無粋な輩たち
(前回までの話)
休日を燈のリクエストに応える事で潰した辰実であるが、まだまだ"休日を潰す"事になりそうであった。梓のお見合いの日時が大路にもバレている事を重衛から知った辰実がどう出るのか…?
*
「すいません今日は、来てもらって。」
若松商店街、"喫茶ラーメン"。いかにもネタでありそうな名前の喫茶店は、ごくごく普通の設えをしていた。…ただ、気になる所と言えば"魚介スープの中華風パスタ"と言う、ギリギリの線を狙ったメニューが存在している事である。
「馬場ちゃんが危ないですけぇ、それに盗撮犯を捕まえる機会ですし」
駒田は、"気にせんで黒さん"と笑った。立場は辰実の後輩ではあるのだが、年齢は辰実より上の彼は"良き兄貴分"みたいな存在になっている。
"すまないな重も"と、重衛にも同じ内容の言葉をかける。"いや俺も駒さんと一緒の事思ってますんで"と大振りに謙遜する様子は、今日ばかりは非常に頼もしく感じていた。
「…黒沢さん、"写真集"に写ってた人なんですが、全員まではいかなかったけど数名は確認取れてます。」
「どうだった?」
重衛の返答を待つ緊張を、アイスコーヒーの苦みで辰実は緩和した。
「結論だけ言うと、いずれも"和服をレンタルした"人で商店街でお見合いしてます。」
「今日の馬場ちゃんと一緒の状況という事だな。」
「そうっすね。いずれも"盗撮"されてました。」
(大路が馬場ちゃんのお見合い現場に出てくる確率は高いな…)
「…ザルだな。お客さんの情報を横流しにするとは、スタジオにも問題はあるが」
辰実は、"共犯の意思"があるかどうかは別にして”盗撮”の助長がされている事を憂いた。
盗撮の犯行が証明されて、お見合いの情報の出処は?と訊かれれば黙秘されても確実にこのスタジオが引っ張り出されるだろう。それを考えると情報を横流しした人間もまとめて逮捕してやりたかった。
時計は、まだ朝の9時。
梓のお見合い開始まで、あと1時間。
「重、商店街のアジア通りで"写真撮影"がよくされてそうな場所は分かるか?」
「あるとしたら1ヶ所」
「なら、"盗撮するとしたら"そこだな。」
「黒さん、1ヶ所だけに絞るんですか?」
「あの"写真集"は全て立ち止まっているのを撮影されてますので、盗撮があるとするなら"立ち止まる"事がある場所。例えば待ち合わせスポットとか、シンボル的な物がある場所でしょう。」
"こんな状況でなければ良かったのですが、それでも馬場ちゃんのお見合いに水を差す訳にはいきません。確実に盗撮犯が出現する場所で手早く捕まえましょう"と辰実は続けて状況を駒田に説明する。
「場所の下見だけ、やっておいてもいいですか?」
駒田と重衛は、間を置かず了承した。2人は"確実に盗撮犯を捕まえなければ"と思いつつも、梓の心配をしている様子であった辰実に、少しでも協力したいと思って来ているのだ。
「…黒さん、下見に行く前にちょっと」
「何ですか?」
「お腹空きましたんで」
と、駒田は"魚介スープの中華風パスタ"を店主のオジサンに注文するが、"それ11時からです"と返されたと思えば残念そうな表情で、他の2人に"下見に行きましょう"と促し始めた。
(11時から…、あれは多分ラーメンじゃないのか?)
