1日目・踏まれた尾の痛み
(前回までの話)
ピカチンから聞き込みを行っていた辰実と梓であるが、駒田から"愛結がしだまの迷惑行為に遭った"話を聞き、片桐から"退勤した愛結の車をしだまの車が追っていった"という話を聞いたため急ぎ自宅に向かう。
到着した時にはもう、男2人に挟み撃ちにされていた愛結と、双子を発見した辰実は帰宅していた燈の協力を得て家族を自宅内に避難させる事に成功。そのまま商店街を強盗から救った"アヌビス"へと変装し迷惑配信者2人を撃退する事に成功した。
*
新東署、生活安全課
"しだまよう"とカメラマンを撃退した辰実は、再度の突撃を懸念し娘3人を夫婦それぞれの実家に避難させる事にした。梓と協力して燈は辰実の実家へ、希実と愛菜は愛結の実家へそれぞれ避難させた。
…愛結は、と言うと"今あった事を会社に報告しに行く"と単身"わわわ"へ戻っている。
「助かった馬場ちゃん。さすがに夫婦の実家まで突撃してくる事は無いだろう。」
「いえ、家族皆が無事で良かったです。」
一安心した様子の辰実は、まだ冷えている缶のコーラのプルタブを起こし、勢いよく炭酸を喉に流し込んでいる。…コンビを組んでまだ1ヶ月経っていないが、何故か梓はこの様子を見ると安心するようになった。
「ひとまずは無事に終わったけど、次は誰が何をされるか分からない状況は続いてる。」
"一旦、話をまとめましょうか"と、片桐は防犯対策係の4人に声を掛ける。
いつものぶっきらぼうな表情で缶をデスクに置いた辰実、腕を組んでどっかりと椅子に座って眉をしかめている駒田、意気込んだ表情の重衛、そしてやや緊張気味の梓と、4者4様の様子が片桐にとっては面白い。
「…まず私から。篠部怜子が生放送中に突撃された時の防犯カメラを確認したんだけど、施設内で通常使用される階段やエレベーターで入った所は見なかったわね。」
"非常階段を昇ってフロアまで入ってきた可能性が高いわ"と片桐は憶測する。
駒田は怜子から聴取した内容を報告していた。既に片桐に報告し辰実には連絡していた内容と一緒であり、簡単に済ませる。辰実もピカチンから聴取した内容を話すが、結論を言えば"逮捕を利用して自分の知名度を上げようとすり寄ってきて全く話にならなかった"という内容であった。
…それにしてもやかましいデブと、殴ってもヘラヘラしてそうな工学部系男子の2人組が、せっせと非常階段を昇って悪戯(と言っても犯罪レベル)をわざわざしにやって来るとは滑稽な話である。
「変な奴が2人も堂々と社内を歩いてたら警備員に捕まるでしょうし、普通は人が通らない所から入ったと考えるのが妥当でしょうね。」
"…そう考えると、割と頭使ってやってるんですよねこの迷惑達は"と笑った辰実の様子には、未だ尾を踏まれた虎の様子が滲んでいた。
「…やってる事は馬鹿だけど、利口ではあるわね。」
ここで、重衛が手を挙げる。
「些細な事かもしんないんすけど、"目立ちたい"んなら堂々と来ないの?って思うっす。」
コーラを喉に流し込んで、重衛の質問に答えを述べようとしたのは辰実だった。
「行動を見る限り、"有名人にあやかる"事にこだわってる。アイドルユニットの新メンバーとか、女子大生しながらグラビアやってるとか、"話題"にも食いついてるな。…そうなると道中で表に出てこないスタッフや警備員に関わっても無駄だと思うのだろう。」
"…あと、考えられるとしたらもう1つ"
「誰にも見つからず"いきなり"出てきた方がインパクトがある」
「インパクト、ですか」
「…例を言うなら”舘島事件”だ。あの事件だって警備がいたにも関わらず"発生"まで誰も犯人の不審さに気づかなかった。」
分譲マンションの見学イベントの現場にて、23人が殺害された事件。その現場で犯人を射殺した辰実にとっては忌むべき話であるが、"どこから誰が出てくるか分からない恐怖"があるという点ではよく似ていると彼は考えている。
"何かが脅かされる危険"。愛結に危害が及んだ事は、そこまで辰実の心に打撃を与えていた。
「………」
片桐も駒田も、真剣な面持ちで辰実の表情を見つめている。
「2人とも、面白い事を思いついたんだけど、いい?」
「何すか?」「何でしょう?」
「…"いつどこで何をされるのか分からないから怖い"と思うのなら、いっそ来るように仕向ければいいと思わない?」
人差し指を辰実に向け、"いいでしょ?"と目線で片桐は辰実に訴える。
