終業前

(前回までの話)

饗庭と遭遇し、喫茶店で話をするも先日の爆破事件については関与していない事を話したものの、"恩田ひかり"に関する一連の出来事については依然として話す事は無かった。

…更に、饗庭が"本部の捜査二課に"逮捕されるかもしれない事が、饗庭自身の口から語られる。



 *


夕方になり、大広場に募金活動をしている"蔵田まゆの妹"が出てきていないか辰実と梓は観に行く事にした。


「アレだな」

饗庭との話が終わった後、いつものぶっきらぼうな様子ではあったが辰実が"どこか違うように"梓には見えていた。先日の"しだまよう"の一件でもあった事なのだが、"怒っている"時に今のような感じになるのだ。


辰実が怒っている理由は何となく分かる気がする。幾度となく、本物か偽物を問わず饗庭との遠回しなやり取りを繰り返しているうちに少しずつ"過去にあった出来事の謎"に近づいているハズが、不意に"逮捕"なんて事でまた有耶無耶になってしまうのだ。口では言っていなくても辰実は"真実"を欲している事は梓にも分かっていたから、少なからず彼の気持ちを想像し、辛くなる。



辰実が向いていた先は、片方でお下げを作った茶髪で髪の長い女性。ギャルという感じではなく、綺麗めの大人メイクや服装を意識してやった若者といった感じの装いは、"蔵田まゆ"に似せたようにも見えなくはない。


"すいません"と声を掛けながら、"蔵田まゆ"の妹を名乗っている人物であろうデカい募金箱を抱えてひっきりなしに通行人に募金を呼び掛けている若い女性に駆け寄っていく。警察手帳を片手に取り出そうとした辰実に続いて、梓も自分の警察手帳を取り出す。


いちいち説明するよりも、こうした方が手っ取り早い。


「"蔵田まゆ"の妹さんで間違いないですか?」

「はい、私の事ですね。」


女性どうしの方が話をしやすいから、同性間で話をする事が望ましいという考えは、警察活動において基本と言ってもいい。だから勿論のこと梓が声をかける。


「本当に妹さんですか?」


"そもそも妹がいない"のなら、初めから核心を突きに行ってもいい。"え?"と少し動揺した様子を見せる限り、本当に"全くの赤の他人"が妹を装っている可能性が濃くなっていく。


「…妹はわた「蔵田まゆに妹はいませんよ」

否定しようとする女性に対し、言葉を遮って事実を突きつける梓。


(こういうやり方もできるのか)

動揺にこれ機会と、毅然として核心を突きに行く梓に驚くどころか辰実は感心してしまう。普通の相手であれば"話の主導権"を握るだけでも秒で決着をつけられるのだ。


「妹でしたら、私の隣にいる人が誰か分かりますよね?」

梓は、隣にいる辰実を指して"知っている人ですか?"と訊くが辰実は"知らないな"と答える。ネタ晴らしをこの辺でしようと思うが、言葉で言っても証拠にならないので"スマホ"から結婚の時に撮影した写真を見せる事にした。



見せた写真には、ウェディングドレス姿の愛結の隣に"礼服"姿の辰実が写っている。金色の装飾がついた黒い警察官の制服は、警察官なら誰しもが結婚式の時に着る服であった。


…ここまできてさすがに観念したのか、"すいません"と若い女性は嘘を認める。



 *


"蔵田まゆ"の妹を名乗っていた募金活動中の女性を署に任意同行し、"詐称"の理由について問いただした所、"普通に募金活動をしただけでは養護施設に寄付できる額に達しなかった"と供述していた。


彼女の素性について質問をした所、県営の養護施設の出身であるらしく高校を卒業し市内で1人暮らしを始めてから募金活動を始めたそうだ。その為か、募金活動に事前申請が必要であった事も知らず(この事があったために警察は端緒を掴む事ができたのだが)"蔵田まゆの妹"を名乗り募金活動をしていた訳である。



「そう言えば妹じゃなくて、お父さんもいただろう?」

「…それは、ボランティアで手伝ってくれた人ですね。1回だけお父さんを名乗って手伝ってもらったんです。」


手伝った人も手伝った人だろう。…しかし現在は彼女も顔に反省の色を浮かべて話をしてくれている。必要以上に責める事を辰実はしたくなかった。


「募金したお金については、どうやって寄付したんだ?」

"その場で施設の人に回収してもらってました"と女性は言う。屋良さんから聞き込みをした時に"誰か来ていた"という話をしていたが、恐らく同一人物だろう。


処理の方針としては、"申請をするよう教示"する事と、"以降、他人を詐称するような事があれば容赦なく逮捕する事になる"と説明する事であった。やり方はどうであれ、養護施設出身の女性が孤児に良い生活をさせてあげたいと思い活動を行っていたのだからその点を否定する訳にはいかないし、もし捕まえて前科前歴が残るにしても募金した金銭の着服も見られず、募金後その場で寄付していた事を鑑みての判断であった。


事情聴取と注意を終え、辰実と梓が防犯対策係に戻ってきたのは終業10分くらい前で、5時のチャイムならさっき鳴っていたのを聞いた気がする。



「…一日で終わらしてもうたんか、早いな」

帰り支度をしたそうな様子の宮内は、相変わらず"禁煙"と書かれた貼り紙の前で煙草を吸っている。


「注意する程度の事でしたので」

「事がでかくなる前に対応できて良かったわ」


報告として、"当事者は養護施設の出身で、養護施設に寄付するために募金をしていた"事と"募金した金銭は全て、その場で施設の職員に寄付していた"事を辰実は宮内に説明する。話を聞いている宮内は珍しく、気持ちが別の場所に行っているような気がした。


いつものふざけた様子とは違い、静かな様子に辰実も梓も"嫌な予感"を覚える。


「どしたんや、2人してワシの顔をじっと見て?」

「いつもなら終業前は元気だったと思いましたので」


"ちょいと面倒な事になってのう…"と宮内はポツリ答えた。


「そう言えば黒沢は、元は"てぃーまが"の社員やったか。」

「ええ」

「お前、警察なって何年目やっけ?」

「8年目です」


灰皿に目をやった宮内は、まだ燻ぶっている煙草の火を"念を押すように"もみ消した。さっきまで微かに見えていた点のような赤橙色の火は跡形もなく、灰だけが残っている。それから数秒の間、言葉を選んでいるように見えた。


「盗撮をしとった大路も"てぃーまが"と接点があって、坂村が爆破しようとしたカフェの店長は"てぃーまが"のモデルの仇と。…全くどこに行っても"てぃーまが"や。」


"話があるんや"と、どこかくたびれた様子で言いながら宮内が椅子から立ち上がる。



「今から防犯対策係全員、2階の奥にある"小会議室"に来るよう言うてくれ。」


天気予報では、夕方から曇り、夜には雨が降るらしい。まるで幸先の分からない未来に暗雲が立ち込めていると言いたげに、外の様子は灰色を見せつけていた。

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