間抜け
(前回までの話)
迷惑行為防止条例違反について、事件についての処理を終えた防犯対策係は"一丸と"なって爆破事件の対策にかかる。片桐は全ての許可を得るため上長に談判、辰実はロック解除に成功した坂村のスマホから全ての連絡記録を調査、駒田は広島県警に"爆破処理班"を要請、重衛はPCの調査、梓は引き続き"前にカメラマンをしていた男"の動画について調べていたのである。
*
「黒沢さん!動画の確認、全て終わりました!」
5人が5人、違う事をしていればその進捗も終わりもそれぞれ異なるモノである。先に個別のミッションを終わらせたのは梓であった。ルーズリーフに丁寧な字で書き留められた動画の概要リストを辰実は手渡され、ひとまず目を通す。
(建築物の構造と解体の解説が主な話か…、後は"ビルの解体"で使われる爆弾の規模。これを理解していれば地蔵だけをピンポイントで吹っ飛ばす事は可能だという事か。そしてもう1人の方は"化学"と、俺は苦手な分野だな。)
梓のメモには"トリニトロトルエン"と、"硝石"、ほか様々な化学物質の名前が具体的に書かれていた。名前を言われてもピンと来ない辰実であったが、この2つを知っていても"容易に"爆発物や可燃性の物質を想像できた。
「…馬場ちゃん、"トリニトロトルエン"、"硝石"と聞いて何を考えた?」
"爆薬ですか?"と梓は答える。辰実、梓が防犯対策係に来て初めて取り扱った事件は、"強盗"で使用された火薬の出処を調べるというモノであったが、その時に強盗が足止めに使用していたのが手作りの発煙筒で、煙を噴出するために必要な"発火"を行うために硝石が使用されていた。
その時に使用されていた硝石は、農学部の大学生がアルバイト兼勉強のために行っていた牧場で作られていたモノである。その学生3名が"てぃーまが"の"アイバ"という男に唆されて家畜の糞尿から硝石を作り出していたのであるが、その3人が"舘島事件"により養父を失っていた事をダシにされていた事までが今回の事件と関係しているのかは微妙である。
ともかく、そんな経験をしていれば梓も当然"爆薬"を想像するのだ。
「じゃあ、爆弾の"信管"についての仕組みは?」
「信管が無いと爆発しない、と言うのは刑事ドラマで知ったぐらいです。」
"間違ってはいない"のだが、仕組みを理解しているとは言い難い。刑事の経験でも無ければ辰実も知らなかっただろうし、この事件の事もあるため"手短に説明しておくよ"と辰実は説明を始める。
「簡単に言うと、"好きな時に起爆できる装置"だ。今回見つかったプラスチック爆弾であれば、信管に電気を通す事で爆薬が作動すれば、後は馬場ちゃんが知っているような爆破シーンだ。」
ちなみにプラスチック爆弾のおおかた本体の部分に直接火を点けると有害なガスを出して燃焼するだけなので爆発はしないのだが、それはそれで危険な話である。
ぽかんとした様子で梓は聞いていたようだが、おおよその仕組みは理解できている様子であった。
「これはオマケな話だが、"拳銃"も同じような仕組みで弾を発射している」
「拳銃も、ですか?」
「回転式拳銃なんだがな。"撃鉄"、あるだろう?シングルアクションなら1回起こして撃つし、ダブルアクションなら一定の位置まで引き金を引いて、起きた所で止めた後に撃つっていう。アレが起きた時に針のようなモノが先っぽにあるのを見た事はあるか?」
"撃針"でしたっけ?と梓は答えて辰実の話を促す。
「そう、撃針。それが弾の底にある雷管を刺激すれば電気が走って火薬が爆発する。その時衝撃で弾が発射されるという仕組みなのは、警察学校にいる時に教官が教えてくれた。…この仕組みにはもっと色々あって、"引き金を引いたハズなのに弾が発射されない"なんて現象も起こす事ができる訳なんだが、今はそんな話をしている場合ではない。」
と言った辰実が指さした先には、"物凄く面白いモノを発見した子供のような"笑顔で2人を見ている重衛の姿があった。ノートPCの画面を辰実と梓に向けている事から、すぐにでも見て欲しいモノがあるのだろう。
「爆弾の設計図っすよ」
「これは、細かい寸法まで書かれてるな。」
これが実際に設置される寸法のモノであるなら、とんでもなく犯人(とその協力者)は間抜けなのだろうと辰実は笑いたくなった。これでメッセージ記録とかに"この設計図の通りに爆弾を用意"なんて話があったりしたらもう坂村の人間性を疑っても良いレベルだとも思ってしまう。
