愛妻家

(前回までの話)

"募金活動"を申請無しで行っている人がいる件について、市役所から対応を押し付けられた防犯対策係。

活動をしているのが"蔵田まゆの妹"を名乗る人物とその父だそうで、"義理の関係"で辰実に任されるものの、他予想に反して辰実が言ったのは"話をつけられるか分からない"だった。



 *


「話がつけられないって、どういう事ですか?」

「その言葉の通りだよ。」


辰実の意図がよく分からない梓は、席に座って空になってしまったコーラを惜しむ辰実に詰め寄る。


「仲悪いんですか、義理の妹さんと、あと義理のお父さん。」

「そういう判断ができるような事じゃない」

「"できるような事じゃない"と言うのは?」


「そもそも"義理の妹"も"義理の父"もいない。」

「その"いない"と言うの、ちゃんと説明して下さい。」

「うちの嫁は"1人っ子"で、親父さんは嫁が中学生の時に亡くなっているからそもそもどんな人かも知らない。」


"そもそもいない"人と、"死んでしまった"人に対して話し合いはできないのである。この話を聞いた梓は、話を深く掘り下げようとした事を申し訳ないと思っていた。


「…まあ、"偽物"ならすぐにバレる。」

"まさか蔵田まゆの夫が関わってくるとは募金の人も思ってないでしょうね"と梓は思うのであるが、もしこれが本当に"妹も父もいない"事を知っていてやっているのであればタチの悪い話である。


「捜査上、必要になる可能性があるし"偽物"を炙り出すためには情報も必要だ。…馬場ちゃんには今回特別に、"蔵田まゆ"に関する情報を俺の知っている限り教えて進ぜよう。」

「え、いいんですか?」


梓が目を輝かせていたのは"勿論の事"ファンだからである。


「蔵田まゆ、デビュー当時の本名は"倉田愛結(くらたあゆ)"。1992年1月22日生まれのA型、身長は168cmで体重は59kg。スリーサイズは上から92、61、95。」

「リアル峰不二子じゃないですか。」

「控えめに言ってスタイルも良いし美人なんだよな。」


辰実は話を続ける。


「家族構成は父、母、本人。父さんは日本人で名前は"与志郎(よしろう)"だったかな、銀行員で出張も多かったらしい。母さんはフランス人と日本人のハーフで名前が"マドリーヌ"だが一応、日本国籍を取得してから"愛依(めい)"という日本名もあるらしい。俺はマドリーヌと呼んでるよ。」

「国際的な話になるとややこしいですね。この辺りは偽物も知らなそうです。」

「実際の所詳しい話は俺も知らん。…で、マドリーヌだが若松の魚市場で牡蠣の養殖をしてる。見た感じはとと言うとだな、若干肌が白くなって細くなった"蔵田まゆ"を想像してもらったらいい。母子でよく似てるよ。」


実際、目の色から髪の色からよく似ているのだ。父の面影が何処にあるのやら?といった感じである。


「出身はT島市の住之江町。区内の小学校中学校を卒業した後に、北高に進学と。ちなみに部活は中高と水泳部で、中3高2と高3で全国に出てる。」

水泳をしたらあんな美人でスタイルがよくなれるのか、と一瞬思ってしまった梓は水泳を始めようとしたが"競泳水着はちょっと恥ずかしい"と思って諦めた。最もこんな事を言ってしまえば辰実から"明日から競泳水着で出勤してくれ"と変な事を言われるので黙っておいた。


「それだったらかなりモテてたんじゃないですか?」

「高校では賛否両論あったし、中学の時は浮いていたらしい。」

「…何となく、分かる気はします」


梓には言わないが実際、"可愛くて部の風紀を乱すから"という理不尽な理由でゴリラ顔の先輩にいじめられた事もあったと辰実は聞いている。髪が長ければ無理矢理切られたり、地毛なのに"染めているから"と言いがかりをつけられ下の毛を剃られたりもした事があるのだ。他にも中学の時はクラスでもあらぬ事を吹き込まれた人に迷惑をかけられていたらしい。


「"蔵田まゆ"は何年か前のインタビューでも、かいつまんで似たような話をしていたな。」

「私、TVでそのインタビュー観た事あります。とんでもなく暴露話でした。」

「あのインタビューでは、"私を学生の時にいじめた人がスタッフさんなんですよ"と言っていたな。話に出てきた"学生時代のいじめっ子=スタッフ"はインタビューの後に泣きながら自首してきたらしい。…その時まで気づかなかったというのが可笑しい話なんだが。」


付け加えれば愛結を中学の時にいじめていた先輩が、10数年の時を経て公務執行妨害で辰実に逮捕されたという話は全くの余談である。


「大学は馬場ちゃんもご存じだと思うけど、地元の国立大の教育学部を卒業して"わわわ"に入社。1年ぐらいはスポーツ系のライターの手伝いとか、取材班だったんだよ。」

「え、元々はグラビアじゃなかったんですか?」

「確かグラビア始めたのは2年目からだったハズ。」

「社員をグラビアにするなんてまた変わった話ですね。」

「その件については、"わわわ"全体で色んな話があったらしい。」


「色んな話、とは?」

「"恩田ひかり"への対抗馬を探してたんだよ。当時のモデルは"てぃーまが"一強、本職のモデルに顔だけの"わわわ"の読者モデルで敵う訳が無い。さあどうする?」


この話を"愛結から聞いた"辰実であるが、当時"てぃーまが"で恩田のマネージャーをしていた際に"対抗馬"として"蔵田まゆ"がデビューしてきた事はよく知っていただろう。"わわわ"からの視点も"てぃーまが"からの視点も両方が織り込まれているだけに辰実が語る"黒沢愛結"のストーリーは梓にとって面白い話であり、"偽物"を探す事なんて忘れてしまう程辰実の話に聞き入っていた。


