梓の素養

(前回までの話)

城本義也の部屋から爆弾が発見された事で、事件は"迷惑行為防止条例違反"から"爆発物の所持"についての捜査へとシフトされた。部屋主の城本と、"指紋をつけていた"坂村への取調を刑事一課と合同で行う事になった防犯対策係からは、辰実と梓が取調を担当する事となった。


事件を主に担当する事となった刑事一課は城本に当たろうとしたが、辰実は防犯対策係が担当する事を提案。蔑ろにされた"迷惑行為"の解決を望んでいた宮内の意図を汲む事に成功した。



 *


取調室。


目の前にいる団子頭の女性と、その脇に座って腕を組んだまま冷たい視線を向けている男に向けて城本は負け惜しみのように"迷惑行為の裏側"を語っていた。


(取調の基本は、まず相手との信頼関係を築く事。…自白をさせるより、言いたい事があればちゃんと話してもらって、それで質問を考えていかないと)

無理矢理に口を割らせるのではなく、"自ら話す"事を促す。先程辰実から助言を受けた話であったが実践するにはいい機会ではないかと梓は思っている。


「普通にやったって有名にはなれないんだと分かったんだよ」

これが本音だろうと、"しだまよう"は何かに怒りを向ける顔をしながら、普通に動画配信をやっていても有名になれない事。この県内で名前を挙げるためには"わわわ"にあやかるしかないと思った事を吐露していた。


「…だったら、T島県のいい所とか紹介して、もっと"盛り上げる"感じの話とか私はしてほしかったです。」

2023年現在、T島県と言われれば"都市"とも、"田舎"とも言われないが独立国家のような扱いで観られている。某アニメグッズの店で限定品が売られる時は"T島店を除く"と言われるけど、年に2回、アニメやゲーム、サブカルチャーと"娯楽"の祭典が行われるし日本でも指折りで有名な踊りが盆の時期には行われている。2014年に当時の知事より提案された"対都市部計画"は、そう言った文化も存在している事に目を付け、"都市部とはまた別の文化の発信地"として県を生まれ変わらせる事となったのだ。


復興した若松商店街は、その恩恵を受けていると言っても過言ではない。


「"盛り上げる"って言ったって、警察官のお前には動画配信の苦労なんて分からないさ」

"お前"と叩きつけるように言われた事に梓は眉をしかめていたが、辰実は仏頂面のまま取調の様子を眺めていた。梓も"いい大人"である、いちいちそんな事に目くじらは立てない。


「だからと言って、"有名になりにくい"から"他人に迷惑をかける"のは間違いですよ」

そこは梓も毅然と言い放った。…かと言って城本がその言葉に言いくるめられるとは思っていないから、"警察官としての建前"である。


「じゃあどうすれば良かったんだよ?ローカル的なコンテンツなんて、ピカチンが独り占めだぞ?」

(徐々に本音を言ってはきてくれているけど、冷静に話を聞かないと…)


感情的にはなっているが、"動画配信"に関する先程からの押し問答で少しでもずれた事を言ってしまえば上げ足を取られ、"反省しなくなる"可能性を梓は感じた。


…そうなってしまえば、この後に決行される"辰実の作戦"にも影響が及んでしまう。そう考えると実は"危ない橋"を渡っているのではないかと梓は思ってしまったが、この状況に置いても深呼吸で平静を保っている。



対人の駆け引きは、辰実だけでなく梓にもあったと言っていい。


居酒屋"ダイニングあずさ"の1人娘である彼女は、中学生ぐらいから店を手伝うようになり、大学生になってからは店番を任されるようになった。その間に酔っ払いやゴマすりの上司部下と"様々な人種"を接客してきた彼女にも辰実が持っているような"観察力"が身についている。



「…あの状況を"独り占め"と言うんでしょうか?」


ここで、梓の"また別の素養"が活きる。"現状、ローカルに関するコンテンツは出版社もピカチン任せだろうが"と怒り心頭に城本は発した。"迷惑行為をせざるを得なかった自分"を理解してほしいのだろう。


「少なくともピカチンの動画で若松商店街が発展したという話は聞いてませんが」

「え、マジ?」


この話には、城本だけではなく辰実も食いついていた。"そうなのか?"と城本と一緒に驚いていた辰実の方を向き、"嘘じゃないです"と梓は落ち着いた様子で言い放つ。


「たまたま動画配信で地元のPRが始まったのと、若松商店街が復興し始めたのが被っただけです。それをローカル誌が勘違いして勝手にピカチンを祭り上げているだけですよ。」


