強面の店主
(ここまでの話)
若松商店街で盗撮が常習化されているかもしれないという宮内の話により、商店街でその真偽を確かめる事になった防犯対策係。
話の途中、モデルやカメラマンの名前すら記載されていない和服女子の写真集を宮内から渡された辰実は、何かの違和感を感じていた。
*
「馬場ちゃん、1時間ぐらい早めに出よう。」
防犯対策係が商店街に行く予定の時間は3時なのだが、辰実は早く商店街に行くことを梓に持ち掛けた。事務作業も一通り終わって手持ち無沙汰だったのか、"行きましょう"と梓の一言で難なく早めのスタンバイが決まった。
「片桐さーん、ちょっと俺と馬場ちゃん早く出ていいですか?」
「いいわよ」
一応は、"下見"という名目である。だが梓は時間帯と辰実の性格から、"おそらく寄り道がしたいのだろう"と察していたが寄り道に付き合えるのなら別にいい。
防犯対策係に異動し、いくつかの事件を担当してきたが辰実には"問題"があった。事件の多い若松商店街の事をあまりよく知らない。対して商店街の事情に強い梓がコンビだから補えてはいるものの、辰実自身もよく知っておく必要があった。
商店街に辰実と梓が到着したのは、昼の2時くらいである。
早々に到着した辰実は、商店街のマップを数秒ほど眺めた後、吸い寄せられるようにとある店へと歩いて行った。
(黒沢さん、歩くの早い)
早く歩き出したと思えば、こちらの様子を察しながら歩幅を緩めたりする。足並みが揃わない事に、まだまだ人間関係が構築されきっていないような気が梓にはあった。
"Bobby's Sweets"
辰実が立ち止まった店は、黒い板にネオンで文字が書かれた"飲み屋"的なイメージを感じさせるファンキーでクラシックな印象の店であった。
ガラス張りの入り口から見えるのは、店の中に座る事のできる場所が幾つか設置されているのと、店主の趣味だろうかモデルガンが陳列されている。外からはカーボン系の色をしたアサルトライフルが2丁見えた。
まるで常連客かのように辰実は緊張も無くガラス製のドアを開け入っていく。気づいた梓は焦ってついていくと、木目を強調した気の設えが印象的なスペースがそこにあった。店内の奥にはショーケースを兼ねたカウンターがあり、色とりどりのスイーツが並べられている。
(え?)
それよりも梓の目に入ったのは、カウンターで店番をしている大きな男。坊主頭に口ひげ、そして色眼鏡をかけた筋肉質の男で、身長は180cmを確実に超えている。
強盗でも入って来ようものなら、壁に立てかけているライフルを抱えて応戦しそうなくらい厳つい男であった。
「久しぶり、景気はどうだ?」
「まあいい方だ。強盗が現れても何故かうちの店だけは売上が落ちなかった」
寧ろ上がったというのは、ここで彼は伏せている。
梓の視界には、色眼鏡で厳つい店員と仲良く話している辰実の様子が映っていた。スイーツと店員のギャップの所為か、まだ話についていけてない。
「そりゃそうだ、この店に来たら返り討ちにされてしまうしな」
「失礼な、俺はそんな野蛮な男じゃねえよ」
辰実が商店街の人と話をしているのは珍しい、と梓は思った。その辺りで、辰実は彼女を置いてけぼりにしていた事に気づく。
「そこの団子頭の子は?」
「部下の馬場ちゃん、"ダイニングあずさ"の所の娘さんだよ。」
「あの、たまに店番してるっていう」
「そうそう」
梓は、店員の男に会釈をする。
「店主のボビーだ、黒沢とは警察の同期だったんだよ。」
「ちなみに"元"白バイ隊員だ。」
元白バイ隊員が、今や若松商店街でスイーツ店を営んでいる。人生とは何があるか分からないものだと店主のボビー、本名:秋山剛(あきやまつよし)は語る。
「久しぶりに会ったんだ、何か食ってくか?」
「そのつもりで来たんだよ」
と言いながら、辰実はショーケースに並んでいるスイーツを眺めている。
ザッハトルテにフルーツタルト、苺の乗ったショートケーキにシナモンロール、チョコレートクレープやカスタードプリンと、どれも目移りしてしまう。
…だがそれ以上に、所々奇特?な名前のスイーツが目を惹いた。
"グラビアの蔵田まゆも絶賛!5時からプリン"
"食べながらもインスタ映え?ボビーの漢気クレープ"
(もうちょっといいネーミングは無かったんだろうか…)
「"蔵田まゆ"も絶賛…、そう言えばうちの嫁がよく買ってくるプリンだな」
グラビアアイドルの"蔵田まゆ"と言えば辰実の妻の愛結の事だ。
「人の嫁さんの名前を勝手に出しちゃマズいか?」
「客が来て売れれば正義だよ。」
辰実は、"とある"タルトに目が行く。模様をつけて抹茶のムースを敷き詰めた上に、砕けたナッツが振りかけられている。先の2つよりも名前は簡素であった。
"男のタルト"
