羨望と憧れの青

(前回までの話)

解決した爆破事件に隠れていたストーカー事件。その関与について坂村への取調を行っていた所、"饗庭"が坂村達に爆破のための資金提供をしていた事と"恩田ひかり"のマネージャーがカフェの店長と共謀し、恩田ひかりを強姦したという証言を得た。

…当事者であった辰実は、饗庭がカフェに居た事を坂村が知らなかったという事実から、"饗庭"と"辰実"が本物かどうかの疑問にまで辿り着く。



 *


これからの"真実"へと近づいていくために、自分だけが知り得るハズの"事実"も含め、今までの事を整理しておかなければならない。


まず、事の発端は"7年前"である。


県内トップモデルとして人気を博していた"恩田ひかり"が突然、モデルとしての活動から消えていった。その真相については不明なのだが、"彼女"が"恋人に"最後には妊娠、堕胎されるまでの過程において重ねた恥辱が、写真とともに匿名のブログとして遺っている事は事後に知っている。


その後、盗撮犯として大路晶を逮捕したのであるが、この男は"彼女が恋人に妊娠させられる瞬間の写真"を撮影した事と、それを"黒沢辰実の後任でマネージャーになった男"に指示されてやった事を証言した。恥辱を与えた"恋人"が"後任のマネージャー"と関係性がある事は考えられるが、その点については未だハッキリとした事は分かっていない。


彼女の消失と、後任のマネージャーについての関係性を饗庭に質問したのだが、"過去と過去を線で繋ぐな"と忠告を受けたのみで彼は真相を語らなかった。


この"線で繋いではならない"もう1つの過去が、3年前に発生した"舘島事件"と呼ばれる分譲マンションの見学会で23人が殺害された事件である。理由は知らないが饗庭はその事件を追っていた。この事件は犯人の射殺で解決したのだが、勿論の事饗庭は誰が射殺したかなど知らない。しかし警察の知らない範囲で、少なからず饗庭は事件の"裏の部分"を知っている事が分かったのである。



そして、"爆破事件"。この首謀者の1人である坂村は"爆破しようとした"カフェの店長に"恩田ひかり"のための復讐をする目的で爆弾を仕掛けていた。更に、"饗庭"を名乗る男から資金提供を受けていた事が判明したのだ。重ねて"恩田ひかり"の強姦を主導したのが当時のマネージャーである事も判明する。


しかし、坂村の言う"饗庭"も"マネージャー"も本人ではない事が推測された。果たして、この2人の"本物"は誰なのか?



…答えは、過去と過去を線で繋ぎ、現在へ向けた先にあるハズだと確信していた。


求めていない真実に目を向ける事は無かったながらも、どこかで"先"に向かっている事を心の奥のどこかで確信していたかもしれない。そんな事に気づかないまま疲れた様子でその日は帰路についた。



 *


時計は、午後9時半を過ぎた所であった。

取調からの更に事件として立件するまでの書類作業をはじめ、枚挙に暇が無い仕事を全て片付け、帰ってくればこの時間である。


(燈もチビ達も寝てしまっただろうな…)


玄関を開けると、薄暗い廊下が視界に入った。

温かい程静かな空間を抜け、リビングに入り"ただいま"と一声すると、"おかえりなさい"と愛結の澄んだ一声が返ってきた。寝間着にしている丈の長いTシャツ1枚の姿で、ソファーで寝転んで伸びをしているさくらを抱きかかえ食卓のいつも座っている椅子に座る。


辰実の席には、ラップのされたオムライスと鶏のから揚げ、春菊のおひたしが並んでいた。今朝方に燈が"から揚げが食べたい"と言うから、愛結が作ってあげたのだろう。


「すまない、全部任せてしまったようで」

愛結は首を横に振る。言葉は無くても、"そう気遣ってくれた事が嬉しいの"と愛結は辰実を見ずにさくらの長くて白い毛を手櫛ですくように触っていた。


「いただきます。」


ラップを全て外し、冷めきったオムライスを辰実は口に運ぶ。冷えたケチャップの酸味がどこか懐かしい。


「温めなくて良かったの?」

「もう"ずっと前"になるけど、少しだけ貰える休憩で冷めた弁当を食べる時間が一日の楽しみだったんだ。」


"ずっと前"と言われれば、それは暗に"てぃーまが"にいた時の事だと愛結は認識している。複雑な事情があったのか、辰実はその時の多くを語りたがらないし、愛結もそれを察して訊かずにいる。


けれどもそんな話をするという事は、"てぃーまが"絡みで何かあったのかもしれないと愛結は勘ぐってしまった。しかしそんな事を知らなくても、辰実を"好きで"いられるのだ。


「愛結は、"恩田ひかり"と話した事はあったのか?」

「実は仲良かったのよ。…でも、急に連絡が取れなくなっちゃった。」


"そうか"と辰実は静かに返事をした。"辰実がこんな話をするのは珍しい"と直感的に愛結は思ったのだが、久々に聞く、かつて会社とかモデル、グラビアの壁を越えて親交のあった女性の名前を懐かしんでいた。


「辰実は、話した事あるの?」

「あるよ」


「本当に綺麗な人、私もあんな人になりたいとずっと思ってた」

"愛結も、十分に素敵な女性だよ"という言葉を風の前の塵にしてしまうかのようだった。"恩田ひかり"の話をする愛結の青い瞳に、夢を見て何かに恋い焦がれる少女のように燻ぶった羨望と潤った憧れを感じた辰実は何も言わずに愛結の話に耳を傾けていたのである。



"本当に美しい女性(ひと)だったんだな、貴女は"


もう何処に行ってしまったか分からない、そして見る事ができるかも分からない。そんな彼女が見せた事のある"はにかみ"を思い出してしまった辰実の、黒い瞳に悲しさが浮かんだ。

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