1日目・辰実と梓

(前回までの話)

防犯対策係の今度の仕事は、"わわわ"を迷惑行為から守り、その"迷惑動画配信者"を逮捕する事である。…しかし逮捕する時の条件として、"配信者の売名に一役買わないように"という話が付いていた。



 *


「…さて馬場ちゃん。」

「はい、黒沢さんと私で"対策を考えるん"ですね」

「その前にまず、訊きたい事がある」


真剣な様子で話をする辰実に"何でしょう?"と少し緊張した様子で梓は話を促した。



「この間のお見合いどうだった?」


閉口し、少し下を向いた梓であった。"ああ、その事か"と小さく呟く。


「…私的にはダメでした。」

「あらら、駄目だったんだ。」


ダメだったという話を、中途半端な好奇心で掘り下げようとして来ない辺りに辰実の心遣いを感じた。普段は変な事ばかり言う癖に、たまにこうやって気遣いをしてくる事があるから梓は辰実を嫌いになれない。


「性格もイイ人でしたし、公務員だったし"結婚する相手"としてリアルに考えるなら凄くアリだと思うんですよ。…でも、"金髪に染めて来てた"んです、その人。」

「金髪はダメか?」

「ダメです」


"確かに金髪の公務員は何かを疑いたくなるよ"と、辰実は梓の話を肯定しながら聞いていた。


その後、金髪の公務員は職場で髪の色はおろか、肌の色ごと落ちていくのかというぐらい怒られ、その日のうちにバリカンで頭を丸めたという。


「いい男なんていくらでもいるさ。それに"ちょっと良さそう"と思ったらソイツを馬場ちゃんがいい男に加工したっていい。…言っておくが俺には妻と子供がいるからな。」

「分かってますよ、そんな事」


ふざけた事を言う辰実を横目に、"私も黒沢さんの奥さんぐらい美人だったらなー"と思ったが口にはしなかった。あれだけ美人なら(しかし実際の所は梓も美人な方である)引く手数多だろうなと思いつつも、梓は辰実の方を見た。


「実は黒沢さん、署内の女の子に人気らしいですよ?」

"人気、俺が?"と辰実の表情は明らかに彼女の言った事に対する疑問が感じられた。


(実際、黒沢さんカッコいいし人気が出るのも私は分かるんだけど)

「署内の女の子が"新東署でカッコいい人ランキング"と言うのを集計してるらしいんですよ。その中で黒沢さん、上位の方らしいです。」


「おい、そんな事をやってるのは誰なんだ?」

(怒ってる?黒沢さんこういう所真面目な人なのかな)


辰実は眉をしかめた様子だった。


「その人と俺に投票した人に礼が言いたい」

(やっぱり、この人がどういう人かちゃんと伝えた方がいい…)


先日からどうも、自分が辰実に振り回されているような気に梓はなっていた。



「…そんな事はどうでもいいとして、駒重が"わわわ"に行ってる間に俺らは"迷惑動画配信者"の事を調べておこう。」

と言って辰実が取り出したのはスマホであった。


「"しだまよう"ですね。」

「その通り。県内で撮影中の配信者に突撃しては、"コーラかけて下さい!"って言って名前を売ろうとする輩だな。迷惑行為の内容はともかく、コーラをそんな事に使うのは非常に許せん。」


(やっぱりそこはコーラの事を考えるんだ…)

あの言いようであれば、迷惑行為よりもコーラが変な事に使用されている事に怒っている。しかし辰実はちゃんと"仕事は"する人であると梓はよく理解していた。


手始めに件の"しだまよう"の投稿している動画を観てみる辰実。


『どうもー、"しだまよう"でっす!…今日はねー』


この男、かなり印象に残りやすい見た目をしていた。ボサボサのプリン茶髪に、体格はいいのだが肥満。これがデカい声で騒ぐものだから、"いかにも"迷惑を働きそうな若者と言っても過言ではない。


『今日は、"わわわ"に来てます!実は今、グラドルの篠部玲子(ささべれいこ)ちゃん。僕も好きですよ!何たって可愛い!それが今、生放送中。だったらこの男しだま、突撃せねばならん!』


100歩譲って、突撃したい気持ちは分からなくもない。そもそも昨日、辰実は愛結が布団の上で仰向けになってスマホをいじっていた所、Gカップの胸に突撃して怒られた事を考えれば人の事はあまり言えない。


(…いや、この男のは確実な迷惑行為だ)