「男のタルト、2ついいか?」
「はいよ。飲み物は?」
「俺はコーラで。馬場ちゃんは?」
「アイスティーでお願いします。」
料金を払い、2人は店内のテーブル席に座った。
見渡す限り若干ダーク味のある木の内装は、"バー"を思わせるが昼下がりの陽気が店内を自然に近づこうと努力したようなバリのリゾートの雰囲気にも見える。
「お待ちどう」
辰実と梓の前に"男のタルト"とコーラ、アイスティーが置かれる。
近くから椅子を引っ張り出し、ボビーも2人の隣に座った。
抹茶ムースが敷き詰められた宝石を削ったように美しい模様、そこに砕かれたナッツが散りばめられている。梓も思わず言葉を失った。
「お前さん、こっちでも刑事(デカ)なのか?」
「生安だよ、防犯対策係」
「人事異動ってのは何があるか分かんねえから怖い」
「だな、俺も家建てたし遠方に飛ばされたら単身赴任だ」
なけなしの世間話が終わった所で、辰実は"多分"本題だったのだろう話に入る。
「ところでボビー、最近商店街で若い女の子にスマホかカメラ向けている奴を見なかったか?些細な事でもいい。」
「知らねえな。俺も女子がたむろする時間は店で仕事をしてるからな。…店で怪しい事やってる輩ならつまみ出すし、店出た所にだって、隠れてカメラ向けられるようなスポットなんて無えよ。」
(盗撮があるとしたら、女の子が集まる時間帯だよな。)
ここも"スイーツの店"なのだ。盗撮が行われているだろう時間帯なんて店は客が並んでいるという事を、辰実は見落としていた。
「すまない俺のミスだ、質問を変えさせてくれ。…ここ以外で最近、"女の子がよく集まってる"場所はいくつある?」
「俺が知る限りでは、今ここ以外で女子に人気のトコは3つある。」
梓は、聞き逃しを防ぐべくメモを用意した。
*
ボビーが言っていた場所のうちの1つ、喫茶店"Amanda"は最近オープンしたばかりの店で、ここも商店街の路上にオープンスペースを作っているという。
辰実は店外で少し離れた場所のベンチで雑誌を読んでいる、正確にはそのフリをしている。近く、そして広くから盗撮犯がいれば確認できるという形を取った。
残りの2ヶ所については、既に片桐へ連絡を入れ駒田、重衛とも連携して配置を完了させている。場所どうしが近いから、3人でも上手くやれるだろう。
"感覚が麻痺してるみたいだ"
辰実のさっき言っていた事が、梓には妙に刺さっていた。先日の爆発事件もオープンスペースのある喫茶店で発生したのに、そんな事を忘れてしまったかのように夕方のAmandaは人でごった返している。
その場にいた危険を知っている分、辰実の言葉は梓に刺さった。
携帯が震える。
辰実からメッセージが来た。
"10時の方向、スマホを直角に立てている"とよく見てみれば不自然な事だ。
通念上、スマホで動画を見たりメッセージを打ったりする時は"自分が見やすい"ように多少なりとも傾けるものだろう。
"少しでも怪しいと思えば声をかけた方がいい"
職務質問の基本。これにより隠れた犯罪を炙り出す事と、市民に防犯意識を持たせるという効果もある。今回は前者、もし件の男は盗撮犯であれば質問に失敗した時点で逮捕は著しく困難になる。
緊張、そして深呼吸による緩和。
「何を撮ってらっしゃるんですか?」
自然な感じで声をかけた。交番で勤務していた時の職務質問とは違うやり方は"制服ではない"からこそ可能な事に気づき、その場で実行する。
「…い、いえ、何も」
「何も、でしたらスマホを直角に立ててないと思うんです。」
"何もない"という事はまず無い。何かやっている事があるから隠しているし、基本的には"〇〇してました"と答えるのが怪しくない人のパターンだ。
肝心のスマホは、覗き見防止のシールが貼られていて画面の様子が分からない。だから彼は頑なにスマホを直角に立てたまま。
「怪しい事が無ければ、何をやってたのか見せて下さい。」
梓は、警察手帳を見せた。
一般人だと思われればそっけない対応でも、警察官では違う。
スマホを直角に傾けていた男も警察手帳を見て焦ったのか、直角に立て続けていたスマホのボタンを間違えて押してしまい、"録画を終了"したと思われる音を出す。
「詳しい話は署で聞きますので、同行願います。」
ひとまず、怪しい人物の確保には成功した。離れた場所から様子を伺っていた辰実は、どこかに電話を掛けながらも梓の方に右の親指を立てて"よくやった"とサイン。
(盗撮の真偽が分かるか、それとももっと大きなモノを引っ張ってこれるか…)
辰実が来て安心したのか、音が聞こえないように梓は大きく息を吐いた。
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