「"恩田ひかり"に対応し得る人材を"わわわ"も出していくとか」

「その通り。ここで"わわわ"が考えたのは、モデルにモデルを当てるんじゃなくて、"対抗馬"で"てぃーまが"の弱点を突くと言う作戦だったんだ。当時の"てぃーまが"はグラビアに力を入れようと思い始めた頃で、"恩田ひかり"ぐらいの人気を得られるような人がいなかった。」


「でも黒沢さん、その"弱点を突く"と言っても"恩田ひかり"に並ぶ人気が最初から"蔵田まゆ"にあった訳じゃないでしょう?」

「だから、"わわわ"は2ヶ月ぐらい"蔵田まゆ"の特集を組んだり、ロケをやらせてみたりと彼女にスポットを当てて活動したんだ。他の広告やCMにも"ごり押し"もしてたが、全部見事にやってのけて人気を得たんだ。」

「元々、"それだけの"実力があっての事だったんですね。」

「土台もあったからだな。取材班で"ロケ"の事は分かってたしライターの手伝いもしていた。後は歌とダンスのレッスンをして"わわわガールズ"の新メンバーとして一躍話題に、という訳だな。」


地元のアイドルユニット"わわわガールズ"はグラビア、モデルが集まったグループで、その"5人目"として加入した"蔵田まゆ"は梓が知った時には青担当だった。後に2人加入し、1人加入した後に"結婚"を機に卒業していったという話は梓もよく知っている。彼女が抜けた後に青担当は一時期空白だったが、現役女子大生でグラビアデビューした"篠部怜子"が空席を埋める事となった。


「色々と話が脱線している気がするんだが、俺は"蔵田まゆ"が売れた理由に"もう1つ"あると思っている。」

「もう1つ、ですか?」

「"物語"だ。」

「その人がグラビアになるまでの話、という事ですか?」

「簡単に言えばそうだな。例えば"恩田ひかり"だが、元々は内気な子で、学生時代はクラスでも隅っこで本を読んでいたような子だったんだ。小さい時に母が急逝して、家に帰れば父と弟の面倒を見ていた彼女はある日"わわわ"の目に留まった。そしてトップモデルへの躍進をしたんだよ、これはこれで中々の"物語"じゃないか?」

「"蔵田まゆ"にも、それがあるんですか?」

「さっき話した通りだ。彼女は見た目を理由にひどい仕打ちを受けながらも、学業、スポーツにおいて好成績を修めた。"ちやほやされて育ってきた訳じゃなく、自分で成長してきた"という物語だよ。」


1つ梓に理解できたのは、"ただ可愛い、綺麗なだけじゃダメ"という事である。


「そういう物語が馬場ちゃんにもあるし、俺にもあるかもしれない。…いや、あると信じたい。」


話が脱線し過ぎた所で、辰実はまた"蔵田まゆ"の生い立ちに話を戻す。


「後はもう、俺と付き合って結婚して、双子の女の子が産まれて燈を養子にとってはい現在!という感じだな。特筆して言う事はそんなに無い。」


"本当ですか?"と梓の発言は、的を得ていた。梓の知っている"蔵田まゆ"の物語は、辰実の省いた過程に"もう一山"あったハズなのだ。


「結婚するまでに一度、"蔵田まゆ"の人気が落ちてまた回復した時期があったと思うんですよ。」

辰実は基本、"自分が一枚噛んでいる"話を自らしたがらない。その性格を考えれば、彼女の人気が回復した時期と辰実が関わっている可能性が"ゼロではない"から省いたとも考えて良かった。


「話をこれ以上脱線させる訳にはいかないからな。"偽物"を炙り出すうえで必要な情報は全て言った訳だし。」


"人気が落ちた時期"の事を伏せた辰実が、梓にはどうしても引っ掛かったがそれを気にするのも"捜査上"必要で無い事であり、捜査の目的を達成するために妻の情報を提供してくれた辰実に対し、梓はこれ以上何も訊くことができなかった。


「馬場ちゃん、これは俺の"言い訳"だと思って聞き流してくれていい」


商店街に現地調査に行く"用意"をしていた梓は"そうですか"とポツリ答えた。


「大事な話ほど、誰かに言ってしまえばその価値が下がってしまうような気がするんだ。その価値を落としたくないのは、俺が妻に何を思っているかという何よりの証拠だと分かってくれ。」

「分かりました」


言い訳をしながらも準備をする辰実に、梓は今この場で何も言うつもりは無かった。今ここで何か言うと、辰実の"愛妻家"としての肖像にも、夫婦だけの世界にも傷をつけてしまいそうで…。とてもそんな野暮な事は出来ないと思ったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る