鶏の魚捕り、あとお父さん
(ここまでの話)
喫茶Amandaのオープンテラスで動画撮影をしていた男を、盗撮の疑いで任意同行した防犯対策係。重衛と梓が事情聴取を行っている傍らで、片桐と辰実は"もっと大きな魚"の影に気づいてしまった。先行きの見えない状況ではあるが、"写真の違和感"についても調査を始める事が宮内の指示で決定する。
"写真の違和感"について調査を始めるうえで、片桐は引っ掛かる事があった。辰実が何故"大きな魚の影"を探し当てたのか?そしてその話をしている時に"魚影"ではなくまた別のモノを見据えていたように感じた事であった。
*
「わしは細かい事は思い浮かばんけぇアレですが、この写真の人が誰か分かったら直接会いに行って写真の事を訊いてみるんが手っ取り早いように思います。」
明確な調査のビジョンが視えない中で"どうするか"を話し合うが、これと言ってスパッと問題点に切り込んでいける話が出てこない。"事件性"はあるかもしれないが、その発端は"人と背景、別々の写真が使われている"事なんて訳が分からない。まるで宇宙と格闘しているような感覚を片桐は覚えていた。
ただ、"事件性はあるかもしれない"という事だけが物理的に存在している。
「撮影された人なら、写真の事は分かるわね。問題は写真の人を特定するのだけど…」
「わしは警察官と隣人以外の知り合いはおらんです」
「俺も友達は少ない方で…」
(私もオカマの友人なら多いんだけど…)
この3人では不安になってきた、それを3人が悔しくも理解してしまう。"公務員は変人が多い"という俗説を嫌でも信じてしまいそうになる。
「そもそも、"怪しい"のは黒ちゃんがさっき言った写真だけなのかしら?」
この場合、"違和感のある写真"が多ければ多い程、魚影は追いやすくなる。探す相手が多ければその分引っ掛かりがしやすいからで、逆に怪しいのが先程辰実が"視た"写真だけなら1人を探すのに途方もない労力を使ってしまう。
"参考に渡しとくわ"と言われて一方的に押し付けられた図巻を、辰実はゆっくり読んでいる。
「今見てますけど、少なくとも"さっきの写真"だけでは無さそうです。」
「ほっとすべきじゃないけど、良かったわ。」
片桐は額に手を当てて答えた。
その時に浮かべた笑みが、こんな状況でも"何か別の事"を視ている辰実を、"注意する"事に疲れたから気を逸らそうとしてやった事なのかは本人でもよく分からず、ただ笑うしかない。
「別々の写真使ってるのが分かったから、これと言って何だ?というような事になるんですが。」
「そう言われると黒さん、わしは逆に気になる」
「とりあえず言ってみて」
「背景は恐らく一眼レフ、被写体は携帯で撮影してますね」
黒沢辰実は、"変なもの"を見つけ出す事に関しては強い。
即ち"どこかひねくれている"。
何故そうなったのか?と訊かれれば、彼の父である龍造(りゅうぞう)の影響なのだ。食品会社に勤めており現在は営業課長の役職についているのだが、この男は簡単に言うと"天邪鬼"なのである。皆が一斉に同じ事をやっていると、"何故か"変な感じがする事があったそうで、辰実が産まれた辺りで"ここで平凡な事をやっていても埋もれてしまうだけだ"という事を悟り、群衆行動の"見えない当たり前"を疑うようになった。
息子の辰実は、そんな父親の背中を"視て"育ったのである。加えて言えば、龍造の天邪鬼が染み込んだ細胞を生まれながらにして持っている。その2つが合わされば件の性格も納得がいくものだろう。
余談であるが、龍造は身長が180cmあり、若干白髪交じりのオールバックの渋いオジサマ風の見た目をしている。そのため女子社員にはモテモテらしい。そして辰実の顔はそんな父に似ている。
この辺で話を戻したい。
「携帯と一眼レフで、何か違う所があるって事ね」
「性能が違うんですよ。普通はこういう写真って"綺麗さ"が命なんですけど、"違和感"があった写真は、一眼レフで撮影した綺麗さが無いんです。逆に背景は若干ボケてるんですけど、"綺麗な"写真が意図的にぼやけてます。これは携帯でレンズ取り付けても表現は難しいかと。」
辰実は、片桐に冊子を開いたまま渡す。
「よく見てください。写真に"統一感"が無い気がしませんか?」
気付いたのは、辰実が大学にいた時に実習で"写真の加工"をやった事があるためであった。撮影媒体が違う写真どうしを切り貼りして使うと、どうも"統一感"が無くて気持ち悪い加工写真が出来あがった経験から見つけた話だ。
「言われれば、人の方が"絵"みたいな気がするわね。…若干、そう、感覚だけど。」
現時点では、この"感覚"だけしか信じられるものが無かった。
(この違和感は、ワザとなのかしら…?)
まだイコールとは言い切れないが、この写真を撮影した者、切り貼りした者は一体誰なのか?と気になったが片桐には見当がつかない。そんな彼の脳裏に、ふと"期待"がよぎる。
(黒ちゃんなら、その意図に気づく…?)
