作戦の意味

(前回までの話)

しだまよう(本名:城本義也)の迷惑行為の証拠品データを押収するため、家宅捜索を行っていた辰実と梓。整頓された部屋に驚きながらも、梓が押し入れの中を調べていた時に"プラスチック爆弾"が発見される。



 *


「…よくもまあ、こんな物騒なモノを家に置いてるモンだ。」

「ええ。私も部下から報告を受けた時は肝を冷やしました。」


この場で鑑識の男から話を聞いている自分よりも、"カフェで爆破事件に遭遇した"辰実と梓の方が動揺していた事だろうと片桐は思いながら、鑑識作業の結果を聞いていた。…少し離れた場所では、爆弾の発見を知った刑事達がまるで火でも点けられたかのように騒がしい。


鑑識係長の米原は、片桐の1年上の先輩であった。ガタイは良いが繊細な作業を好む男で、黙々と作業をしている事が多いと専ら話に上がる男なのだが、片桐とは馬が合う。


「それよりも結果だったな、爆弾からは"指紋"が多量に検出された。…照会にかけてみたら、防犯対策係が捕まえてきた2人のうちの1人のものだった。」


(発見された場所に住んでいる人と、そのカメラマンだから"どちらも"持ち込める可能性はあるか)

普通に考えるのであれば、"城本が爆弾を家に持ち込んだ"と考えるのが妥当だろう。


「さて、どっちの指紋だと思う?」

「カメラマンの方ですか?」


そういう風な事を言ってくるのであれば、城本では無いのだろうと思っての回答であった。更に言えば、"爆弾を触れるようなメンタルの強さ"が無い事も理由にあった。


「正解!」



 *


生活安全課、課長席の前の応接テーブル。いつものように宮内は"禁煙"のポスター前で堂々と煙草をふかしながら辰実と梓の報告を一通り聞いていた。事が事だけに、いつもの余裕をかました様子は緊張感のある様子で蓋をされ、どこかに追いやられている。


「しかしお前は、ここに来てから爆弾に縁があるのう。」

「今年は厄年では無いのですが…」


宮内は、煙草を吸って少しだけ煙を吐き出す。爆弾を発見した本人であるにも関わらず、少し張り詰めた様子の梓に対して飄々としている様子の辰実をまじまじと見つめていた。


「さっき署長に報告しに行ったら泡食った顔しとったわ。せやけど黒沢、お前は冷静やのう。」

「1人ぐらい気の抜けた様子の奴がいてもいいでしょう」


"お前はそれでええんや"と言いながら、消えかけの煙草の火を灰皿に擦り付けて宮内は消した。


「それで今回の事件については、"刑事"も加わって捜査する事になる。さっき署長からワシと刑事一課長に指示があったわ。」

「…"迷防"の件はまだ片付いてませんが、並行して爆弾の出処を調べていく、と?」

「そうやな。城本と、坂村…言うたか、あのカメラマンの奴。そいつらから爆弾についての入手作成までの経緯がメインになるけど、動画配信の事も聞かなあかん。」


「…まあ、爆弾の事の方がウエイトは高いわ。」

生活安全課長としては、迷惑行為も看過できないものの、今回については事が事だけに宮内も何も言えない。


"迷防は迷防で片づけなあかん"とは言いたいものの、署長指示である事が宮内の口を紡がせたように梓は感じた。その様子を眺めていた辰実の目の奥だけが、周囲より少し低い温度を持っている。


「取調べについても、刑事と合同でやってくれとの話や。…防犯対策係からは、黒沢と馬場ちゃんか?」

「はい、黒沢さんと私です。」

「馬場ちゃん、取調べの経験は?」

「万引き犯を、一度だけです。」

「…黒沢がついとったら大丈夫やろ。相手を下手に刺激せん事や、それだけ守れば後は何とかなる。」


"分かりました"と梓が頭を下げた所で、只ならぬ雰囲気を醸し出すスーツ姿の男2人組がやって来た。少しでも隙を見せればたちまち食い殺しにかかってきそうな、そんな獣のような雰囲気に梓はポカンとしていたものの、辰実は少しだけ笑みを浮かべた。


(頼んだで、黒沢)


心の中で辰実にエールを送り課長席に戻った宮内は、2本目の煙草に火を点けた。


やってきた男2人は、白髪交じりのオールバックに口ひげを蓄えた男と、背が高く真面目そうな男であった。口ひげの男は、"ドラマからそのまま出てきた"ぐらいに刑事だと分かる見た目をしている。後者の男は刑事一課でも真ん中ぐらいの立ち位置で板挟みになっているのか少し険しい顔。