「…これ、使えるぞ?」
「設計図ですけど、それが何かの役に立つんですか?」
疑問に感じている梓に、"それは坂村が共犯者と何のやり取りをしていたかによるかもな"とスマホを弄りながら辰実は面白そうな表情をして答える。…スマホを弄りながら、"坂村の奴、さっき馬場ちゃんに確認してもらった動画配信者とつるんでやがるなー"とどこか"滑稽なモノ"を見つけたように言っている。
「しかも猛々しい事に、グループチャットだぞ。主犯3人は爆弾を用意していて、爆破の前日にカフェの地蔵の所に設置しに行くらしい。しかもその爆発の瞬間を拝みに人を呼んでやがる。」
情報の漏洩というのは怖いなー、とすっとぼけた様子で辰実は"爆破"の打ち合わせの内容について説明しているのだが、傍らで重衛と梓は固唾を飲んで話の展開を待ち望んでいた。そんな様子なのも、2人は辰実が"内心は"犯人に対して怒りの感情を持っている事を分かっているからである。
(周到に用意してたんだろうがな、残念ながら全部パーだ。…しかしこれも世の為人の為、悪く思うなよ。って悪党にそんな事言っても無駄か)
「…爆発の時間が分かった、重はすぐに刑事一課へ報告!馬場ちゃんはこの事を松島さんに、坂村には悟られないようにしてくれ。」
"え、分かったんすか?"と重衛は驚いた様子を見せる。城本の証言により"浮上した"動画配信者について、梓に動画を調べてもらった事で"疑惑"を絞る事ができたのだが、辰実の予想以上に事は上手く進んでいる。
…それも、辰実が坂村の"中身"をよく理解できていたからであった。
*
署長室
読んで字の如く、ここで言えば"新東署の署長"が執務をする部屋で、応接用の椅子に座っている宮内からすれば右手に見える木製の大きな執務机には"署長"の制帽とともにプラスチック製の名札が置かれている。
宮内の隣には片桐が座っているが、前方には誰も座っていない。署長の戸狩(とがり)は机に置かれている豪勢な椅子に座っているし、副署長の綿貫(わたぬき)は長い棒が立てかけられたかのように微動だにせず眼鏡を光らせながらこちらを見ていた。
「…確かにその状況であれば、爆処理(爆弾処理犯の事)を要請せにゃならん。」
片桐は課長の宮内をはじめ、その上の幹部にも"爆破事件"が再度引き起こされるという報告をしていた。その事に際し、部下に爆破の詳細な時間や、他県への応援要請ができるかと言った"ポイント"を探るよう指示している状況だという事について説明をしていた。
「ですが"確実に"爆発が起こるという証拠もありません。これでは他県に爆処理を要請するどころか、うちの署員ですら動きようがありませんよ?」
微動だにしないまま、副署長の綿貫は耳の痛い事を言ってくる。しかしながらこれが警察組織の"基本"とも言うべき行動理念であるのだ。逮捕をするにも何をするにも"確実性"が無ければ無暗に動く事ができない、そのための"証拠"である。
"あ、ごめん"
署長の戸狩が気の抜けた様子でそんな事を言ったと思いきや、空気が破裂するような音が聞こえる。"あースッキリした"と歓びの表情を見せる戸狩とは反対に、宮内すら緊張した様子であった。
「おい宮内、煙草吸えよ?」
「さすがに署長室で吸うわけには…」
状況が状況でなければ、"うちの課長が縮こまっているのは珍しい"とほくそ笑む所なのだろうが片桐は緊張した様子を崩せずにいた。そんな事を言っていると戸狩が席から立ちあがり、テーブルの上に灰皿を置いて宮内の前に座ってすぐに煙草に火を点ける。
「じゃあ私も」
と、綿貫も鋭い表情をしながら戸狩の隣に座り煙草に火を点けた。
「証拠が集まんのを待ってる時間なんだろう?」
"だったら気を張っていてもそうでなくても過ぎる時間は一緒だ"という意味なのだろう。その意味が分かった辺りで宮内はどこか観念したように煙草に火を点けた。
署長室の入り口がノックされたのは、程なくしての事である。
"失礼します"と一礼し、くたびれた様子の辰実と駒田が入ってくると2人とも驚いたような表情をしていた。辰実と駒田が見たのは"この切迫した状況で署長以下数名は落ち着いている"事に他ならない。