「ワザと突撃させるって事ですか?」
「"突撃させる"って…。わし達は"逮捕すれば"それでええですが、"わわわ"がそれで納得するかどうか…」
辰実も駒田も、"わわわ"に負担をかけない方法を模索してはいたが、片桐の考えている事はまた別の方向を行っているような気がして、口を挟まずにはいられなかった。
「"生放送"にしなければ何とかなるわ。後は"わわわ"の社内で逮捕してしまえばいいのよ、署に連れ込んで映像消させれば何も残らないし。」
「力ずくのやり方ではありますが、俺はいい案だと思います。」
「私と馬場ちゃん以外は得意でしょう、"力ずく"?男らしくていいわ、寧ろそっちの方がタマンナイ!」
(初めてオネエらしい事言いましたね)
(一応、片桐さんは男好きだけどホモじゃないからな)
梓のツッコミが入った所で片桐の名誉のために言っておくと、片桐はオネエ言葉で話し、イケメンは好きなのだが本当にホモではない。美容師の女性と結婚して7年目になるという話で、実際は表面上のオネエであった。
「他の人はどう?」
「わしは賛成です」
「…俺も、力押しの方がいいっすね」
「私はそれで"目的"に沿って逮捕できるなら構いません」
全員が"賛成"で一致した所で、片桐は作戦の説明を始める。
「……」
「……………」
「…………………」
内容はシンプルかつ確実な方法であった。先程ドアの押し合いをした事から、辰実がしだまの力量をよく理解している事から実際の取り押さえに関する話はスムーズに進んでいく。
「…じゃあ、打ち合わせ通りで。明日の"わわわ"での番組収録に入れるよう私は掛け合ってみるから。」
片桐の一言で、その日は解散となった。
*
時間は、午後8時を少し過ぎた所である。
仕事を終え、何をするかと思っていた饗庭康隆(あいばやすたか)は、最近言っていない格闘ジムに顔を出そうかと思っていた所であった。
(たまには体動かさんとなー、鈍ってしゃあねえ)
仕事と言われれば、雑誌編集員である。どこの編集員かと訊かれれば"わわわ"と並ぶローカル誌の"てぃーまが"で、スポーツ関係やトレンド関係の取材を行っている。
…ここまで来れば勘の鋭い読者の方はお気づきになられるかもしれないが、この男は辰実が"てぃーまが"にいた時の同期だった饗庭という男本人なのだ。
黒沢辰実が新東署に異動となる前に商店街で起こっていた連続強盗事件や、"てぃーまが"の社員と"わわわ"の読者モデルが行っていた脅迫事件と、辰実が関わってきた一連の事件への関与が疑われていたのだが、"てぃーまが"は一切を否定しているという状況ではない。
勿論の事、辰実も"関わっているかどうか"は分からない状況であった。
(ジムにでも顔出してみるか、オーナーにも会いたいし)
若松商店街の一角にある"961フィットネスジム"。若い頃から饗庭はここでボクシングを嗜み、アマチュア選手としても活躍するに至っていた。それだけにオーナーとも親交が深い。
(何か差し入れでもと思ったけど、また今度でいいや)
身体を動かしに定期的に来ようと思ったので差し入れにドリンクを買うのはまたの機会でいいと饗庭は思いながら、ジムの自動ドアを開けて受付へと入る。
*
「どうもこんばんはー!"しだまよう"でっす!…今日はここ、"961フィットネスジム"にやってきました!」
"とりあえず五月蝿い"というのが道行く人の気持ちだろう。ボサボサプリンに肥満体の男がカメラでさつえいされながらデカい声で喋っているのだ。迷惑そうに眺める人もいれば、"あ、アレはしだまじゃね!?"とテンションを上げる若者だっている。
実際に"迷惑行為"を行う動画配信者に対しては批判の声もあるが、その傍らで"支持"の声も一定数ある。鬱屈した現代人にとっては"自分がやれないような事をやってのけるような人間"である事に敬意を持っているし、そもそも"動画配信者"といった"非現実的な"所にいる場所にいる人に求めているのは"常識外、規格外"の事である。愛結や怜子のような"グラビアアイドル"だって、普通の人とは違った綺麗さや可愛さが求められている事もその一例であるのだ。
…しかし、"常識外の事をやる"と、"他人に迷惑をかける"を一緒にしてはならない。現に個人や会社への被害が出ている以上、このような輩は成敗しなければ街、ひいては社会が悪い方向に行ってしまう。
