やばい偶然

(前回までの話)

"蔵田まゆ"の妹を名乗る人物、父と名乗る人物が募金活動をしているが、夫の辰実からはその2人が"そもそも存在しないか亡くなっている人"という事を梓は知った。

更に"捜査上の参考"として辰実から愛結の生い立ちについて説明を受けたが、"蔵田まゆの人気が一度落ちて回復した時期"について辰実が説明を省いた事に違和感を覚えた梓である。


 *


若松商店街。


「まずは商店街で聞き込みをしてみよう。」


辰実が最初に考えたのは、"商店街の住人に募金活動を見た事があるか訊いてみる"事であった。これはもう基本中の基本、商店街の住人であれば"見た事がある可能性が高い"事に目をつけるのは当然だろう。


先日まで雨であっても、本日のように晴れであってもガラス張りの屋根があるおかげで商店街の空は変わらない。そんな慣れ親しんだ商店街を、捜査のために梓は辰実と歩いていた。


「まずは屋良さんからだ」


商店街で一番の情報通と言えば屋良さんである。ここ1ヶ月で、辰実は野菜の買い物を屋良商店に頼っていたために気兼ねなく話せる間柄になっていた。


「…で、次はショー婆さん、その次は猫カフェの内海さん。」


柴犬に服を着せて散歩をさせている所しか見かけないショー婆さんを"リスト"に加えている。"そんなピンポイントで散歩している所を発見できるのだろうか?"と疑問に思った梓であるが、そこは辰実なりの考えというモノがあるのだろう。


「ペットを見るのがメインになってませんか?」

「日頃より市民とそのペットと良い関係を築くのも警察官の務めだ」


先日の爆破事件の傍らで、交番員が迷い猫を保護し署に連れて来ていたのだが忙しさに負けて"見に行く"事が出来なかったのだ。辰実にはそれが悔しかったのだろう。


基本的に、付近に適当な飼い主が見られない犬猫は一定の期間警察署で保護する。その保護した犬猫を眺めるのが勤務中の辰実にとって楽しみの1つであるのだが、梓に探し出されてはよくデスクまで引き戻されている。


「黒沢さんの家にも猫ちゃんはいるじゃないですか」

「さくらはまた別だよ」


これは梓が人づてに聞いた話なのだが、辰実は"人の皮を被った猫"と言われるほど猫を大事に育てているらしく、休日家にいる時は殆ど飼っているラグドールと行動しているそうで。これもまた話によるとなのだが、飼っている猫が何を考えているのか100%分かるのは家族で辰実だけらしい。


「そんな事より屋良商店だ」

「ええ、早く偽物を見つけましょう」


…歩く事数十秒、いつものように店頭に新鮮な野菜がお得な値段で並んでいる屋良商店に2人は到着した。



 *


屋良商店。


仕入れたての新鮮な野菜ほど、店頭の一番前に並ぶ。今日の献立に悩む時は新鮮な野菜に頼るのだが、大体は昼ぐらいに献立を思いついている辰実にとっては特に力になるという事も無い。


「お、最近来ないと思ってたんだよ。今日は何を買っていくんだ?」


辰実を見るや否や、"いらっしゃい"と挨拶し立て続けに新鮮な野菜の話をしてくれる屋良さんであるが、"今日は買い物じゃないんです"と冷静に本題へと辰実が話を持って行く。


「買い物じゃない、どうした?」

ここ最近できた常連客との、久しぶりの再会に喜んでいた屋良さんであるが、辰実の隣に梓がいて、自分に会釈をしている所で事の仔細に気づいた。


「…なんだ、アンタも警察だったのか」


商店街で生まれ育ってきた梓が"警察官"になっている事は、商店街の住人であれば誰でも知っている。買い物で無くておおよそ仕事で来てそうな梓(スーツだからだろう)と一緒にいる所を見れば、"多分"であるが彼も警察官だと思って適当を屋良さんは言っているのだ。


「馬場ちゃんの上司の、黒沢です。」

「…という事は、俺に何か訊きたい事があって来たという訳だな。」


梓の事もあり、警察官に対しては寛容なのだろう。


「最近、商店街で募金活動をしている人を見ませんでしたか?」

「ああ"やってる"なー、蔵田まゆの"妹さん"なんだっけ。最近4時ぐらいから1時間か2時間ぐらい"広場"で募金活動やってるのをよく見るぞ。」


"広場"と呼ばれる場所が商店街にあるという事を梓が説明してくれた。商店街のちょうど真ん中ぐらいにあって、屋台が幾つか並ぶ以外は特筆して辰実の興味を惹きそうなものは無かった。


(…人の集まりそうな所ではあるか)

募金をするにはうってつけの場所なのだろう。ここで辰実は時間を待って現地に行ってみる事を考える。


「…俺も募金活動してるとこ見てたんだが、終わったぐらいに県営の養護施設の職員が来て現地で中身を回収しに来てたな。"警察"が動くなら何かあるのかと思うんだが、ありゃあ集めた金を手前の懐に入れるなんて事はやってねえと思うぞ?」