自分が視ている場所とは、"また別の"場所を視ている辰実。先程から感じていたまた別の違和感、辰実だけが真実を知っているような、と言えば言いすぎであるが、本人も気づかない所で"魚影"の存在に気付いている点は感じられた。
(賭けてみるか)
「黒ちゃん」
「はい?」
辰実は、更に"怪しい"写真があるかどうか冊子を隈なく探していた。
「貴方は、"撮影した人"と"写真を切り貼りした人"の側から調査を進めてくれるかしら?」
「分かりました」
そんな指示を出した辺りで、"大半の写真"が最初に違和感を感じた写真と同様、背景が一眼レフ、被写体が携帯で撮影されたものだと辰実は判断していた。さすがにここまで全部だと"何を思ってここまでやるのか"と疑問を感じずにはいられなかった。
片桐も"言われて"気づくという事は、普通に見てみれば素人目には分からないレベルでやっている。それだけに"タチが悪い"と辰実は毒のような感情を心の隅に滲ませていた。
(誰だよ、こんな真似をする奴は)
毒のような感情が、苛立ちに形を変えようとした辺りで、"ソレ"は現れた。
(呼んだかい?)
"ソレ"は、見た目は"太った鶏"の姿をしている。赤いトサカに真っ赤な顔そしてニヤケ目の鶏は、片手(?)にウイスキーの瓶を抱え、もう片手(?)にポテチの袋を抱えているという、"酔っ払い"風の佇まい。
(いや呼んではいないんだが…、まあ後で呼ぶと思うけど)
(じゃあ帰るぞ?)
(そんな事言わずにゆっくりしていきなよ)
"スケベなニワトリ"と、辰実はこの鶏を呼称している。
実際の生き物ではなく、想像の産物であるのだが、最も疑問になる点としては"何故出てきた"所にあるだろう。これは辰実が事件を捜査するうえで"犯人像"を考えるために指標とする"考え方"をスケベなニワトリと呼んでいるだけであるのだ。
犯人像をイメージし、捜査の指標とする事で犯人を追いやすくなる。もし想像と実際が違っていてもそれは問題ではなく、あくまで"参考"というだけの存在なのだ。辰実が交番にいた時に、年配の上司から教えてもらった考え方をそのまま引き継いでいる。
勿論の事、辰実以外には見えていない。そして辰実に見えている理由については、昨夜の飲酒の所為で夜中にトイレに行ってから目が覚めたままであったためひどく疲れを感じているからだろう。
想像の産物なだけであったスケベなニワトリが、まさか意思を持って会話をするなんていう事が起こっているからには"睡眠不足"を健康上の強敵と考えるしかない。それながらも辰実は蔑ろにする事なく、優しい言葉をかけているというのだから中々に変わり者である。
(背景は綺麗に一眼レフ使ってやがるのに人は綺麗に撮らねえ、これは冒涜だぜ?綺麗な姉ちゃんあっての写真集なのによぉ。)
(…"冒涜"とは言いすぎかもしれないが、もしこれを分かってやってるなら、失礼な写真家ではあるな)
"想像の産物"のくせに中々に切り込んでくる。それだけ"スケベなニワトリ"の存在は事件の捜査に貢献してきたのだろう。
(しかし普通に考えたらよ、写真は一発で背景ごと撮るだろ。)
スケベなニワトリ(以下:ニワトリとする)の発言は的を得ていた。コンディションの悪い辰実をフォローするように切れ味のあるモノ言いで眠気にメスを入れていく。
(確かに、そんな事は考えられない)
(しかし、写真に対する知識は持ち合わせている。背景のピントをぼかす技術は素人では無理だ。)
(あたかも一緒に撮影したように作ってるからな)
(カメラマンなら、その場にあった背景、アングルやら全部"同じ場所"で作り上げる!加工ではない生の写真がウケるなんてのは鶏レベルの脳味噌でも理解できるんだからな!)
どうやら、ニワトリは鶏の垣根を蹂躙してあちこち行く事は無さそうだ…
(その辺どうよ?スケベな兄ちゃん?)
(話を逸らしてスケベのアイデンティティを確立しようとするんじゃない)
(さっき"嫁さんのオッパイ触りたい"って思った事、俺は知ってるから否定はさせねえぜ?いいよなーグラビアの嫁さん、俺も立派なオッパイを嘴でツンツンしてやりてぇぜ!)
想像の産物なだけに、辰実の煩悩まで取り込んでしまっている。――自分の煩悩に冗談を浴びせられる辺り、中々に疲労が溜まっているのだろう。
(写真を別々に"意図して"やった事だな。何らかの理由で"人の撮影"が一眼レフでできなかったんじゃないのか?)
(おう、その心は?)
と言って、ニワトリは脇に抱えていたウイスキーを飲み始めた、しかも瓶でダイレクトに。何なんだコイツは?とツッコミを入れたいがそんな事を考えてしまって突かれるのも面倒である。
(売れないカメラマンか?)
(ナイス回答)
指、ではなく羽の先を辰実に向け、ニワトリは答えた。
(売れないから仕事が無えんだ、でも写真で稼ぎたい。だから写真を切ったり貼ったり。…ここまで言えば"指針"になるんじゃ無ぇのか?)
ニワトリはそこまで言って、デスクの上から去ろうとする。
(悪いな、助けてもらって)
"良いって事よ"とニワトリは親指を立てそうな様子で羽を上に上げた。
(さて、コーラ飲んであと少し頑張るか)
スケベなニワトリが何処かに消えてしまったのを確認した辰実は、近くにあった冷蔵庫の係共用スペースから缶のコーラを1本取り出し、プルタブを起こして勢いよく喉に流し込んだ。
(…そう言えば、鶏って魚食べるのかな)
そんな疑問が頭に浮かんだが、すぐにどうでもよくなった。
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