大人のイタズラ

(前回までの話)

坂村がメンタルに弱点のある事を、既に見抜いていた事を辰実の口から知った梓。

残すは辰実の"作戦"のみ。成否は広島県警に委ねられる状況であった。



 *


スマホの待ち受け画面は、土曜の午後10時だという事を教えてくれた。


「猫、なんですね」

梓の目にふと入った、辰実のスマホの待ち受けは、スフィンクスの姿勢になっているラグドールの猫を正面から撮影したものであった。娘か妻か、と思っていたのだが猫である。


「愛結かチビ達かと思っただろう?」

「…ええ、まあ」


"期待に沿えず申し訳ない"と冗談を辰実が言った所で、そろそろ作戦時間である。少し離れた場所では、広島より応援に駆けつけてくれた機動隊のメンバー数名が駒田と話をしている様子。


「黒沢さん」

刑事一課の松島も、作戦に同行していた。


「先日はどうも。黒沢さんがスマホのロック解除をしてくれたお陰で、坂村を上手く追い詰める事が出来ました。」

「松島さんが根気よく睨みを利かせてくれていたおかげですよ」


松島もまた辰実と同様に、坂村に揺さぶりが効く(=メンタルに脆い点がある)事を見抜いていた。じっと証拠が集まり、"確実に黒と言える反応をする"まで待った事が最大の功労と言っていい。もし途中で"黙秘したまま"と取調を切り上げたりしていれば、坂村に突き付けた証拠が全て"図星"という反応を見る事は出来なかったハズなのだ。


「問題は、この"作戦"が上手くいくかどうかですが…」

「作戦は、"爆弾の事を知っている奴"を炙り出す事はできても、実際にそれを吐かせるには職質する個人の力量に依りますので…」


ここが、辰実の言う"作戦"の欠点であった。



 *


数日前。


「…で、黒沢よ。手前の言う"作戦"ってのを教えてくれや」

署長室。署長の戸狩は席に座って前のめりになり辰実の話に耳を傾ける。


応接席に座っている宮内、片桐。そして辰実の横に立っている駒田も辰実に視線を向けていた。それを特に何かと思っているような様子で話を始める。



「爆弾を撤去した後、その置いていた場所に"ダミー"を置くんです。」


説明を続ける辰実。

誰がどんな顔をしているなんて気にもしなかった。


「爆弾には設計図があります。これを見て"見た目だけ"ソックリな物を作って置いておけば、"爆弾が置かれている事を知っている奴"を炙り出す事はできまるかと。」

「だったら、ダミーなんて置かなくても"爆弾のあった場所"の辺りを漁りだしたら怪しいんじゃねえの?」

「そうなんですけどね、署長。ここからが面白いのですよ。」


(黒さんのこの様子は、良からぬ事を考えとるな)


「ダミーの爆弾から"声が聞こえてきたら"、面白くないですか?」

戸狩の口元が下向きの弧を描く。描かれた曲線が震え出した時に辰実は手ごたえを確信した。



 *


「取り出すんは、液体窒素を噴射して機能せんようになったのを確認してからじゃ」


広島県警本部所属、警備部機動隊の爆弾処理犯として今回派遣されてきた稲本(いなもと)も、駒田に負けず劣らずの巨漢であった。ガタイの良い男が、ドラマに出てくる特殊部隊が着ているような装備一式で部下に指示を出している。


1つ目の爆弾は、勿論の事地蔵のオブジェから出てきた。厳密に言えばこのオブジェは人口の土の上に置かれている状況であり、その土の中からプラスチック爆弾が発見されたのである。


稲本の指示の下、機動隊員は手早くプラスチック爆弾を取り出していく。取り出された爆弾については、離れた場所で処理するようで数名の管理から丁寧にどこかへ消えていった。



「さてと」


辰実は、持ってきていた"ダミー"の爆弾を鞄から取り出す。ホームセンターで買ってきた粘土に色を塗ったものに、銅線とプラスチックのキャップ様のものに塗料を塗って"信管"っぽくしたモノを使い、"本物"と寸分狂わないレベルの精度で偽物を作り上げた。


(これ2つ作るのに、1日かかったのよね…)

いわゆる"イタズラ"の準備に、梓も自分が巻き込まれていた事を思い出す。これから辰実が提案し、実行しようとする作戦は犯人を相手に"よく効く"やり方なのだが梓は総なべて"良い大人が税金でやるイタズラ"だと思っている。この作戦の話をしていた辰実の笑顔が、まるで子供のそれみたいだと思った事もあるが、実の所は別の理由にある。



「うちのチビ達に感謝だな」

「2歳の双子ちゃんのイタズラから犯人を捕まえる作戦を思いつくのは、黒沢さんぐらいだと思いますよ」


先日、辰実の娘である希実と愛菜の双子姉妹は、保育園に迎えに来たパパに対し"とある"イタズラを決行したのである。その内容が、"希実と愛菜の着ている服を取り換える"ものであった。


双子については、着ている服が一緒の時もあるし違う時もある。その日は希実は黒のパーカーを、愛菜は青のパーカーを着ていたのだが、あろう事かこの双子はパーカーを交換してしまう(ちなみにズボンは一緒)。…この双子は髪の長さで見分けがつくハズなのだが、困った事に2人ともがフードを被ったために保育園の先生には見分けがつかなくなってしまったのである。


更に、希実と愛菜が共謀して"名前"までも取り換えっこしてしまった。


希実が愛菜を"のぞみちゃん"と呼び、愛菜が希実を"あいなちゃん"と呼ぶ。ここまでの徹底ぶりを2歳児が見せるとは誰もが思っていなかった事にこのイタズラの神髄があったと言ってもいい。


