1日目・危険はまた別に

(前回までの話)

迷惑動画配信者"しだまよう"の行った迷惑行為について、聴取のため"わわわ"に防犯対策係3人が向かった傍ら、残った2人(辰実と梓)は"グラビアが実際に突撃された"動画を確認し、篠部怜子の他に被害に遭った人物をリストアップ。"わわわ"とは別の方向で迷惑行為の内容について事情聴取を行う事にした。



 *


"わわわ"オフィスビル。


新東署管内と言われればギリギリのラインで、市内の中心地でもオフィス街については受け持ちとなる。事故が起これば警察官どうしで受け持ちの押し付け合いなんて事もあり、まだ立場の弱い新東署は中央署によく事故の対応を押し付けられる事があるそうだ。


…今回の事も、半ば"押し付けられた"と考えてもいい。


実際、警察官の見えない押し相撲なんて市民にとってはどうでもいいのだ。どれも"警察官"という一色単、まだその色が分離して見えないだけマシな状況なのかもしれない。



オフィスビルの20階から見える、血管と赤血球のようにも思える道路と行き交う車の様子が、怜子の視界には重苦しく感じられる。社内に併設されたカフェスペースの端の席で、彼女を視界にとらえているのは筋肉質の警察官2人。大柄な男と小柄な男だった。


昼下がりの陽光で、怜子の長くて暗い茶色の髪が鋭く縁取られる。



「…いきなり突撃されたと思ったんですが、その後に"よく見かけていた人だ"って思い出したんです。」

「辛いかもしれんけど、具体的に"どの場所で"見たか教えてくれんじゃろうか?」


駒田と重衛は、ひとまず"玲子が生放送中に突撃された"事について、詳しい状況を聴取していた。直接の面識はあった訳では無いが、"よく見かけていた"と言うのは有力な証言であった。


篠部怜子について触れておくと、地元の国立大学に通いながらグラビアアイドルとして活動している。生活については1人暮らしで、自宅付近のスーパーやコンビニを利用しているとの事だ。


他にもグラビアアイドルやモデル活動をしている女の子と、"わわわガールズ"というユニットを結成しているそうで、担当の色は青らしい。


「家の近くのコンビニと、大学の駐輪場、あとは食堂でも見かけたし、講義室でも見かけた事があります。私の住んでいる部屋の、インターホンにカメラがあるんですがそれにも映ってました。」

「大体、いつ頃から見かけるように?」


怜子からの聴取内容をノートに手早くまとめながら、補足を加えるように重衛が質問する。


「5日ぐらい前です。突撃されたのが一昨日で…」


(家まで特定しとる。恐らく大学から尾行しとるんか、外道が。)

(気持ち悪いっすね本当に)


元気のない様子の怜子が、一番それを思っている事だろう。ただ"自分勝手な事情で"自分の仕事を台無しにされた挙句、自宅まで付きまとわれるとは不幸としか言いようがない。



「すいません、これは会社から"絶対に言わないように"と言われてるんですが…」


問題はまだあるようだ。"わし等の口は堅いけえ"と駒田は玲子の話を促す。



「昨日の夜、私が家にいた時に"突撃されました"。一昨日の撮影中に言われたような事と一緒の事を玄関口で叫んでいたんです。」

("わわわ"から口外するなと言われたんは、売名行為に肩入れせんようにという訳じゃな)



「重、何か他に訊かないかん事はあるか?」

「あるっすね。…怜子ちゃん、これは答えられる範囲で構わないんだけど、"わわわ"で"しだまよう"に他にも迷惑かけられたって人もいると思うんだけど、そんな話は聞いてないかな?」


突っ込んだ質問であるが、これ以上の被害を避けるためには有力な情報になり得る。


「"わわわガールズ"の新メンバー告知の撮影日に突撃された後、新メンバーの3人から"辞めたい"と相談されたぐらいで…」


これに関しては、当人だけでなく怜子にもショックの大きい出来事だろうと思うが、次に彼女が発した言葉は駒田にとっても"身近な人物の危険"を知らせる話であった。


「"蔵田まゆ"さんと4日前の夕方、帰りにお茶したんです。その時にしだまが乗っている車を見つけました、私が大学の駐車場で見つけたのと同じで、本人とそのカメラマンも乗っていました。」


(これは先に黒さんに伝えといた方がええ話じゃな)

(そうっすね)

グラビアアイドルの"蔵田まゆ"と言われれば辰実の妻の愛結である事は、防犯対策係のメンバーであれば周知の事実。もし愛結に"危険が迫っている"となれば真っ先に辰実に伝えて対策を練ってもらうのが妥当だろう。


「その次の日に、"まゆ"さんが出勤前に"しだまよう"がいきなり現れて"コラボしてくれ"と言っていたそうです。勿論、断ってまとわりつかれながらも何とか出勤してきたらしいんですが、これも"会社"から口外しないようにと言われたと。」


「…なら、ご主人さんは"知らん"という事じゃな。」


"わしは一報入れてくる"と駒田は席を立つ。その間に重衛は"まだ見落としている点は無いか"とノートを確認する。辛い気持ちをこらえ、それでも"迷惑な配信者を必ず捕まえて下さい"と言う一心で怜子は聴取に応じてくれた。その気持ちに応える為にも、ここで"聞き逃し"があるような事はあってはならない。



「もし、私みたいに家まで来られて愛結さんが"家族まで"被害に遭ってしまったら…、と思うと怖いです。あの迷惑な配信者を、"絶対に"逮捕してください。」


自分の事よりも、"愛結とその家族"の事を案じている怜子の願いに応えたい気持ちはあった重衛。どこかで彼は、"できれば彼女も救いたかった"と後悔の念を抱いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る