#3「長い2日間」

(前回のあらすじ)

商店街で動画を撮影していた男からの聴取と、"誰が作ったかも分からない"和服女子の写真集から盗撮犯の大路を捕まえた防犯対策係。

犯人の大路晶は元々"てぃーまが"に頼まれてカメラマンをしていたが、7年前にモデルの恩田ひかりとトラブルになった事で仕事が減ったため一杯一杯の生活を送っていた事が今回の犯行の原因として挙がる。


その事を知っていた辰実は大路の出現に的を絞り、虚無僧に扮して現行犯で捕まえる事に成功、後に取調で和服のスタジオから情報を得た経緯について聴取しようとするも、予想外に"7年前"の出来事を大路は白状した。


何故、辰実に怯えていたのか?


そして、大路が関わったという"恩田ひかり"のスキャンダルについての一連の出来事の存在が明らかになった事で辰実は"見えなくて大きな何か"の存在、その渦中に自分がいる事に気づく。



 *


宮内から防犯対策係に、仕事の話と言うのがあるらしいのだが…。肝心の宮内は署長に呼ばれたまま帰って来ない状況であった。


その待たされている間、梓は折り畳み式の手鏡でアイシャドウの塗り具合を確認していた。今日はどうも上手く塗れた気がしない、いつも塗っているグレーのアイシャドウなのに。


…程なくして、辰実が戻ってくる。年次有給休暇の申請書類を書き忘れたまま休暇に入ってしまったために会計課に呼び出され大分怒られたのだろうか、少しだけ元気が無さそうに見えた。



「あ、黒沢さん」

「どうした馬場ちゃん今日も可愛いな」


"嬉しいですけど今はそういう状況じゃないんですよ"と恥ずかしそうに梓は目尻の辺りを念入りに確認していた。"これは化粧ミスったヤツだな"と辰実は察し、何も言わず自分の席に座った。



「馬場ちゃん」

「明日からチャイナドレスで出勤してくれ。最高気温が30℃を超える日は水着で出勤してくるように。」

「話がよく分かりません」


突飛な事を言い出す辰実に、梓も思わず手鏡を畳んでしまった。


「防犯対策係のモチベーション向上のためだ」

「もっと別の方法があるハズです」


いきなり"チャイナドレスで出勤しろ"と言われたら当然の反応だろう。そんな梓を気にも留めず辰実は"重もそう思うだろ?"と重衛に話を振っている。"モチベーションの上がりヤバいっすね"と重衛も満面の笑みで答えた。


「黒さん、丁度わしも同じ事考えとったとこです」

「私も馬場ちゃんのチャイナドレス姿は見てみたいわね」


片桐、駒田も加わり、完全に"4対1"の状況になる。これは梓が最も危惧していた状況であったが、"片桐さんがオネエの部分は喋り方だけだった"という事を思い出し素直に不利を認めた。


「無いですけどね、チャイナドレス」

「横浜の中華街か神戸の南京町に売ってるぞ」


「黒沢さん、奥さんは着てくれないんですか?」

何とか必死の抵抗をする梓。辰実の妻がグラビアアイドルだという事に着目したのはいい点であるが、相手は"ああ言えばこう言う"黒沢辰実なのである。


「君はグラビアが家でも水着姿で生活をしているとでも思っているのか?」

(言い返させてはいけなかった)

「俺達は仕事のモチベーションの話をしている所だぞ?」


…と言った所で、宮内が登場である。



「防犯対策係は楽しそうに何の話をしとるんや?」

煙草を吸おうとしたが、課長席から離れた場所であり灰皿が無かったため宮内は諦めた。防犯対策係は5人が5人、"非喫煙者"だったのだ。"さすがに駒田は消防士やったんやし吸うやろうと思ったんやけど"と少しだけ悲しそうな様子であった。


「係のモチベーション向上のために、明日から馬場ちゃんにチャイナドレスで出勤してもらおうかと」

ここまでふざけた話を、真面目な顔で話している辰実に、"困ります"を通り越して笑いそうになっていた梓であるが、何故か"笑ったら黒沢さんにまた変な事言われる"と思い我慢する。


「…おう、ええぞ」

片桐、辰実、駒田、重衛の4人の表情がキラキラし始める…


「せやけど、そうなったら馬場ちゃんはワシの秘書になってもらうぞ」

「馬場ちゃんが課長秘書になってしまったらモチベーションが上がりません」


"この話は取りやめだ!"と吹っ掛けておきながら白紙に戻そうとする辰実の様子は滑稽であったが、"あ、でも大事に思ってくれてるんだな私の事"と少しだけ辰実を見直してしまった梓であった。



「そんな事よりや。防犯対策係に回したいと思う仕事がある。」


この話を実は待っていたんだ、と言わんばかりに5人が5人とも先程のふざけた様子から一転。完全に"仕事の顔"に切り替わっている所を見る限り、新東署の生活安全課防犯対策係は紛れもなく"警察官の集団"である。



「ここ最近、"わわわ"のアナウンサーやモデル、グラビアにストーカー行為を繰り返したり動画の出演を迫ったりする"迷惑な"動画配信者がおる。お前等には"わわわ"での対策を練るんと、"ソイツの売名に一役買わんように"配信者と撮影者を逮捕してくれ。」


ネットワークやメディアツールの普及により誰もが持っている"スマホ"でも動画を撮影編集できる等、TPOを問わず誰もが"ミニコミ"となれる時代である。その取り払われてしまったTPOの壁が無ければ、迷惑行為や強制突撃で名をあげようとするミニコミの存在も勿論の事考えられるし、懸念もされている。


…このように"行き過ぎた"ミニコミを相手取る事がごくごく普通の時代にはなってきていた。マスコミの"わわわ"を警察が守り、ミニコミを排除する。小が大を脅かす時代。


"わわわ"と聞いた梓は思わず辰実の方を見たが、いつもやっているように口に手を当てて真剣に宮内の話を聞いている様子であった。


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