鶏の逆襲

(前回までの話)

城本から取り調べで得た情報と、これまでの迷惑行為に関する一連の行動から坂村を挑発する事に成功した松島。…新たに分かったのは、辰実と梓が遭遇した"爆破事件"が同じ場所でまた起こされるという情報であった。



 *


「…また"爆破"するやと!?」

「そうです、先日に爆破された場所を、もう一度爆破するそうです。」


驚いて眉をしかめた様子の宮内に、大門は落ち着いた様子で事の仔細を説明する。宮内の隣で取調の内容を聞いていた梓は、"爆破"と聞いても冷静な様子を崩さない。


「馬場ちゃんは冷静やのう」

「私、爆発の現場にいましたので」


一度、爆破の瞬間を目の当たりにしてしまった所為か、梓は驚きたくても驚く事ができなかった。人の経験というモノは、"2度目"という名目で感情を盗んでいく事があるから怖いのである。…だが話はそんな単純な事では無い、"被害者"がいて、爆破されて困る人もいるのだ("誰に向けて"という部分が無くても爆弾を所持し、あまつさえ爆発させるような危険な行為自体は取り締まるべきである事は勿論分かっている)。


前回も今回も、"カフェ"が最も迷惑している事だろう。


「で、その詳しい日時は分かっとるんか?」

"それはまだ分かりません"と大門は答える。追い込んでいるとは言え、辰実と梓が城本から吐かせた結果が無ければ坂村は喋らなかったのだ。"とっかかり"の部分についても松島の当てずっぽうで何とか口を割らせた状況で、"詳しい日程"まで坂村がこのまますんなりと供述するとは思えなかった。


…不可能では無いにしても、時間がかかるだろう。


「何にせよ、"口を割らせる"しか無いんか?」

吸っていた煙草の火を、宮内は灰皿に擦り付けてもみ消す。梓の目にはその指にどことなく力が入っているように見えた。"いつ起こるか分からない"事にどう対策を取ればいいのか?と何も先が見えない苛立ちだろう。


(…何にせよ、"爆発"を未然に防ぐ必要があるんは間違いない)


暫く無言が続いた。"防犯対策係!"と声を上げた宮内のもとに片桐、駒田、重衛の3人が集まる。先程まで"迷惑行為防止条例違反"の関係で検察に提出する書類を3人がかりでまとめていた様子で、少し疲れの色が見えていた。


「馬場ちゃん、黒沢はどこや?」

「"鑑識の所に行ってくる"と言ってました」


五分刈りの頭を掻く、ジャリジャリという音が聞こえる。"アイツの事やから、考えなしに何かする奴では無いんやろうけどな…"とぼやいた辺り、この場にいて欲しかったのだろう。


「…さっき、刑事の大門が話しとった通り、"前に爆破された"カフェがまた爆破されるかもしれんという話や。黒沢と馬場ちゃんにはもう捜査に移ってもらっとるけど、迷防の書類が片付き次第そっちに回ってくれ。」

更に、"言っとくけど、何時どのタイミングで爆破があるかも分からん。どんな状況にあっても最善を尽くせ。"と宮内は語気を強めて指示を終えた。



 *


辰実が生活安全課に戻ってきたのは、数分経っての事だった。


呼び出されるや否や、"どこに行っとったんや?"と語気強めの宮内に問われるが、"鑑識の所に行っていました"と淡々とした様子で答えていた。


「これは、説教として聞いてくれても構わん」

"何でしょう?"と辰実は話を促す。


「お前がチームの為に、ひいては事件解決のために動いてくれとるんはワシも良く分かっとる。…せやけど、少しスタンドプレーに走りやすい"きらい"がお前にはあるわ。それだけ忘れんといてくれ。」