「問題は、"募金"の行先じゃないんです。募金をしている"人"の方なんですよ。」

「どういうこった?」


「屋良さん、募金をしてるのは"蔵田まゆ"の妹なんですよね?」

「ああ、俺も1000円ぐらい募金した時に聞いたんだが、SNSで"妹"として募金の宣伝もしてるらしいぞ。…使い方が分からねえから俺は見てねえけどよ。見た目は可愛い茶髪の姉ちゃんで、雰囲気は似ていた感じか。」


「その"妹"というのが嘘です。蔵田まゆは1人っ子ですよ。」

「結婚してるじゃねえか、"義理"の妹って話はねえのか?」

「無いです」


"そうかー"と若干笑いながら屋良さんは頭を掻いた。ここまで言い切れると言うのは確証があり、だからこそ警察が動いているのだろうという所までは、簡単に解釈できる。


「…するってえと、その"妹さん"は逮捕すんのかい?」

「屋良さんのお話してた内容が"事実"であれば逮捕する必要は無いかと。」


辰実の言葉を聞いて、屋良さんは安堵した様子であった。



 *


屋良さんとの話を終え、ショー婆さんを探すために商店街をぶらぶらする辰実と梓。道中で辰実が屋台のホットドッグを買った以外は"まともに"聞き込みのためにショー婆さんを探している事は間違いない。


"蔵田まゆ"の義理の妹と言われれば、それ即ち"黒沢辰実"の妹である。昨日の夜に燈を連れて実家に顔を店に行った辰実だが、その時に妹2人から燈にと"昔着ていた服"を貰って帰ってきた。その時に2人が黒髪で会ったのを確認している。それが平日の今この時間に茶髪になっていればとんでもない不良娘である、学生ならば学校に早く行け。



「お、いたぞ」

辰実が指さした先は、頭にターバンを巻いて中東風のローブを着た柴犬を散歩させている婆さんだった。犬にあの手の服を着せて散歩しているのは、若松商店街でも"ショー婆さん"しかいない。


近くまで行き、ショー婆さんに挨拶をしたかと思えば辰実は真っ先に柴犬のゴンに挨拶をし、しゃがんで頬っぺたを触りだした。


「最近、募金をしている女の人を見かけませんでした?」

「あ~見かけたねえ、いつも夕方に散歩をしてると」


柴犬の方を見てみると、ちょうど辰実は犬パンチを顔に喰らっていた所であった。柴犬の頬っぺたはモチモチして触り心地が良いのだが、あまりモチモチこねこねし過ぎたために怒られてしまったのだろう。


(人の皮を被った猫だから、ワンちゃんはダメか…)

笑うと辰実に後で怒られそうなので、梓は目を逸らしてショー婆さんと話を続ける。


話と言っても、殆ど世間話で特に"蔵田まゆの妹"に関する有力な情報は得られなかった。そもそも"柴犬に好かれる"事を良い人の基準にしているのであれば、尻尾を振って寄ってきたゴンに優しい対応をした"偽物"は良い人に分類されるのだろう。…一見、信憑性の無い話であるが辰実にとっては"信じない事も無い"ぐらいの話であった。


(…話を聞く限り"悪党"では無さそうだ)



ショー婆さんと話が終わり、次は猫カフェの"ぷにぷにポリス"に行こうとしたが、まさかの休みであった事に辰実はその場で膝をつきそうな勢いで愕然としていた。そして気を取り直したように片桐に連絡を入れる辰実。とりあえず2件の聞き込みから得られた話を報告していた様子であった。会話の流れからも、"逮捕の必要性"が極めて低い事が伺える。


「このまま俺と馬場ちゃんは、商店街で"偽物"が出てくるのを待ってみます」

『そうね。…発見して話ができればすぐに解決しそうだし、黒ちゃんの思うとおりにやって頂戴。』


"分かりました"と辰実は返事をする。


『ところで、この件に"わわわ"とか"てぃーまが"は動いてるのかしら?』

「そこまでは分かりません。」

『近くに"わわわ"か"てぃーまが"の人でもいたらいいのにね』


メディアが近くにいた時の懸念か、それとも最近の事件のように"てぃーまが"か"わわわ"のいずれかが関わっている可能性を探っているのか?片桐の考えは分からないが、最近立て続けにメディアが関わっている事件に遭遇すれば嫌でも疑ってしまうのだろう。


「…いますよ、片桐さんがそう言うから」

『あら?私のせいにしないで』

電話の向こうで、冗談めいて片桐は笑った。


「この場にいたのが俺で、本当に良かったですよ」


とだけ言い、辰実は電話を切って"視界に入った"男の方に早歩きで近づいていく。その先には"わわわ"のグラビアアイドル数名のポスターと、彼女達のDVDや地元バラエティ番組のDVDがショーウインドウに飾られているのを眺めている、スーツ姿にソフトモヒカンでガタイの良い男がいた。


何かと話題になっている"てぃーまが"の饗庭康隆であった。先日にジムで辰実と会った時の張り詰めた感じはなく、久々に友人と会った時のような砕けた感じで歩いてきた辰実に挨拶をする。


「黒沢ー、何やってんだよこんな所で!」

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