否定的な話ではあるが、梓が嘘をついているようには辰実には思えなかった。…というのも偏にピカチンの態度は、"しだまようの逮捕を利用して自分も有名になる"という事を考えているあたりで、"勘違いで祭り上げられた男"の本性を自分で理解している事を示唆していたのだ。


「ずっと商店街に住んでいたから分かるんですけど、復興の最初は市のテコ入れからです。商店街の残っている店舗に対する支援と、新規店舗に対する助成金が入った後、市役所が若松商店街で買い物する事を推奨したのがきっかけですよ。」


「………」

城本は梓の話す様子を静観している。


「私、学生の頃からずっと商店街の居酒屋で手伝いしてます。」

「公務員がそんな事して大丈夫なのか?」

「"家の手伝い"でお金も貰ってないので問題ないです。それに仕事に何の支障もありません。」


話を促しながらも、"徹底的に"揚げ足を取らせない。梓は強かであった。


「ピカチンが動画を配信し始めたのが2017年、商店街の居酒屋や飲食店の売り上げが大きく上がりだしたのが2016年です。城本さん、貴方はこの意味が分かりますか?」


"データ"は嘘をつかない。この詰め方は辰実にできない、それを梓がやってのけた事に感心した。若松で生きてきた経験、そして"ダイニングあずさ"という店を切り盛りしていた経験があるのだろう。


「……………」

城本は、何かを考えるような素振りを見せていたが梓はそれを待たなかった。話を促しながらも、大事な点だけは絶対に言わせない。そうする事で"主導権"を自分のものとしている。


(下手な刑事よりずっと取調が上手い。もしかしたら俺よりできるんじゃないか?)

取調が進行する事よりも、まるで被虐性欲をくすぐるかのように城本を追い詰めていく梓の様子に、不覚にも辰実は見入ってしまった。元より信頼していた部下であったが、想定以上の実力を持っている事に気づく。


「ピカチンが配信する前から、若松は"復興してました"。更に言えば市内の中心部だってその前に復興してますからどこを考えても"宣伝が影響を受けた"なんて言える部分は無いですよ。」


「……………」

「……………」


(これは、フォローが必要かな)


梓と城本の間に沈黙が走る。辰実は梓が言葉を選んでいるように感じたが、言葉に詰まっている様子を悟った。それでも主導権を握ったまま"あと一歩で"陥落し迷惑行為の非を認める所まで来ていた事には心の中で称賛を送った。


「…7年もやっているが、"ホンモノ"で無い限りは確実に化けの皮は剝がれていく。やる気があれば真っ当な動画配信でも"子供だまし"を打ちのめす事は可能じゃないかな?」


辰実は、考えていた事をそのまま言った。復興に関わっていないのであればピカチンの動画に本来の存在意義は無い。実際子供には人気のようだが街を盛り上げるのは子供では無い、という事を考えれば真っ当にやっても全く問題ないと考えていた。


「グラビアに突撃して、無理矢理何かをやらせるという手合いは確かに迷惑行為だが、それでも"売れたい"、"有名になりたい"という野心があるのは良い事だ。…ただその向き方が間違っていたんだろう。」


"もし動画配信で有名になりたいと思うのなら、反省して真っ当にやり直すんだな"と辰実が落ち着いたトーンで言い終わると、城本は"すいませんでした"と頭を下げる。…これで、"迷惑行為"についての事件は解決と言っていい。



 *


数分前。


大門と松島が去った後に、辰実と梓も取調に向かっていた。その道中で辰実は梓に"細かい作戦"を話していたのである。…先に"迷惑行為"の件で城本を陥落させるのもこの"作戦"のうちであった。


「…"しだまよう"が、迷惑行為に走るようになった要因ですか?」


辰実が提案した作戦は、"城本の原点を攻める"というモノであった。言い換えれば"迷惑行為"の原因となったエピソードを突いていけば、"改心の余地"が見つかるという考えである。


「奴が動画配信を始めたのが2021年、その時は"普通に"空港で売ってる土産の話とか、遊び場の情報をつらつらと喋っていた訳だが……結果はお察しの通りだ。」


(あんまり想像できないけど、人は簡単に変わってしまうのね)