場面が入れ替わり、しだまが"わわわ"の撮影スタジオに入ろうとしているシーン。"来ましたよー、スタジオ。今ここで玲子ちゃんが撮影なう!水着ですよ水着、グラドルと言えば水着でしょう!"と言って、ドアをぶち開けて数人のスタッフと、濃い茶色のロングヘアをした、水着姿の女の子がソファーに寝そべってカメラに視線を向けている場面へと突撃する。


『"しだまよう"ですーーー!!!玲子ちゃーん、俺にコーラかけてくれ!そして男にしてくれ!』


撮影現場に見知らぬ肥満気味の男が出現した事で呆気に取られる一同を気にもせず、先程までグラビアを撮影していたハズのカメラに向かって自己紹介をした後、水着姿の女の子に向かって訳の分からない発言をしている場面、それが画面に映っていた。


『え、ちょ、何ですか!?』

『有名になりたいんですよ!だから一緒に映ってくれない!』

『勝手に撮らないで下さい、これ生放送なんですよ!』

『え、マジ!?超ラッキー!』


『あ、あの男です!』

『何やってる、さっさと出ていけ!』


投稿された動画には、しだまが撮影現場に突撃し、警備員がやってきてつまみ出されるまでの一部始終がそのまま映っていた。…時間にして約10分であるが、これは完全に"迷惑行為"だと辰実は判断した。


「これで逮捕ってできるんですか?」

「できるけど、刑務所に送り込むとなったら難しいな。…弁護士によっては示談に持って行く可能性もある。」


"売名に一役買わない"と考えれば、示談で済ませる訳にはいかないと辰実は考えていた。損害賠償が出たとしても、動画の撮影(=迷惑行為)が制限される事では無い。…やりようによってはこの結果を上手く利用して更に売名の火付けになってしまう可能性の方が高い。


「じゃあ、ベストじゃないんですね」

「そうだな。」


"逮捕される時に撮影をしていたとしても、カメラを没収してしまえば動画は世に出る事は無い。…目立たないように刑務所に送り込めるのが理想なんだが…"と辰実は呟く。


配信者だけでなく、"撮影をしている人間"も抑える必要があると辰実は考えていた。片方だけを逮捕した所で解決するような簡単な話では無かった。


(…有名になりたくて迷惑行為に走る、いわゆる"炎上商法"とかいう奴なんだろうが、静かに火消しをしろと言われれば中々難しいな。駒さんと重もいるから、力ずくでも逮捕しに行く事が"できたのであれば"楽なんだが。)

今回はそれが難しい、と言うのが辰実の悩みどころだった。


(地味にやるのも捜査だ)

"コーラでも飲むか"と思いながら考えを改めた辰実に、梓が声を掛ける。


「黒沢さん」

「ん、どうした?」

梓のデスクにはスマホが置かれていた。点きっぱなしの画面には辰実も使っているSNSのログが映っている。


「黒沢さんが動画で迷惑行為を確認している間に、過去に"しだまよう"の被害に遭った人がリストアップできました。」

「ナイス馬場ちゃん、俺はいい部下を持ったな。」

「いえ、当然の事をしたまでです」


梓の頬に少しだけ紅がさしていた。褒められると恥ずかしいタイプの子なのだろう。


「"わわわ"のモデル、グラビアアイドルが基本的にはやられてるんですが、他にも色んな人がやられてます。同じ配信者で言えば、子供向けにも動画を配信してる"PIKACHIN(ピカチン)"さんとか、地方のアナウンサーや駅前のラーメン屋の美人店員とか。」


他にも梓は、ジムのトレーナーや"わわわ"のプロデューサーの名前を挙げた。


("わわわ"関係の話は他の3人が訊いてくるとして)

現在、"わわわ"に被害状況を聴取しに行っており、今回の対策と逮捕までの作戦の立案については辰実と梓に任されている。ほぼ片桐からの"全面的に"委任されている状態なのだが、これは信頼の証だろう。


「…今言った人達で、直ぐに連絡取れそうな人がいればいいのだが」

「"PIKACHIN"さんなら、商店街に住んでますので屋良さんに頼んで連絡取ってみれば…」


"屋良さん?"と聞く辰実に、"商店街に八百屋があると思うんですが、そこの店主の方で商店街のリーダー的な人です"と梓は簡単に説明をする。


「よし、頼んでみてくれ」


辰実が了解の返事をすると、梓はすぐさま連絡に取りかかった。

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