線の端

(前回までの話)

盗撮犯の出現を予測した上で、変装しお見合い現場に潜入。そして見事に犯人を捕まえた辰実、駒田、重衛の3人であった。




 *



「…盗撮犯だけど、昨日の昼前に交番に泣きながら自首してきたわ。」


辰実を含む3人が虚無僧になりすまし、大路を捕まえた翌日。朝方に少し眠そうな様子で片桐は事の次第を辰実に報告していた。勿論の事、大路に自首をさせたのは虚無僧に扮した(革ジャンの時点で扮したと言えるかどうかは疑問)辰実と駒田と重衛であるため言われた所で状況はよく理解している。



「革ジャンを着た虚無僧に追いかけられたとも言っていたわね。」

「そんな訳の分からん事があるんじゃな」

「虚無僧も坊さんですから、善行を重ねたかったのですよ」


片桐は上機嫌そうで、先程から何も話さない重衛を見てニコリとする。…重衛の反応はと言われれば、少しビックリした様子で、一瞬経った後は何事も無い様子であった。


梓が小学校に防犯教室をしに行っているためにここにいないから本当の事を言ってもいいのだが、もしかしたら虚無僧の正体がバレているかもしれないと重衛は危機感を抱いてしまうが、辰実と駒田は"そんな事は知らないな"とばかりに平然としている。これがデキる男の余裕というモノだろう。



「商店街ではこの事を機に、革ジャンを着た虚無僧をゆるキャラにするらしいわよ」

「侍の恰好をしたアヌビスに続いて、本当に節操が無いですね」


…と言って、辰実は席を立つ。


基本的な取り調べは片桐が行ったが、"盗撮をした人の情報"については今回の取り調べで辰実が行うという話になっている。捕まった昨日は頭がパニックになっていたのだろう。



 *


取調室。


昨日の衝撃を引きずっているのか、机を隔てて狭い部屋に座らされていた大路はうなだれているように見えた。少しだけ冷たい視線を送った後に、辰実は静かにパイプ椅子を引いて彼の正面に座る。


「弁護士を呼ぶ権利と、言いたい事は言わなくていい権利があります。でも嘘を言っていいという訳では無いのでその点理解しておいてください。」


うなだれた様子のまま、大路は頷いた。


取調という"非日常"が余程こたえているのだろう。



「質問に入りますよ。"盗撮した"人の情報、どこで手に入れました?」

「商店街で和服をレンタルしてるスタジオから」


ここで問題となるのが、スタジオが"共犯関係"にあるかどうかである。これに関しては利益供与といった証拠でも残らない限り"証明が難しい"話ではあるが意見の食い違いがあったとしても大路の口を割らせる材料には十分になり得る。


…のだが、辰実にはもっと有効な方法があった。



「これはスタジオにモラルもへったくれも無いですね。これで共犯だったにせよ無かったにせよ、スタジオは"女の敵"ですよ。…まあ、大路さんが心配する事では無いですが。」


"女の敵"


これは7年前に大路が"てぃーまが"でモデルの女性と揉めた際に言われた言葉であった。その女性と言うのが当時トップモデルの"恩田ひかり"で、辰実はマネージャーとして近くにいたためによく覚えている。


「写真に映るってのが幸せなんじゃないか」

「その考え方が"女の敵"なんですよ」


だからと言って他人を勝手に撮影して良い理由にはならないし、その写真を加工して売りさばいていい理由にはならない。



「知ったような口を利きやがって」

「貴方の事ぐらい知ってますよ、"7年前"から」


"7年前"と言われて目を見開いた大路は、ようやく辰実の顔を思い出した。その様子には驚きもあったが、同時にどこか恐怖と命乞いのような感覚もある。



「"恩田ひかり"の、マネージャー…」

「当時はですが」


全部を思い出し、まるで謝罪をするかのようにデスクに両手をついて頭を上げ下げする大路。恐怖が突き抜けて"命乞い"をする様子が濃くなった目の前の悪党の様子に、辰実はどこか不信感を覚えていた。


「ゆ、許してくれ!俺はただ"撮影しろ"と言われただけなんだ!」

「待ってくれ、話が見えない」


状況を察するに、"盗撮"の事を証言している様子ではない。


「恩田が孕まされた時の写真を、撮るように言われて撮影したのは俺だ!…揉めて"てぃーまが"を追い出された事で腹が立って、仕返ししてやりたかったんだ!」


「………」


"恩田ひかり"がメディアからフェードアウトしていった背景に、"とある記録"がある。彼女の"恋人"を名乗る人物が匿名でネットに上げていた、行為の内容と妊娠するまでの記録がブログ調で記録されているのだ。


「誰だ、指示したヤツは?」

「アンタの後にマネージャーになった男だよ!」


辰実がマネージャーを交代した後、別の部署で仕事をしていた上、相手の都合が合わず引継ぎは書類上のみで行っていたために"後任"の事は全く分からないのだ。


「本当に悪かった!許してくれ!」

「謝るなら俺じゃない、彼女に謝れ」



本当なら怒り震えるような事態なのだろうが、辰実はそれでも冷静に大路と向き合った。結局はスタジオからどのように情報を得ていたかあっさりと供述し、取調べは1時間程で終了した。



 *


"恩田ひかり"のマネージャーだった事なんて、辰実にとっては"そんな事があったな"というレベルの話になっていた。少しの違和感があったものの、元々から何事も無かったかのように関わりが無くなっていた。


…それが実際は"何事も無かったように"見えていただけなのかもしれない。


大路のあの驚きようと狼狽していく様子は、それを証明するには十分過ぎた。



(本当は、俺自身も薄々気づいていたんじゃないか…?)


知らない間に彼女との関係が終わっていたのは、本当は嘘だったんじゃないか?


忘れようにも、消え去ってしまうには消しきれない絶妙な距離で"彼女"、恩田ひかりは辰実の心の中にまだ生きているのだ。心の中で見えないハズの彼女が見える事を考えれば、否定ができない。



(どこから線で繋がって行くんだ?俺の過去の話と、"貴女"の過去の話は?)


真実を求めたいと思うには、未だ辰実は"恩田ひかり"を意識していなかった。


それでも真実はそろりそろりと音を立てて近づいて来そうな気がした。或いは辰実自身が自分の意識しない所で真実へと歩み寄っていくのかもしれない。


どちらにせよ、"辿り着く"予感はしていた。


それは何かもっと大きな、それでいて計り知れないような、様々な感情を砕いて搔き集めた。言葉に表すにはまだ自分の表現力が稚拙過ぎて至らないような、"とんでもなく大きな事"の核となる部分に実は自分の存在があるのかもしれない。



休憩スペースはたった1人。聞こえるのは寂しげな自販機の機械音。


…一抹の焦燥に駆られ渇いてしまった辰実の喉を、缶のコーラが潤した。




―――#3「長い2日間」に続く

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