マングースの睨み合い

(前回までの話)

蔵田まゆの妹(を名乗る人物)が募金活動をしている事について、商店街の住民から聞き込みをしていた辰実と梓は、偶然にも"てぃーまが"の饗庭を発見してしまった!


さあ、どうなるのやら…?



 *


辰実と饗庭。


元々"てぃーまが"の同期であった2人だが、現在は敵対する関係。…だと梓は思っている。"蔵田まゆの妹"を名乗る人物の事を調べに商店街へと来たハズなのに、目の前でハブとマングースの戦いが始まりそうな予感に、梓は自分の胃が鉛のように重くなっていく感覚を覚えた。


そんな事も知らず、2人はさも"親友"のように話している。


「平日の日中からグラビアのポスター眺めて何やってるんだ」

「記事のネタを探して来いって言われて商店街に来たんだよ。…おい、警察なら何か記事になりそうなネタあんだろ?」

「現場の警察官がそんな事知ってる訳無いだろう」


基本、マスコミとのやり取りは副署長が行う事となっている。そのために事件に関する情報で"別に言った所で"といった情報であっても安易にマスコミに伝えてはいけない。仮に、辰実が今追っている事件(?)の内容を饗庭が知っていたとしても"何も知らない"と言うべきなのだ。


「相変わらず仕事は真面目な奴だな」

「それはどうも」


張り詰めた空気なのかそうで無いのか、そうならばいっそ張り詰めた空気であって欲しいと思うぐらいに、梓には2人の間に"敵なのか友人なのか分からない関係"を視ていた。本当の所は2人だけにしか分からないのだろう。


「ここで立ち話もなんだから、コーヒーでも飲みながらどうだ?」

「…そうだな」


饗庭に促されるままに、辰実は近くの喫茶店を探し始めた。付いて梓も歩き出すが饗庭とは距離を置き"大丈夫なんですか?"と辰実に耳打ちをする。"饗庭は卑劣な事をしてくる奴ではない"と聞いても、梓の脳裏には自分が遭遇した様々な事件を裏で"唆した"という、饗庭を悪党たらしめたイメージが塗りたくられていた。


(大丈夫、黒沢さんなら強い)


ここで何もできない自分がいる歯痒さはあった。…しかし、"邪魔をしてはならない"と分かっているから、例え何かができたとしても何もしてはいけない。もし梓の踏み込んでいい話であれば、辰実は梓にもどこかで話をしただろうし、梓も饗庭と正面切って話をしているハズだから。


辰実は、自分の過去と現在を"線引き"している事を梓はよく理解できた。



喫茶店のドアノブを饗庭が押す瞬間、ふと後ろを向いた饗庭と目が合う。辰実とはまた違った"やさぐれた雰囲気"の男の、飢えた獣のような本性を無理矢理圧し込んだような"大人"の様子が目の色に滲んでいる。似つかないように思ったが、辰実と同様に"底を見せない"強さがそこにある。


 *


席について数分、饗庭は給仕係の女性を呼び、"アイスコーヒーを、ブラックで"と一声。


一緒に、辰実はアイスティーを、梓はホットコーヒーを注文した。



「ネタが無いと言っても、あるから商店街なんかうろついてるんだろう?」

注文を取ってメニューを折りたたみテーブルの端に立てかけた辰実は、まるで見通していたように話を切り出した。


「当たり前だ、でなきゃオフィスで寛いでるわ」

「…それで、ネタと言うのは?」

「そっちが何しに来たか話をするなら言ってやらんでもない」


お互いに"相手が何を言うか分かっているが自分からは言いたくない"という状況が最もタチが悪いと言ってもいい。特に後を引いたりする事でも無いのに、"負けた気がする"と言う後味が付いて回るのだ。


…しかし、それを"理解"しプライドを最初に捨てた辰実は自ら話を切り出す。何かを言い出す時、思いついた時は眉が少しだけ谷を描く、そんな辰実の様子を梓は固唾を飲んで見守っていた。


「商店街でやっているという"募金活動"を知っているか?」

「ああ、グラビアの妹がやってるっていう」

「どのグラビアか知ってて言ってるんだろう?」


白々しい饗庭に時間を与えるように、給仕係が各々のコーヒーや紅茶を持ってきた瞬間というモノは余計なように感じてしまう。"先出し"の不利は、更に傷口を拡げられるもののまだ辰実は冷静な状態を保っていた。


(このまま探り合いをしても"押し問答"になる。…が、これ以上こちらから情報を話しても饗庭からのギブアンドテイクが期待できるとは思わない。)


ふと、喫茶店のテレビに目をやると"漫才"の中継をしていた。良く分からないボケにも、ツッコミ役のスーツを着た細身の男が対応し笑いが生まれている。


(ボケたらツッコミか)