*
若松商店街のアジア通りと呼ばれる場所。
重衛が"待ち合わせスポットによく使われる"と言う場所に3人は到着した。
「中華街…みたいだな」
シンボルだと思われるオブジェは、先を削った竹を集めて束ね、赤を基調とした飾りが付いていた。"一応、アジアか"と思いつつも辰実は、どこかエキゾチックにも前衛的にも感じる巨大なオブジェをぼうっと眺めた。
辺りを見回した辰実は、あちこち離れた一点を見つめている様子であった。竹の仕切りが編まれたオープンスペース、後は"10時開店!"と書かれた屋台らしき場所、いずれも"人がいても気づかれにくい"場所。
「馬場ちゃんの待ち合わせ現場の付近で、3人散らばって警戒。それで怪しい奴がいたら声を掛けましょう。勿論、その時は集合で。」
"後はもう、逃げたら追跡で。駒さんと重なら問題ないでしょうし。"と余裕を見せる辰実に、2人は頷いた。
「まさか3人とも革ジャンを着てくるなんて…」
よくよく考えれば、3人とも革ジャンを着て来ているなんて"変な偶然"もあるのだなと辰実は心の中で笑ってしまう。犯人を発見するまで散らばろうと思った理由の1つはこれと言ってもいい。
「…10時まで時間もありますし、見たい物があるのでちょっと買い物に付き合ってくれませんか?」
「まあ、ええですけど」
何事か?と思う駒田を気にせず、辰実は先程見かけたと思われる店を思い出しながらその場を離れた。
*
10時前。
辰実、駒田と重衛はそれぞれ散開して警戒を始める。
…辰実が他の2人をつれて買いに行ったのは"被り物"で、下見の際に周りの人たちが着物姿だったりお面をしていたりと、"縁日"らしき様子を察していた辰実は、"被り物をして縁日に紛れましょう"と提案した。
そんな3人が被っているのは、その辺の骨董品店で売っていた筒状の網籠で、被ってみれば丁度、"虚無僧"みたいに見えるんじゃないかと思ったのであるが、いざ被ってみると3人ともが"革ジャンを着た虚無僧"なのである。日本文化がロックに汚染された、というのは間違いで"ロックの装いに上から日本文化をかけてしまった"と言うのがこの場合は正しい。
(お、馬場ちゃんじゃ)
虚無僧になった気分で、縁日の屋台を練り歩きながら駒田は"待ち合わせ場所"を気にしつつ盗撮犯の存在が無いか注意深く辺りを見回す。先程誰もいなかった中華風のシンボルの前には、見知ったような団子頭の女性が、着物を着て誰かを待っている様子。すぐさまその女性が梓だという事に駒田は気づく。
(元々綺麗な方だと思うんじゃが、見違えるほど綺麗じゃのう。…また署におる時と違う馬場ちゃんが見れたわ。)
"これは黒さんの思う所じゃと思うけどええか"と、紫色を基調に、スズランの花模様が施された着物を着ている梓に一瞬目移りしてしまい、言い訳を考えていた35歳の駒田である。
(…しかし最近女の子、いや女性は馬場ちゃんぐらいの身長が平均なんじゃろうか?黒さんの奥さんは背が高いとして)
日本人の女性で168cmは背が高い方だろう。梓は160cmで、統計で言えば平均より若干高いぐらいである。それでも最近の女性の平均を高く感じてしまったのは、駒田の奥さんの身長が低いからだ。
(うちの嫁が低いだけじゃな)
さすがに150cmの奥さんと比べてはならない。
「お、金髪の兄ちゃんじゃ」
梓に声を掛けたのは、背が高くてふわふわした金髪の男だった。恭しく頭を上げ下げしながら梓と会話をするスーツ姿、そして揺れる金髪は、印象は良くないものの"人は見た目じゃないけぇ"と駒田に思わせた。
*
「まさか馬場ちゃんが金髪とお見合いするとはなー」
同時刻、また別の場所で付近を警戒しながら、駒田と同じように重衛も梓のお見合いの様子を眺めていた。人知れず革ジャン虚無僧に扮して後輩のお見合い現場にやって来るとは揃いも揃って無粋な輩3名であるが、これも盗撮犯を捕まえ世のため人のため、仕方の無い事である。
(あの金髪、仕事は何をしてるんだろうなー)
実の所、金髪の男は公務員なのだが重衛にはそこまで想像が至って無かった。大方デザイン系か、アパレル系の仕事ではと推測するラインが通常は関の山である。普通に考えて金髪の公務員はいない。
(でも羨ましいんだよなー、俺も女の子とデートしてえな。)
(グラビアとかいないかな、Gカップぐらいの)
見た目がアレな男でも、梓のような美女とデートできるのは羨ましい重衛であった。彼も元カノは読者モデルだったのだが、ローカル紙の編集員に騙されて"社員の脅迫行為"に知らない間に加担させられていたという嫌な経歴がある。…それが重衛に発覚した後に彼は何故かフラれてしまった。
何かがおかしい、と思ったがその傷を忘れるのが早かった重衛は現在彼女を募集している。そんな彼の下にグラビアアイドルとのデートが舞い込んでくるのはまた別の話。
しかし金髪とお見合いしている横で虚無僧が寄ってたかって盗撮犯を探しているなんて、梓も思ったりはしないだろう。"盗撮犯の存在"が色濃くなってきた所でお見合いがある事を知ったため、梓にこの警戒の事は伏せている(丁度、片桐が防犯教室の打ち合わせをしていたので梓に同行してもらう事で回避)。
(イカ焼きも美味しそうだな)
(屋台のから揚げって結構硬めのヤツ多いよなー)
そんな事を言いながら辺りを見回すが、重衛と一緒に歩く女性はいないのが現実。
(あー彼女欲しい)
もう27歳だ、このままダラダラと生きていてはマズい、そんな事を思っている矢先。
キャップを被ったロン毛に眼鏡の男を追いかける革ジャン姿の虚無僧。虚無僧3兄弟の中では中ぐらいの体格をしている所をみれば、恐らく辰実が発見し追跡しているという場面が重衛の視界に映った。
(彼女も欲しいけど手柄も欲しい!)
