が無くても、表情に怒りの色が滲んでいる事が分かる。


焦る重衛が視界に入った事を意に介さず、辰実はじっと片桐、その奥にいる宮内を見据えた。片桐からは見えた梓の、悲しい様子は粒子の欠片程も見えてはいない。


梓だけにしか見えない何かがある事は、片桐と宮内には理解できた。


"疑われたままでいる訳にはいかない"

それは自分が犯人ではないと分かっているからこその短絡的な考えであった。


「俺が犯人で無いと分かっているなら、知っている事実をこんな回りくどい事せずに話してくれているハズですよ。」



鋭い切っ先のような視線を正面から受けていた片桐と宮内。冷静に片桐も"また私達は貴方を疑っているとは言ってないわよ"とその刃先を逸らすように弁明する。


「ええわ、片桐。ワシから説明する。」

「良いのですか?」

「どうせコイツはワシ等が何を考えとるか分かっとる。せやったら茶番抜きにして結論だけ言うた方がええやろ。」


続けて、宮内は話をする。


「当時の捜査で分かった事は、"黒沢辰実が恩田ひかりを脅迫し、行為を強要した"という事。恩田を堕としたのは恋人で、その恋人が"当時のマネージャー"やった。」


「だとしたら何かの間違いです」

「間違いも何も、捜査をした結果の話や。最後まで聞け。」


知性と行動力を併せ持つものの、時折結論を急ぐために危ない橋を渡る。"黒沢はまだ若いわ"と宮内をして言わしめる何よりもの性格を表すような一言であった。…しかし、結論を急ぎながらも他人の話は最後まで聞くのだが、それすらも無かった事に辰実の焦りがある。


「捜査の結果は"決定的な証拠は無かったものの、黒沢辰実に対する疑いは十分"やった。せやけど"腑に落ちん"所があるんや。」


腑に落ちない、とは?


その一言が、吹き消すように辰実を冷静にした。


「お前が犯人として浮上した事件に、関わっとる人間を逮捕したハズや。」

「大路晶、ですか?」


革ジャンの虚無僧3人組に追いかけられ、交番に泣きながら自首した盗撮犯の事である。その時の状況を辰実が良く知っているのは、その奇怪な恰好をした虚無僧の1人が辰実であったからだ。


「恋人が恩田を孕ませた時の写真をはじめ、恋人が書いたとされる"ブログ"の写真は大路が撮った。大路は恩田とトラブルがあって仕事を追われた、恨みがある事を利用して"性被害に遭った"とこを写真に撮らせた。」


辰実が大路の取調をした時に、まんま自白した内容と合致する。"であれば何故大路を7年前に逮捕しなかったのか?"という疑問が生まれるが、今もう既に起訴され十分な法の制裁を受ける前に自らの悪行を懺悔した男の事をこれ以上気にかけたくもなかった。


「いわば犯人と"協力関係にあった"訳や、それをお前は容赦なく逮捕しとる。お前が犯人やったとしたら、他の奴に自分の悪行がほじくられる可能性を考えて別の対応をしとるんやないか?」


疑われている辰実が何を考えているのか、宮内は意に介さず話を続ける。


「…あとはこの間の爆破事件や。爆破の理由は"恩田ひかり"がやられた事に対する復讐やった。せやけど復讐する事を考えたら、坂村が一番に爆弾を仕掛けるべきは"黒沢"の家とか違うと思わんか?」


「"復讐するべき相手"が俺であるならそうするでしょうね。」

"俺に疑いがあるという話をいい加減崩してくれないのか"と辟易しながらも、宮内の話が"それに対する反論"としてネガティブチェックをしている事は辰実にも理解ができていた。


そんな矛盾が、疑いに対する辰実の怒りを抑え込んでいた。更に抑え込む矛盾に反発するように、何とも表現しがたい感情が苛立ちを膨らませていく。



「…せやったら、何でお前は何もされてないんや?」

「そもそも犯人は俺じゃないからです。」


「犯人やろうが無かろうが、当事者である限り坂村に狙われた可能性はあるハズや。"狙われんかった"事も含めてお前に対しては黒とは言わんでもグレーな所が多すぎる。」


宮内は辰実を"黒"と捜査上では考えているのだろうが、警察官として"黒"と言えるだけの十分な要素を持っていない。だからと言ってこんな風にあからさまに疑ってかかれると犯人は絶対に自白したがらない事ぐらいは分かるだろう。


互いに真意の分からないまま、話は続く。


「お前も含めて、"本人かどうか分からん"所もまだ残っとるんや。」


饗庭の偽者がいたと思えば、所々で辰実も"偽物"であった。それを考えれば、宮内と片桐が捜査の中で浮上してきた"黒沢辰実"を疑いきれない事にも理解ができる。



「ワシが思うに、恩田を孕ました"恋人"は嘘や。」

唐突に、宮内は片桐に話を振る。"これは聞いた事無いと思うんやけど、片桐はどう考えとる?"と質問をすると、"通念上、恋愛関係にある男女がこのような事をするとは考えにくいです"と真っ当な答えが返ってきた。


まるで光が満ち欠けする蛍光灯のように、見えてこない話の先に焦りを感じていた辰実であったが大さじ1杯分ぐらいの希望はあった。疑ってはいるが、宮内にしろ片桐にしろ、"良識のある"人物であり辰実が"完全な黒"で無い限り無理矢理に逮捕する事は無いと思ったのである。



ふと、宮内は時計に目をやる。


雰囲気に圧されそうな様子で、若干疲弊していた駒田と重衛は、時間が過ぎる事の速さに驚いていた様子であった。宮内も"もう5時40分か…"と呟いたのだから驚いてはいるのだろう。



「6時になるまで休憩や。」

"休憩"と言われるという事は、この話は長くなるのだろうか?こればかりは駒田も重衛も、先程からの辰実のように眉をしかめた。手短どころかとんでもない話だ。


誰よりも先に席を立ち、部屋を出ようとした辰実に宮内は声をかける。


「…ここからは、お前にとっても耳の痛い話になる。ほんで"言いたくない"から心にしまっとった事やって話をせないかん可能性はあるやろう。」

「はい」


「ただ、お前が当事者でありながら"知らんかった"可能性のある事をワシ等は知っとる。もしお前が"ワシ等の知っとる事"とその先の"真実"に辿り着きたいと思うんやったら、6時にまたこの部屋に戻ってこい。」



何も言わず首を垂れ、出ようとした辰実の視界の端に"こちらを見ていた"梓の様子が一瞬映った。自分を見つめていた凛々しくも繊細な、女の子の瞳の黒紫がじわりと湿度を帯びている様子から離れるように辰実は会議室のドアを閉め出ていく。



(今、黒沢さんを1人にしちゃダメな気がする)


瞳の黒紫は、湿度で揺れてはいなかった。

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