辰実の眉間が動き、一瞬だけ眉が谷を描いたのは梓にも分かった。何かを思いついたのだろう。


「実はその妹だが…」

「何だ、ただの妹じゃ無かったのか?」

「どうも義理の妹らしい」


わざと嘘を言った辰実に、"義理の妹じゃねえ事ぐらい俺は知ってんだよ"と饗庭は悪態をつく。立派な"ツッコミ"が成立した、これが辰実の狙いであった事は分かってはいないだろう。


このやり取りに意味はあるのか?と言われれば意味はある。詰まるところ今の辰実と饗庭のやり取りは"手札の見せ合い"であって、互いに"自分の手札を出さず"に"相手に手札を出させる"ためにカマの掛け合い探り合いをする事でやり取りが成り立つ。しかしながら、このやり取りが"成り立たない"場合がある。


それが、"自分と相手の手札が同じ"場合である。やり取りの目的は"相手だけが持っている情報を引き出す"事であって、その情報が自分が持っているものと一緒であれば何をしても徒労に終わってしまう。辰実の目的は、饗庭に"手札どうしを相殺させる"事であった。


(多分、饗庭の知っている情報はあれだけでしょうね)

状況は、梓の推測通りであった。最初に"何も無しに聞き出そうとした"のは自分の手札が"妹は偽者"だという話だけだったからである。しかしこれは"ハブとマングースの戦い"であって、未だ辰実の予断ならない状況は変わらずであった。


「これは別に話しても構わない事なんだが。」

「何だ急に?」

「今朝方に市役所から仕事を押し付けられてな。申請無しで募金活動をしている輩が商店街にいるみたいだから話をつけて来てくれ、と。」

「そんなモン警察の仕事じゃねえだろうよ?」

「揉めたくないんだよ、だから揉めても大丈夫な警察にお任せだ。」

「成程」


そんな状況にも関わらず、辰実は"自分の手札"を饗庭に見せ始めた。


(黒沢さんは何を?)

一見、訳の分からない行動に見えても"計算ずくで"やっている可能性があるのが辰実の狡猾な所である。"まるでマングースを捕食しようとするハブのようだ"と思いながら梓は固唾を飲んで2人のやり取りを見守る。


…このやり取りが"ハブとマングースの戦い"ではなく"マングースとマングースの戦い"である事に梓が気づくのは、これからの会話からであった。



「こんな話のために出張ってくるとは、余程ネタに困ってるみたいだな」

「ああそうだよ。"わわわ"みたいにアイドルやバラエティで食ってる訳じゃねえ、あやふやじゃなくてもっとちゃんとした話じゃねえと"記事"で勝負できねえだろうが。"てぃーまが"は今の所記事の質で売ってるんでな。」


「そうなったのも、"恩田ひかり"を孕ませて捨てるから罰が当たったんだ。モデルをもっと売り出した所で、彼女でないと"蔵田まゆ"に太刀打ちできないと今更気づいたか?」


"明らかに不機嫌な様子"が数秒、饗庭の眉間に浮かび上がっていた。すぐに元に戻ったと思えば、2人ともさっきまでの様子で会話を続ける。


「ネタぐらいあるんじゃないか?この間いたオーシャンビューのカフェで"爆破事件"がもう1回起こされる所だったと言うのに。」

辰実は、饗庭を挑発している。さっきまで大人しく饗庭に"忖度"するように捜査の話をしたと思えば次は積極的に挑発しようと"爆破事件"の話を持ち出した。


(鉢合わせになったら、絶対にこうなる事は分かってたんだ)


梓の推測を言えば、辰実が"何も聞けませんでした"で終わる事は絶対にしないだろう。ここまでの"疑問"を解決するためにもここで饗庭と真っ向勝負を仕掛けるに違いない。


「メシ食いに来たってのに警察が騒いでるもんだから何だと思ったんだよ。まさかまた同じ場所に爆弾仕掛けられていたとはな。」


饗庭の様子は、"自分が来ていた場所でたまたま事件があるとは驚きだ"と言う体であった。


「捕まえた犯人は、"爆弾作る金を饗庭に提供してもらった"と言ってたぞ?」

「はあ!?俺にそんな金があると思ってるのか?」


声を荒げる饗庭。


(…知っている奴の反応ではない?)