「刑事一課の大門(だいもん)だ、よろしく」

「同じく、松島(まつしま)です。」


白髪交じりのオールバックが大門、背の高い真面目そうなのが松島。合わせて辰実と梓も"生安の黒沢です"、"馬場です"と挨拶を返した。


「取り調べは、俺達が入らせてもらう。…早速だが、爆弾を家に置いていた奴の方から行かせてくれないか?」

"指紋がある"だけでは城本に対する爆弾への疑惑は晴れない。そんな状況を考えれば、"置かれている"部屋の持ち主から当たるのが当たり前なのだろう。



「申し訳ありませんが城本の方は、俺達に当たらせてくれませんか?」



事件の大きさと、先述の状況を考えれば迷惑行為の首謀者を刑事が取調するのであろうが、辰実は"違う方"を大門と松島に提示した。


「その辺の迷惑行為と、爆破事件の違いは分かってるだろう」

大門の顔は険しかった。事件が事件である以上、その畑の者を優先して行動すべきのハズなのに目の前の若い男は"逆"の事を提案してきたというのである。"訳の分からない話"をいきなりされた男の様子に、辰実は涼しい顔をしている傍らで梓は圧力をかけられたような面もちで冷や汗をかいている。



「分かっているからの提案です。」

「いい加減を言っている訳では……無さそうだな。」


落ち着いて話をしている様子から察するに、"何か考えがあって言っているのだろう"と大門、松島の2人は推測した。梓も、辰実が突飛な事を何の考えも無しに言う男では無いと分かってはいるが、その考えを察する事はできていない。


「黒沢さん、理由を話して欲しいです」

大門と松島のどちらかが、辰実の考えている事について質問をするつもりではあったのだが、"取調をする以上、コンビとして作戦を訊かなければ分からない"という気持ちが、梓に最初の質問をさせた。


辰実は、刑事2人を一瞥し、その後に梓へと視線を向け…


「どちらかと言えば、城本の方が簡単に自白するかと思います。…ふざけた奴ではありますが、少し睨みを利かせれば簡単にゲロってしまうかと。」

「じゃあ、もう片方は?」


上背を前にし、大門は辰実の話に"体ごと"耳を傾ける。


「これが、何を考えているか分からない男でして。常にニヤニヤしていますが目は笑ってない、まるで"こちらの"出方をずっと観察しているような男です。」

「…一筋縄ではいかない、という事か。黙秘の可能性もある、と?」

「そうですね。」


"なら、城本の方が吐かせやすいという訳か…"と松島は呟く。"ええ、あの手合いは圧力に弱いです"と辰実も続けて説明を入れていく。


「ですが、もっといい方法があります。"凄腕の刑事が坂村の取調に入った"と言って揺さぶりをかけるだけですが。」


「…………」

大門は何か思う所が分かったような表情をしているが、松島はまだ分かりかねるという表情をしていたので辰実は更に説明を続ける。


「動画の撮影データが消えて焦ったと思えば、なりふり構わずテレビ局の生放送に突撃してくるような輩です。心理的に揺さぶってしまえば圧力をかけるより先に根をあげるでしょう。」


「で、そうやって"本当の事を言わないとヤバい"と追い詰めていくのか?」

「…まあ、そうですね。」


大門は辰実の話に耳を傾けてはいる。しかし、"辰実の作戦に任せてもいい"と思うラインまではあと少しの状況で、その"あと少し"を彼の発言に求めていた。


「時間は、5分でも貰えれば十分です。…その間にちゃんと吐かせますので、その後は2人にお任せします。」


自白の可能性が高い方を"確実に"自白させ、そこから得た事実をもって"もう片方"に自白を促すというのが辰実の提案であった。ここまでの説明で、辰実以外の3人は"理にかなっている"やり方だという事は十分に理解していた。



「…であれば、任せてみよう。こちらは早速、坂村の取調に入らせてもらう。」

「よろしくお願いします。」


話がまとまった所で、急ぐように大門は松島を連れて生活安全課を後にする。辰実と、辰実の動きを待っている梓は暫く2人が出ていく様子を見送っていた。


「さて、俺達も取調だ。」

作戦の意図について、理解はできたが"もう少し"引っ掛かる所があった。辰実であれば城本でも坂村でも"どちらでも"自白させる方法を思いついただろうに、”城本”を指名したのは何故か?それを訊く前に辰実が立ち上がってしまったために梓はタイミングを逃してしまう。


「俺がフォローしていくから、馬場ちゃんは思うようにやってみてくれ」

「分かりました」

深々と頭を下げる梓。そして彼女を先導するように辰実が歩き始める。梓が振り向いた先には課長席に座っている宮内の姿がぼんやりと映っていた。


…宮内は、笑みを浮かべながらプルタブを起こした缶コーヒーを掲げている。



(迷防は迷防で片づけなあかん)


宮内が言っていた言葉を思い出した時に、辰実の意図が初めて分かった。…爆弾の件について調べる事もごもっともであるが、それによって印象が薄くなってしまった"しだまようによる一連の迷惑行為"も被害者がおり、迷惑に苦しんだ人がいる。だからこそ"解決しなければならない"のであり、それを蔑ろにしていい理由なんて無いのだ。


辰実は、宮内の気持ちを汲んでの作戦を考えたのである。



(よし、頑張らないと!)


改めて宮内、辰実の考えを理解する事ができた梓は、深呼吸し意気揚々と取調室に向かった。近くにいた辰実も、いつもと違って意気の増した梓に"上手くいくだろうな"と心の中でほくそ笑む。

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