中編
#5「知らない家族にご用心」
(前回までのあらすじ)
盗撮犯として逮捕した大路晶は、"恩田ひかり"に対する一連の出来事に自分が関与していた事を自白した。
更に迷惑行為を繰り返していた"しだまよう"のカメラマン、坂村が"爆破事件"を再度起こそうとしている事が発覚。坂村から押収していたスマホやPCから計画のためのやりとりや爆弾の設計図を入手した防犯対策係は、広島県警の機動隊に応援を要請し爆弾を処理。更に"ダミー"を仕込んで犯人とその関係者を炙り出す事に成功、逮捕へと繋がる。
そして逮捕した坂村の証言から、"饗庭"が関わっている可能性を得たのだが坂村が認識していた"饗庭"は偽物であり、同様に坂村が復讐を企てていたカフェの店長と共謀していた"当時のマネージャー(=辰実)"も偽物である事が発覚した。
*
「最近、ワシの出番少なくないか?」
生活安全課の時計に数字は書いていないが、それでも長短の針の角度で何時何分ぐらいかは分かる。一般的に警察署内で勤務している職員の"休憩時間"と言われれば12時から13時までの間を指すハズなのだが辰実と梓は13時が来る数分前に"何故か"宮内に呼び出された。
基本的に休憩時間中の辰実に仕事に対する"やる気"というものはない事は梓がよく理解している。その証拠に宮内に呼ばれて応接用のソファーに座った時にはぶっきらぼうな表情をしていたのだ。
…ここで梓は、辰実がいつもぶっきらぼうな表情をしている事に気づく。
「課長ですし、立場上出番が少ないのは致し方無いかと。」
「事件は署内やなくて現場で起こっとるからな。…てか黒沢お前、ワシの話の最中に堂々とコーラを飲むなや。」
呼び出されて与太話が始まったと思えば、辰実はさっき買ってきてスーツのポケットに入れたままにしていた缶のコーラを取り出し、プルタブを起こすとやや斜めに傾けて喉に流し込んだ。…と思えば、更に缶のコーラをもう一本取り出し"あげる"と梓に手渡す。
「ありがとうございます」
「さて課長、これで2対1です」
「ここまで人の話を聞こうとしたくない部下は初めてや。…しかしながら"まだ"休憩時間は残っとる、お前のその態度はワシから言わしてもらえれば"仕事をする人間"の鑑や。」
(え、そこ怒らないんだ…)
梓はコーラを口に含みながらも、宮内の様子に心の中でツッコミを入れる。この上司にしてこの部下有りなのだが、この上司は上司で警察署の課長でなければ"おもしろ上司"としてバラエティで有名になっているだろう。
「オンオフの切り替えはできとかないかん。…で、ワシは何の話をしとったんや?」
「出番が少ないという話ですよ」
「何や黒沢、ワシの話ちゃんと聞いてくれとったんか。ツンデレやのうお前は。」
(この状況はツンデレと言うんでしょうか…?)
「そんな事より、出番が欲しいんでしょう?」
「少なくとも黒沢より出番欲しいわ。それで出番もろうて活躍して、黒沢みたいに署内の女子職員からの人気が欲しい。」
「オッサンの鑑ですね」
「46でも夢を見て何が悪いんじゃ」
"見ていい夢なのかな~"と思いながらも、梓は冷静に宮内と辰実のやり取りを眺めている。ゴールデンウィークが明け、5月がやっと始まった感覚になってきた所で"この風景に"慣れてきた自分が恐ろしい。
「夢と言うんは生きていく上で大事や。…で、ここからが本題なんやけど。」
"あ、ちゃんとした話をするんだ"と梓が思った頃には、辰実は既に"オン"の状態になっていた。
「簡単に言うと、市役所から"押し付けられてきた"話なんやけどな。」
土地問題や隣人間のトラブル等、"民事"についてのもめごとで110番通報がされそうな事については、警察と役所が両方関わる可能性が考えられる。しかしこの対応については"役所"の仕事であり(民事訴訟を起こすのであれば役所もノータッチ)、本来は警察の関与する所ではない。
しかし、暴行をはじめとする"事件性"の予感があれば警察のやって来る所となる。その範囲が結構なグレーゾーンであり"もめたら怖い"ぐらいで警察に仕事が丸投げされる事もあったりするのだ。
「いわゆる"募金活動"や、養護施設に寄付したいんやと。それが若松商店街で行われとるという話や。」
「でしたら、許可を取っているかどうかの話という訳ですね。」
路上でのデモ行進や募金活動を行う場合、使う場所に応じた施設管理者や地方自治体に対する許可申請が必要となる。また、活動を行うのが"公道"である場合、管轄の警察署で"道路占有許可申請"を行わなければならない(これをしておかなければ道路交通法に引っ掛かる)。
「馬場ちゃん、若松商店街の路上は施設なのか?それとも道の扱いなのか?」
「施設の扱いです。管理者は確か市役所だったハズで、何かやる時は市役所と商店街の組合に申請が必要ですよ。」
「成程」
だとすれば、"市役所"から話が来た事についても合点がいく。
「市役所は"申請はされてない"という話や。」
「でしたら俺達は、その"申請"をするよう話をしろと。もしくは事件性の有無を調べてこいという事ですね。」
「察しがええ奴やな」
「申請無しでそういう事をするのは"知らなかった"か"わざとやってるか"の二択ですから。」
時計が午後の1時を指す。いつものように宮内は"禁煙"と書かれたポスターの前で煙草を吸い始める。
「課長、募金活動をしてると言うのは誰なんですか?」
煙草の煙が細長く上がり始めたところで、梓が話を切り出す。
「黒沢の嫁さんの、妹という話や。あとはその妹さんの"親父さん"もおった事があると。」
「へえ、うちの嫁の…」
「"蔵田まゆ"の妹と親父を名乗っとったらしい。"蔵田まゆ"と言うたらワシも勿論大好きなグラビアアイドルであり、お前の嫁の芸名やろ?」
「確かに、うちの嫁です。」
"1つ頼むわ"と宮内は気楽そうに言って、もう半分まで灰になっている煙草をまた吸い始めた。その様子を見た所で、辰実と梓は席を立つ。
「嫁の妹と親父なら、俺が話をつけやすいと課長は思ってるんだろう。」
自分の席に戻った辺りで言った辰実の言葉は、宮内の意図を推測するものだった。横に居て話を聞いていた梓にも、おおよそ"そんな所だろう"という推測は立っていた。
「"嫁の妹と親父"であれば、話をつけられるか分からんぞ?」
しかしながら付け加えて辰実が言ったのは"真逆"の話である。
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