その様子に辰実は違和感を感じた。冷静に否定するどころか、若干取り乱した様子で否定している。実際に犯行現場で饗庭の様子を見ていた辰実の"推測"は、殆ど"確信"に変わったと言っていい。


「無いだろう。」

「当たり前だ、それに"爆弾が仕掛けられていた"事も今初めて聞いたぞ。」


挑発をしておいて、さりげなく饗庭にとって有益な話をしていく。最初にあった饗庭の主導権は、いつしか辰実に移っていた。それも辰実の狙いなのだろう、更に饗庭が動揺しているのも良い状況ではある。


「なら誰だ、君の偽者を騙っているのは?」

「そいつは見当がつかねえ」


言うなれば饗庭も辰実も"似たような"状況なのである。先日の坂村から得た証言は、"恩田ひかり"を"当時のマネージャー"とカフェの店長(当時はただのチンピラだった)が共謀して強姦し、その復讐を"饗庭"が手助けした。当時のマネージャーが"辰実"であり、辰実自身も身に覚えのない事である。


2人ともの"偽物"が存在している、この状況を整理すると梓の中では"ハブとマングースの戦い"ではなくなってきていた。2人ともが"ハブに狙われたマングース"と言ってもいい。


「実は、俺の偽者もいる」

「何だと?」

「爆弾を仕掛けた奴は、当時"恩田ひかり"のマネージャーをしていた男と共謀して彼女を強姦した男に復讐するためにカフェをまた爆破しようとした。その復讐相手がカフェの店長だ。」

「…ところが、その当時のマネージャーと言えば黒沢、お前のハズで"身に覚えが無い"事か。」

「その通り」


辰実は梓を横目で見た。2人が"危機感"を感じている以上に、彼女も"見えない何か"へのプレッシャーに耐えている様子であった。ひたすらに自分を落ち着かせながらも、ただ何も言わず様子を見守っている。


だからと言って空気が軽くなる訳でもなく、梓の不安は増す事となる。

"狙われたマングース"は、あろう事か睨み合いを始めるのだ。


「だがな、お前はこれ以上何も知る必要はねえ」


饗庭が突き放すような発言をしてから少し間を置いて、辰実は大きく溜息を吐き出す。


「これ以上は踏み込むな、という事だな」

「前にも言ったハズだぜ?踏み込んだ所で相手は"この間のデブ"みたいな雑魚じゃなくて、とんでもなく危険だ。お前が今更、昔の事を掘り返した所で痛い目を見るだけだぜ?」


これ以上話をした所で、"ジムで話をした時"と同じ状況になる。…そう分かっていてこれ以上の睨み合いや押し問答をするのは賢い選択ではないと辰実は判断しようとしていた。


「…しかしだな、今回お前が教えてくれた話で分かった事もある。」

「何だ、夜逃げの準備でも必要だと分かったか?」


これ以上話が進まない事に対する当てつけのように、辰実は悪態をつく。


「身の振り方を考えなきゃいけねえって事だよ。…"わざわざ"教えてくれた礼と言ってはなんだが、1つ面白い事を教えてやる。」

「本当に面白い話なんだろうな?」


「それは、人の話を最後まで聞いて考えるこったな」


前に身を乗りだし、テーブルに肘を置いて饗庭は話を続ける。



「県警本部の捜査二課が、俺と"もう1人"を逮捕する算段を立てているらしい。…どうやら"証拠"も掴んでいるらしいんだがな。」

「どこからの話だ、それ?」


本部の捜査二課が出てくるとなれば、大きな事件だ。捜査二課の担当する事件はいわゆる"知能犯"で、詐欺や贈収賄といった金銭、企業、政治が絡んでくる犯罪である。恐らくは"てぃーまが"と市政か県政の癒着について何らかの端緒が得られたものだと考えて良い。


「踏み込んではいけない所にいる奴だよ。」

「そうかい、じゃあもう1つ。逮捕されるという"もう1人"は誰だ?」

「お前の上司だった"日下部(くさかべ)さん"だよ。今でも俺の上司なんだけどな。」


逮捕されるという2人が何をしでかしたのかは、聞いても言わないのだろう。話をした事に満足したのか、饗庭は千円札を2枚テーブルに置いて席を立とうとする。


「俺達の分は俺達で払う」

「そう言わずに貰っとけよ」


無理矢理に去ろうとする饗庭から、辰実は何も言わず2千円を受け取った。

喫茶店のドアによくある、金属製のチャイムの渇いた音が鳴り終わると店の中にいた客は辰実と梓の2人だけになっている。改めてそんな事に気づいたところで、梓は大きく息を吐き出す。


「本当、気が気じゃ無かったですよ!」

肩がやっと軽くなった梓の向かいに座りなおした辰実は、何故か笑っている。


「笑ってる場合ですか」

「状況が分かれば馬場ちゃんも笑うと思うよ」

「分からないから笑えません」


梓が笑っていた辰実の意図を知ったのは、また暫くしての事であった。

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