頭を下げ、辰実は自分のデスクへと戻った。


「迷防の書類がもう少しで終わりそうだから、終わり次第私と駒ちゃん、重ちゃんも爆破事件の捜査に移るわ。それまで馬場ちゃんと2人で頑張ってちょうだい。」

片桐も、急いでいる様子だった。こういう状況であったため、出来る限りやれる事をやろうとは思っていたが片桐に一言流れを報告していても良かったと反省する。


「…鑑識では、何か収穫はあったのかしら?」

「スマホの鑑定を急いでもらってました。」

「何か、爆破に関する手がかりでもあった?」

「あるかどうかは俺次第です」


辰実は坂村のスマホと、その画面に付着していた指紋の画像を片桐に見せる。まずはスマホの画面を点け、スライド式のロックがかかっている事を片桐に説明する。


「通話、通信の記録から爆破の予定を探り当てる事はできるかもしれないけど、ロックがかかってたら肝心の記録も見る事が出来ないわよ。」

「そのために、鑑定を急いでもらいました。指紋と、おそらく"スライド"した痕がこの画像には記録されてます。…あの男が口を簡単に割るとは思えませんが、"指紋"は嘘をつきません。」


片桐が見た画像には、スマホに付着していた指紋と、おおよそ"指をスライドさせた"であろう痕跡が記録されていた。画面の縦横にスライドした痕跡であろうが、斜めの痕跡もある所から、辰実は"ロックを解除"しようとしたのだろう?


「その前に坂村が口を割る可能性は?」

「無いとは言い切れませんが、黙秘をする可能性が高いと踏んでます」


少し考えた後、"分かったわ、ロックの解除を急いで頂戴"と片桐は辰実に指示をする。更に、"迷防が片付き次第、改めて防犯対策係で捜査方針を打ち合わせしましょう"と"チームで"捜査をする事を意識させた。


「さて馬場ちゃん、やって欲しい事がある。」

「何でしょう?」

「今からメモを渡すから、そのメモに書かれている動画配信者が"どんな動画"を公開しているか記録していってくれ。…坂村が"しだまよう"のカメラマンになる以前にくっついてた配信者らしい。」


"分かりました"と言い、梓はメモを受け取る。


「爆破が単独で行われている訳では無いだろう、"協力者"がいるハズだ。ソイツを炙り出す手掛かりだ。」



メモを眺め、上に書かれていた配信者の名前を梓は動画サイトで検索し始める。2人いるうちの1人であるが、視界を覆うぐらいに動画の量はある。途方もない作業であるがやってみなければ手掛かりは掴めない。


(…坂村がどういう人と関りがあるかは、気になるわね)

怪しい男ではある。それだけに彼の身近にいる人物が"爆破に関わっている可能性"もあると梓は予想していた。…更に言えば、先日のカフェ爆破にも"関わっている"可能性が無いとも言えない。


(家の構造、ラーメン構造…?ラーメンって食べ物以外にも意味があったんだ)


梓が見ていたのは、建築系の動画配信者の動画。それから1戸建ての家の基礎の種類や鉄骨、材木の家の話。それから大型の商業ビルの構造…、そしてそれらを"解体"する作業の話。


(解体…、もしかして"爆弾"を使うのかな?)


梓は、何かに気づいたような様子で目を見開いた。普通の家ならまだしも、大型の商業施設を解体する時は"爆弾"ぐらい使わなければ骨組みを破壊する事なんてできないのでは?と思ったのである。


(呼んだかい?)

突然、頭の中に誰かの声が聞こえた。何があったと驚いたら"こっちこっち"と声がしたのでよく見てみるとPCのキーボードを押そうとしている左手の所に、太ったニヤケ目の雄鶏が座っていた。


(今日はシャンパンで決めてみたぜ)

(シャンパンかどうかは別にどうでもいいわよ)


"スケベなニワトリ"である。本日はシャンパンを片手に現れた訳であるが、これまた上品にグラスにシャンパンを注ぎながら飲んでいる。しかしながら今回は"突飛な"登場である。


(爆弾という取っ掛かりが見つかった訳だが、問題は威力だ。あの坂村とか言うイカレ野郎が"どこまで"爆発で騒ぎを起こしてやろうかという所が問題になってくるんじゃねえのか?)