結局、辰実にバレるまで双子の取り換えっこが行われていたのである。迎えに来た時に"パパ―"と真っ先に来るのは希実の方なのだが、この日は愛菜(の服装をした希実)が来た事に違和感を感じた辰実が、被っていたフードを脱がせたために"イタズラ"は失敗したのである。


そのイタズラが、今回の作戦を思いつくきっかけになったと言っても過言ではない。



「本当に思っているのか?」

こちらを見ていない梓が、適当な事を言っていると辰実は邪推する。


「この話だと黒沢さんよりも双子ちゃんの方が凄いですよ」

「2歳児に負けた警察官と言えばこれ程情けない者は無いな」


"元気出して下さい"としょっぱい一言を交わしつつも、梓は機動隊が爆弾を掘り出した後の穴にダミーを埋め込んで、辰実がその上から土を被せてカモフラージュを行う。



「黒ちゃん、爆弾は"2つある"と言ったわよね?」

ダミーの設置を確認し、片桐が辰実に質問をする。周囲では念のために機動隊が駒田、重衛と共にカフェスペースに危険物等が仕掛けられていないか確認をしていた。


「ええ、ですが"位置までは"分かりませんでした。…坂村がやり取りしていたメッセージにも詳しい場所は書かれていませんでしたし」


"困ったわね"と、腕を組みながら片桐は嘆息する。


「爆弾なんて"無ければいい"と思うんだけど、実際無かったら困るのよね」

「残った1つがどこで爆発するか分からない。そう考えただけでもたまったモンじゃないですね」


片桐、辰実、梓の3人が、顔を突き合わせて立ち会っている状態。未だ涼しい4月末の夜風が吹くと、梓の前髪の端っこの長い所をふわっと攫って行った。


「前に爆発した時は、どうやって避難誘導したのかしら?」

「俺はカフェスペースで、皆に駐車場の方に向かって逃げるよう言っただけで…」


ざっくり言えば"駐車場まですぐ逃げるよう"大声を上げていただけである。


「と、いう事はですね。実際に客がどう逃げたか見てるのは馬場ちゃんという事になります。」

片桐と辰実は、同時に梓へと視線を向けた。


「カフェスペースから駐車場に行ける場所は、1つしか無かったです。多人数が逃げるには狭かったかもしれませんが、逃げるとしてもそこを使ってもらうしかなかったんですよ。」

「成程。」


少し考える様子が続いた所で、更に片桐は話を続ける。



「もし私が犯人なら、その"狭い出入口"に爆弾を設置するわ」



踵を返し、片桐は地蔵の近くから歩き出す。少し様子を伺おうとしていた辰実と梓であったが、すぐに彼の言葉の意図にそれぞれの解釈をし、追従していく。


(前は地蔵だけの爆発だったけど、もっと騒ぎを起こしたいなら逃げ道でも爆発を起こすか)

(爆発の目的が分からない限り、爆破で人を巻き込む可能性も無いとは言えない)


要するに、地蔵のオブジェが爆破される。それに恐怖を感じて逃げ出す人もいる、しかし逃げ道が爆発したらどうか?その場にいる人が更に恐怖に駆られるという答えは誰にでも見出せるだろう。



「掘ってみましょうか」

辰実と梓が、入り口の両端にある観葉植物の鉢をそれぞれ調べ始める。土を掘り返し確認した所、"もう1つの爆弾"を梓が発見した。急ぎ爆弾処理班を呼び出し、液体窒素スプレーによる処理が行われ爆弾を無力化、先爆弾と同様、機動隊の手でどこかへと運び出された。


「で、こっちにも」

辰実は鞄からもう1つの"ダミー"を取り出し、爆弾を掘り出した穴へと入れ込み、土で"何もなかったように"カモフラージュしておく。


(後は"素人の皆"が上手くダミーに気づいてくれれば楽なんだが)

そんな事にならなくても、犯人かその関係者であれば"爆発しないと分かれば"何らかの異常な挙動を見せるだろう。それを見せるだけでも、松島をはじめ刑事なら上手くやれると辰実は考えていた。


勝ちの度合いに一喜一憂するぐらいの余裕ができた辰実は、近くにあったテーブル席に大きく息を吐きながら腰かけた。



 *


翌日。


営業を再開した、オーシャンビューのカフェは若い客でごった返している。


吹っ飛んできた地蔵の頭によって台無しにされてしまった"塩こうじチキンとライ麦パンのサンド"を思い出しながら、辰実は店内のスタッフルームで観られる防犯カメラの映像からオープンスペースの様子を眺めていた。


防犯カメラの時計は、12時55分を指している。

坂村がメッセージでやり取りしていた"爆発"の時間は13時ピッタリ。防犯カメラの映像では表情は分からないのだが、いくつかのテーブルに配置されている警察官は緊張している事だろう。


"作戦"の為の"とある"イタズラのため、そして全体状況を把握するために辰実と梓はスタッフルームで防犯カメラの映像を確認しているが、片桐、駒田、重衛と松島を含む刑事一課複数名は客に扮してテーブル席に座って怪しい者がいないか注意深く観察しているハズだ。



(…さあ、上手い事ざわついてくれるかな)


12時56分、12時57分…、緊張した時には長く感じるハズの時間が、この時は流れていくように早く感じていた。辰実は"イタズラ"の要となる"トランシーバー"を口元の近くで握りしめた。


12時58分、12時59分…。


現場に配置されている警察官とは、梓が所持している無線機で連絡を取り合う算段となっているのだが、未だ誰も何をする訳でもない状況か、誰の連絡も聞こえてこない。



13時00分。


"爆発する事は無い"と分かっているダミーが置かれている場所を見つめながら、辰実はトランシーバーを強く握りしめた。無機物の硬さと、ひっついた湿度が彼に緊張を教えてくれている。

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