絶対に逃がすか!と心に決めた重衛は、ラグビーで鍛えこんだ脚に気合を込めて辰実に続いて追跡に加わった。
*
(…馬場ちゃんが金髪とお見合いとはな)
(和服美女をナンパしてAVに出演させるヤツではないとは思うが)
駒田、重衛と同様に辰実も同じ事を考えていた。いざお見合いの待ち合わせ現場が目に入ったと思えば現れたのは金髪の男。実際に梓本人から聞いた訳では無いので勝手な事を決めつけはできないが、"金髪"の男と梓がどうしても結びつかない。
ちなみに、件のAV撮影事件であるが、辰実が刑事だった時に一度その手の事件を担当した事がある。その時は撮影現場に乗り込んで裸に色黒、筋肉質の金髪男3名とシバき合いになったのだが別の話である。
…金髪の男が何を喋っているのかは分からないが、彼の立ち振る舞いは辰実にとっての"金髪"に対するあまり良くない印象とはまた別の位置にある様子であった。
しかし、その事を辰実は気にする様子も無い。
"金髪の男"が待ち合わせの相手だと知った時の梓の表情を見て、"その後の展開"が読めてしまった辰実はこれ以上面白くない野次馬をしても無駄だと思ったからだ。
無粋な輩を一抜けした辰実は自分達以外に"お見合い現場"に視線を向けている人物がいないか辺りをよく見回す。その中でスマホを"目の位置"に取り出して待ち合わせ場所の方向に"カメラを向けている"男が映る。
キャップにボサボサのロン毛、そして丸眼鏡をかけた"いかにも"まともな人では無い見た目の男を、辰実は7年経った今でもよく覚えていた。
(大路だ)
まだ彼はこちらに気づいていない。
気付かれないよう近づきながら、彼が撮影ボタンを押した瞬間を狙って声を掛ける。
「すいません、何をしてるんですか?」
驚いた大路は一目散に逃げ始める。カメラを向けた方向とは反対、時間差で辰実は走って大路を追跡。観衆の視線は逃げる男とそれを追う革ジャン姿の虚無僧に集まった。
「逃げるな!」
制止の声にも反応せず、逃げ続ける男の後ろには更に革ジャン姿の虚無僧が現れる。3人も革ジャン姿の虚無僧に追いかけられるなんてトラウマ級の話で、危機感ではなく恐怖が逃げる大路を支配する。
追いかけ始めて数秒経った辺りで、辰実より少し小さめの虚無僧、その後10数秒で大柄の虚無僧が現れた。
立ち話をしているオバチャン、服を着せた柴犬を連れたお婆さん、薬局の準備をする中年の男、店頭で野菜を並べていた屋良さん…。その全員が呆気に取られる様子を無視して追跡する虚無僧3人。
ふと、スマホを片手に持って逃げていた大路は、追っ手を撹乱するためか、後ろ、斜め上の角度にスマホを放り投げた。追いかけていた辰実と駒田は一瞬足を止めるが、重衛は止まる事なく走り続ける。
…そして手を前に豪快なスライディングを決めると、まるで磁力でもあったかのようにスマホは彼の掌に収まった。歓声も何も聞こえない中、彼は起き上がり空いた距離を埋めるべく全力疾走を開始。
丁度、辰実と駒田が逃げる男の方に手をかけた頃合いだった。
息も絶え絶えの中で、投げ捨てたスマホも確保される。そんな状況で虚無僧3名に詰め寄られた大路は、遂に観念しその場に膝をついてへたり込んだ。
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