「いつ来るかなと思ってゆっくり待ってたんだよ。それともオッサンが雁首並べてソワソワしているのが見たかったか?」
「できればそういう状況であってほしかったと思ってました」
(この状況においても平気で軽口が叩けるんは黒さんぐらいじゃろうな…)
ニヤリとして驚いている事に一言申した戸狩に対し、辰実も軽口で申し返す。その様子に呆れる人もいるだろうが、"黒沢辰実"の人となりを知っている駒田は感心していた。
この事が、辰実が"芯のある"男だと証明しているのだ。
「広島県警の機動隊に、爆弾処理犯の応援として来てもらえるか本部に掛け合ってもらえるよう連絡してあります。爆弾が置かれる詳細の時間について、分かり次第連絡するよう言われとる状況です。」
淡々と、個別の状況報告を駒田から始めていく。簡単に状況を説明し終わったところで、辰実は脇に抱えていたファイルから、何かが印刷されている用紙を3枚テーブルの上に並べた。
「その"爆発の時間"と、それまでの綿密な打ち合わせが記録として残ってました。」
「黒沢くん、それはどこから見つかったんだ?」
"出処"は大事だろう。綿貫の指摘はごもっともで、勿論の事辰実もそれを理解したうえで、"坂村から押収したスマホにメッセージのやりとりが残っていました"と答える。
「スマホか…、ロック画面とかあったんじゃないのかい?」
「指紋と、指の動きが分かったので解除できました。」
"ほう"と、綿貫は言葉を詰まらせる。"坂村は全く供述をしない"という報告に冷や冷やしていたせいか、"口を割らないようなら別の方法で証拠を得るまでだ"と言わんばかりの、事件に対する執念に感心していた。
「黒沢、これは爆弾の設計図か?」
「ええ。それは重衛がPCから探し当ててくれました。」
煙草の火を灰皿でもみ消しながら質問をする宮内。辰実は"重衛が"という辺りに少し語気を強め回答をする。"その設計図に関する話も、メッセージのやり取りに残っていました"と宮内は辰実の説明を受けながら記録の内容を確認していく。
「前に爆破されたオープンテラスのカフェは、いつ営業を再開するんや?」
「それは、今週の日曜じゃと聞いとります」
昨日ぐらいに、妻と"今週の日曜に営業再開するみたいだけど行ってみたい"という話を駒田は思い出す。"当日は仕掛けられた爆弾が爆発するかもしれない"という話なんてまだ言ってはいない。今日の昼前に爆弾が発見されて、伝える余裕もなく今は事前の対策に追われているのだ。
「…で、設置されるのは土曜の夜と。よし、俺はそれまでに広島県警に出動してもらえるよう掛け合ってみるか。」
"副署長は、本部長に連絡入れてもらえるかな?"と戸狩は綿貫に指示を出す。すぐさま綿貫は署長室を出て、近くにあった副署長のデスクから本部長の内線番号を押し、電話を始めた。
見計らったように、戸狩が署長席に戻る。
「"爆発"に対する事前策はこれで十分だろう、あとは設置された爆弾を処理すればいい。…という訳にもいかないんだなコレが。」
"犯人を捕まえないとならない"。その場にいる全員が理解している事だった。…ここからは刑事一課メインになってくる話なのだが、彼らに協力し”犯人を逮捕”する事が何よりもの対策なのだ。
「爆弾が設置されるのは明後日の夜、それまでに何かしら逮捕への足取りができてねえと非常にマズい。この事件でしくじってしまえば、それこそ"新東署"の看板にも県警の看板にも泥を塗りたくる事になる。」
「…後は、刑事一課次第か。防犯対策係はここまでよくやってくれたよ、ご苦労さん。」
対策ができた所で、差し迫った状況というのは変わりがない。…それでも防犯対策係は"やるべきこと"を成してくれたと思ったから、戸狩は正直にこの場にいる生活安全課の4人に労いの言葉をかけた。
宮内が頭を下げるのを見計らったように、片桐と駒田も続いて戸狩に頭を下げた。…しかし、辰実だけは立ったまま署長席を眺めている。
「労いの言葉を頂くには、まだ早いです」
「ん、そうか?」
「まだやるべき事がありますので」
何かに叩き起こされたように、宮内も片桐も、そして彼の隣で立っていた駒田も下げていた頭を起こし、辰実の顔を覗き込むように見つめていた。
「1つ、思いついた事がありまして」
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