餌を撒く

(前回までの話)

背景と被写体を、別々の写真媒体で撮影した者が"どんな人間"なのか、片桐の指示により辰実は推理し始める。昨日の酒の所為で睡眠不足の辰実は突然現れた"スケベなニワトリ"と繰り広げた会話により、"カメラマン"の人間像を推理する事に成功した。



 *


「盗撮では無かったという事ね。」

「その通りです。任意同行した彼のスマホを確認した所、商店街の人通りに紛れて、"街並み"の様子をネットに投稿するために撮影してたみたいですよ。」


市内の駅前、若松のオーシャンビュー、そして山の上と、そこを行き交う人の様子を撮影した"殆ど趣味"のような動画が、迷惑行為防止条例に引っ掛かるのかと言えば、世間的にNOである。そんな趣味的な事で動画を撮影している善良な市民に手錠をかけてしまえば、警察はあっという間に世間の笑い者だろう。


(趣味か…)

梓の報告を聞きながら、辰実は半分ぐらいになった缶のコーラを飲み干す。


「そう言えば駒さん、編み物が趣味って言ってましたね」

「よう知っとりますなそんな事」

「警察学校の時に言ってたじゃないですか」


梓が、駒田を何とも言えない表情で見ている。恐らく目の前にいる189cmの筋肉質の男と編み物が結びつかないのだろう。人は見た目に依らないとはこの事だ。


「さておき、要は"盗撮の話は無かった"という事で。…馬場ちゃん、もう聴取はこれくらいで」

と片桐が言った所で辰実は口を挟む。


「馬場ちゃん、連れてきた男の職業は?」

「商店街のスタジオでカメラマンをやってる人でした。」


"返す前に、少し聴取の時間を貰っていいですか?"と言って辰実は片桐の方を向く。"何か思いついた事がある訳ね"と答えたからには、その時間を取る事は納得しているのだろう。


「その間に馬場ちゃんは、この冊子の写真に写っている人が誰か確認してくれないか?」

辰実はさっきまで自分が眺めていた(と言ってもスケベなニワトリと会話していて頭に入っていない)和服美女の写真集を梓に手渡すと一緒に仕事を投げ込んだ。


辰実がやるよりも、友人のそれなりにいそうな梓に任せる方が適任だと思ったのである。



 *


別室。


「…それで重衛さん、これは内緒にして欲しい事なんですが」

「え、何?」


梓のいない間に、好きな映画の話で盛り上がって信頼関係ができてしまったのか、任意同行されたカメラマンの田島は重衛が"警察官"である事を忘れて、途端に切り出す。


「商店街で声かけられた時に"気が動転してしまって"言えなかったんですけど、商店街で盗撮"してそうな"怪しい人を見た事あるんですけどね…」

「田島さんそれ、ウソじゃない?」


"事態は田島を引っ張って白黒つくモノではない"という事が分かっているのは、この部屋にいなかった片桐、辰実、駒田の3人だけで、"盗撮の無が分かればこれで解決!"と呑気な気持ちで終業を迎えようとしていた重衛は、"今日は定時上がりでラーメン食べに行くつもりだったのに"と絶望の顔を浮かべていた。



「いや嘘じゃないですよ」

「あっそう。でも田島さん、その話の内容によっては時間かかるけどいいの?」

「また盗撮と疑われても嫌なんで」


と、会話の途中であるが重衛は"状況が状況である"ために辰実か駒田を呼んで聴取を続ける事にした。…のだが、呼ぶ前に"辰実が"部屋に入ってくる。


「悪いが重、聴取は続行だ」

「…丁度、"盗撮してるかもしれない奴がいる"と、自供を始めた所っす。」

「方向は違うが、俺もその要件で来た。」


重衛が席を立ち、辰実に譲る。


辰実は落ち着いた様子で、話を切り出した。


「重衛と一緒の係の、黒沢という者だ。」

「カメラマンの田島と言います」


簡単な挨拶を交わし、辰実の聴取が始まる。


「…盗撮しているのはもしかして、"カメラマン"か?」

「その通りですが、何故それを?」


"何故知っているのか?"という事だろう。


「知っているという訳では無くて、"推理していた"。制作スタッフの分からない写真集があって、その写真がカメラで撮影したのと携帯で撮影したのとが切り貼りされていた。…その写真を撮影したのは"カメラマン"だと俺は推測している。」


「…もしかしてソレ、"和服"の人を撮影していますか?」

辰実は眉をしかめる。有益な話に繋がる事ではあるのだが、あまり相手に言い当てられる状況を作っては話の"主導権"を渡してしまう危険性がある。そうなると相手が証言をしなくなるパターンもあるのだ。


「和服女子の写真集だよ」

「成程」


そこからも辰実の推測を、田島の証言と照らし合わせる。

彼の中では嬉しい事であるが、あっさりと自分の推測が的を得てしまっている事に気持ち悪さを感じていた。


「未だ確信を得ない、俺の推測から出ないのだがそのカメラマン、もしかして"…………"ではないのか?」

「知ってるんですか?"…………"さん。」


重衛にはその人物は分からなかったが、どうやら辰実には面識があったようだ。


(こうなれば、盗撮犯もすぐに発見できそうだな)

重衛の安心とは他所に、辰実の表情はどこか"見えないものを想像してしまった悪寒"が滲んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る