「やっぱしカワイイ子とか強い人とか、もっと注目してもらうには"俺自身も"強くないと!…え、俺?中高は柔道やってたし、プロレスとか好きだし強いぜぇ!?」
自動ドアが開き、堂々と入っていくしだまと、その後ろを媚びるようにカメラマンが撮影しながら追っていく。受付の若い女性が、"こんばんは、どちら様で?"と聞くと、"T島県1の大物になる男!"とビッグマウスを躊躇なく飛ばして見せる。この肝の太さは、ある意味"大物"と言っていい。
慌てふためく受付の女性を無視しながら、堂々とトレーニングスペースへ2人は入っていく。柔道の試合ができるぐらい広いフリースペースと、サンドバッグや各種フィットネスに使う道具が並べているスペースに、10数人の男女が思い思いのトレーニングをしていた。
…その中に、黒い薄手のウインドブレーカーにタイガーストライプのハーフパンツ、そして黒いロングスパッツ姿の、暗い茶色の無造作な髪をした男が1人、サンドバッグを相手にしている。
今しがたジムに乗り込んできた2人は、その男が"蔵田まゆ"の家に突撃した時にやってきた警察官の男(=辰実)だという事は、言われないと思い出さないレベルで忘れてしまっていた。
「たのもー!」
「え、誰?予約してた人ならさっき来たけど?」
見覚えも予約に覚えもない男2人、しかも1人はカメラを構えて現れた事に、ジムのオーナーは驚いて2人にとりあえず名乗るよう促す。
「道場破りならぬ、ジム破りだよ!このジムで一番強い人と戦いに来たのさ!」
「おー、でっかい事を言うなあ」
呑気な様子のオーナーに、"あれは最近、市内でグラビアとかにちょっかいかけて回ってる動画配信者ですよ"と声を掛けたのは、さっきまでオーナーと話をしていた、ソフトモヒカンに顎髭をたくわえた、高身長でガタイの良いスーツ姿の良く似合う中年の男。
「饗庭ちゃん、物知りだねー」
「俺の業界なら誰でもアイツを警戒しますよ」
饗庭とオーナーの前で、ニヤニヤしながらファイティングポーズのしだま。"ナメてるなコイツ"と心の中で思いながらも、饗庭は事の成り行きをややこしくしないよう、オーナーの様子を見守っていた。
「まあでも、相手してあげないと可哀想じゃない?格闘技って、ナメた真似する子にはちゃんと鉄拳制裁してあげないとさ。」
オーナーの視線は、"強い人"代表として饗庭を指名している。"そりゃあ、そうですけど…"と歯切れの悪い饗庭は、あまり乗り気では無かったようだ。
そんな饗庭を、少し離れた場所で見かねた男が1人。
「…なら、俺が行きましょうか?」
辰実である。少し歩み寄ってきた彼の視線は、"しだまよう"の先にいる饗庭を見据えていた。
饗庭は眉をしかめる。見知った間柄ではあるが、こうやって顔を合わせるのは7年近くぶりだった。…が、今はそんな状況ではない。
「黒沢さん、今日は体験できてくれたんじゃない。」
"それがジムを代表して戦って大丈夫か?"と心配していたのはオーナーの気持ちであったが、ふと思う所があって饗庭は"まあそう言わずに"と腕を出してオーナーを宥めた。
「あのデブとは体つきが違う、あの体験で来た彼は普段から鍛えてますよ。」
「…そう言うのなら任せてもいいけどね」
饗庭のファイトが見たかったようであるが、その場は寛大な所を見せてくれたオーナー。"黒沢さん、負けちゃダメよ"と一応の釘だけ刺しておく。
オーナーの了解が出た所で、2人の対決が決定。…先程まで斜に構えていた様子の辰実は、急に張り詰めた様子になっている。
「やっちゃうよお兄さん?楽勝でKOしてやるぜ?」
ここで説明をしておくと、辰実は小学生の頃から空手をやっていて、一応ながら高校3年生の時には全国大会に出場している。大学では2年間、柔道をやっていたが初段を取ってすぐに柔道部が廃部となったために残りの2年間は空手をやっていた。…ここまで言えば、"格闘"に十分強い事が分かるだろう。
素人が安易に元ボクサーに喧嘩を売るという事も失敗ではあるが、それを"偶然にも回避"した先で辰実に喧嘩を売ったという結果もまた"失敗"と言っていい。それを本人がこれからの数十秒の間に"痛い程"理解する事となるのだが、この作者的にも"当然の報い"であると言いたい。
———虎の尾は、踏んではならなかったのだ。
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