辰実の思っている事は、"彼は元々は悪人では無かった"という事なのだろう。


「その頃にはピカチンが既に動画配信を始めて、県内のPRで人気を得ていた。血の海を血で染めるのは非常に難しい、だから迷惑行為で知名度を上げようと考えた。その手のコンテンツは何年も前から、ピカチンの独り占め状態だ。正直気に食わないけどな。」


一番最後に言ったのが本音だろうと思ったが、辰実はちゃんと"改心の余地"を探っている。


「馬場ちゃん、ここまで話をした所で"問題が"1つある。」

「問題、ですか?」

「ここまで言っておいて、俺は"しだまよう"にピカチンの動画配信と街の復興が関係ないと思わせるような情報を持っていない。あくまで俺があの男の人となりから推測している範囲だ。」


唇の下に、曲げた人差し指の背を当てて暫く梓は辰実に合わせていた視線を別の方向に向けた。数秒後、改めて辰実に向き直り、整理した言葉を口にする。



「…黒沢さんは、私がそれを思いつく所まで"考えて"いるんですか?」

「俺はエスパーじゃないんだ、そんな所まで分かっている訳ないだろう。」


「そ う で す か」

1文字1文字に若干の空白が入っているような風に言っていた梓は、まるで刀の切っ先を目元に近づけるように辰実に近づいて黒色の瞳を覗き込んだ。辰実からすれば梓はグレーのアイシャドウを使っている事が分かるぐらい距離が近い。少し見開いた目が、少しだけ彼女を不機嫌に見せる。


「何か知っていたらいいなと思ってるぐらいだよ(やばいちょっとだけドキドキした)」

"帰ったら愛結にやってもらおう"と思いつつ、辰実は乱れてもいないスーツの襟を直し話を続けた。



「…私は、黒沢さんの意図がよく分かってません。」

さっきは水晶体の奥まで覗き込んできたと思えば、急に梓はそっぽを向く。こんな事を考えるのがいい事かどうか辰実は一瞬迷ってしまったが"可愛いな馬場ちゃんは"と思ってしまう。


こういう緊張感の無さは、辰実の良い部分でも悪い部分でもあった。



 *


辰実曰く、爆弾の事について"話を始める"ための条件は"迷惑行為を反省させる"事だった。梓もそれは認識している。…城本の動画配信による一連の悪行に一区切りの解決が見えたところで、梓は次の話題を切り出す。



「…もう1つ、訊きたい事があるんです。」


"何かある"と眉をしかめた城本を気にする事なく、梓は話を続ける。

そして机の上に置かれたのは、"プラスチック爆弾"と"爆弾の置かれていた状況"を撮影した写真。



「貴方の部屋から見つかりました。ちなみに本物です、信管が刺さってたら爆発してましたよ。」

城本の顔が青ざめる。まるで今までに見た事もないような恐ろしい物を見つけてしまったような恐怖の色が、彼の肥沃な頬に滲んでいた。


「何だよこれ…」

"これが演技だったら相当ヤバい奴だな"と城本の様子を辰実は眺めていたが、この状況に及んで"嘘をつける"状態で無い所までメンタルを折っている。辰実は"自分の部屋にあった爆弾なのに、あった事をそもそも知らない"可能性を察した。


「待てよ、これ放っといたら爆発するじゃねえかよ!」

取り乱して、城本は梓に掴みかかった。不意を突かれ驚いた梓は、自分の両肩を掴んだ城本を振り払おうとする。程なくして辰実が間に入り城本を力ずくで座らせ、事無きは得た。


…息を荒くした梓は、数秒の間自分の体を守るように腕を組み、城本を見下す。


「交代だ」

辰実の指示に頷き、席を変わる梓。


「写真をよく見てくれ。この"信管"という部分だが、これが爆発する部分に刺さっていないといくらスイッチを押したって爆発しないんだ。」

写真に写っている、銅線に繋がれた小さい管のような物を辰実は指さし説明する。


説明をした事で、平静を取り戻す城本。


「何で爆弾が俺の部屋に」

爆弾と言われて取り乱した事、そして"仕組みを知らない"事から、部屋に設置されていた爆弾に彼が関与している事が無いと2人は理解した。当然ながらその旨の供述も耳にする。


(…さて、ここからは刑事頼みだな)


もう片方のカメラマンは、"叩けば確実に埃が出る"。ひとまずの援護射撃として、辰実は梓に"これまでの取調で得た事"についてすぐ刑事2人に報告しに行くよう指示を送った。

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