(確かに、ビルを解体するには相当な量の爆弾が必要になるわね?でもそこまでの規模でやるとは考えにくいわ。もしやるなら先日の時点でやってるでしょうし)


ここで考えるのは、"坂村の人間性"である。彼が考えている"爆破"の規模、それからやり口を予想するにはそれを考えるのが一番なのだろう。だから"スケベなニワトリ"が出現した訳である。


(さっきは刑事の揺さぶりにも反応していた、それを考えればあのイカレ野郎は"メンタルが強い"訳では無いかと思うぜ、むしろその逆だ。)

(メンタルが、弱いって事?)

(そうだ、団子頭の嬢ちゃんなら、アイツの事分かんだろ?)


ニワトリの問答に反応しながらも、梓は"動画"で話をしている爆弾の威力と規模について観察を続けていた。"C4とか可塑性のあるモノとかはピンポイント爆破に長けている"という話をしている辺り、動画で喋っている男は爆発物についての知識があると言っていい。



「会議よ!全員注目!」


梓とニワトリの問答を、片桐の号令が遮る。先程まで呑気な顔をして坂村のスマホを弄っていた辰実も、この時ばかりは真剣な様子で片桐の方を向いた。


(あのコーラ男が、鍵を握ってそうだぜ?)

(…そう言えば黒沢さんは"しだまよう"を挑発しにジムに乗り込んだんだっけ)


"その通り!"とニワトリは羽の先を梓に向ける。得意げな顔をした所で、梓の妄想の中の生き物なためにどんな顔をしているかなんて梓にしか分からなかった。


(そうだ。あのニヤケ男の中身が分かれば、後は堂々と身ぐるみ剥がしゃあいいだけよ。まあ俺は美人な姉ちゃんの身ぐるみを剥がして軟らかい所をツンツンしてやりたいけどな!)


妄想の産物とは言え、腐っても"スケベな"ニワトリである。最後にアイデンティティを確立したうえで"アディオス!"と陽気にどこかへ消えていった所で、捜査方針を決める会議は始まった。


「黒ちゃん、スマホのロック解除は?」

「何とか今できました。」


"よし"と片桐は声を出す。時間は少しかかったが、辰実はスマホにべっとり付いていた指紋とその痕跡から何とかスライド式のロックを解除する事に成功した。"通話とかメッセージの履歴を隈なく調べて!"と更に指示。辰実は"了解"と低いながらもハッキリした声で返事をする。


「…問題は、爆発物の処理ね」

"見つかった"場合、どのように爆弾を処理するのかが問題となるのだが、担当となる"爆発物処理班"についてはどの都道府県の警察にも設置されている訳では無い。その点、"T島県警"には無いからこういう話となっているのだ。


「片桐さん、わしの友人に広島県警がおります」

「…その人を通じて、連絡をする事はできそう?」

「やらないかん状況です」

「そうね…、じゃあお願い。私は今から課長と署長に直談判してくるわ。」


直談判…、と言ってもこれが通らなければ防犯対策係は僻地へ吹っ飛ばされる事だろう。


「駒さん、広島県警に掛け合ってくれている間、重をお借りしてもいいですか?」

"ええですよ"と駒田は快く返事をするや否や、"重、これはとんでもない宝の山(の予感がするだけ)だ"と坂村のノートPCを辰実は重衛に手渡す。


「スマホと一緒に鑑識から拝借してきた。パスワードは無い。」

「へえ」

「時間はかかると思うが終わったら焼き鳥をご馳走してやる」

"よし!"と重衛は非常にいい返事をし、ノートPCを受け取った。


「じゃあ各自、指示通りの行動に移って!何かあったら全員で共有、それを忘れないように!」


切迫した状況ではあるが、5人が5人誰もしおれている者はいない。…そんな彼らがへとへとになって全ての作業を終わらせた頃には、辰実の娘達はもう寝静まっている時間であった。


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