#2「和服パパラッチ事件」

(前回までのあらすじ)

突如、若松町内のオーシャンビューの喫茶店で起こった爆破事件。事件の発生現場にいた辰実と梓の避難誘導により、負傷者は1人も出なかったものの事件を皮切りに若松町の治安が一層悪くなる事が懸念されていた。



 *


新東署。


昼時の休憩時間は、気の緩んだ警察官でごった返している。今日は手作り弁当、と言っても実家が居酒屋で余った料理を箱に詰め込んだのだがそれを持ってきているので梓は食堂に行かず、生活安全課の自分のデスクで昼食を取った。


甘辛い焼き鳥のタレのとろみを、水筒に氷と一緒に入っていた麦茶を流し込む事で、口の中が少しすっきりしたような気がする。


食事が終われば、次は確認するものがあった。


(黒沢さんは…、いない!)

(そして誰も…、いない!)


辰実がお茶を忘れて食堂に弁当を持って行ったのが幸いだと思いながら、梓は鞄に入れていた"とある"冊子を、付箋を貼っているページから開いて読み始める。


(どれにしようかなー)


着物、それがどのページにも載っている。レンタルのカタログだが、成人式で振袖を選んだ以来の嬉しさとドキドキがあった。


(5月が近いし、紫もいいかなー)

(ここはちょっと赤みがあってもいいかも)


夢見心地の梓は、先に辰実が生活安全課に戻ってきた事には気づかなかった。しかし辰実はデスクに戻る事なく、宮内の手招きによって課長席前の応接テーブルに吸い寄せられてしまう。


宮内の向かいには片桐が座っている。多分仕事の話だろう。


「何かあったんですか?」

「いや、単に暇やったから」

「女子高生の言う事ですよ」


片桐の横に座るや否や、何事かと思い用件を尋ねてみたものの訳の分からない返答だったために辰実は面食らった様子だった。


「ワシはもう46やけど、心はいつでも女子高生やぞ?」

「高校生の妹がいますんで止めてもらっていいですか?」

「それはしょうがないのう」


"そんな事より…"と宮内は冗談を置いて用件を切り出す。


「最近、夕方の3時4時の時間帯に、商店街で若い女の子にスマホ向けとる輩を何回か見かけたらしい。」


状況を察したのか、梓もこちらに来て話を聞き始める。


「盗撮、ですか。」

「これが真報やったらその通りや。片桐、この件は防犯対策係に任せるわ。もし間違いやったらそれはそれでええ。」

「分かりました。」


宮内は、A4サイズの茶封筒の下に置かれていた"小さな冊子"を手に取る。


”T島和服美人図巻”


「黒沢、お前グラビアとかモデルとかその辺詳しいやろ。」

表紙を上に向け、和服美人図巻を宮内は辰実に手渡した。


愛結がいる分、その辺の事情には詳しいのは事実だが、ただ"読者モデル"については愛結が嫌いなのであんまり詳しくないというのが本音である。以前に読者モデルの女の子が愛結に対し、グラビアアイドルの仕事を批判するような事を言ったらしい。


黙々と、辰実はページをめくって中身を確認する。

読んでいる途中で少し手が止まったが、パラパラと辰実は最後まで中身に目を通す。



(怪しいか怪しくないか…、とりあえず後で言っておこう)


撮影されたのが誰かも書いていない。どこの美人図鑑でも雑誌の巻頭グラビアでも、誰が撮影したのかされたのか、ヘアメイクまで書いたりする事もあるのにこの本にはそれが書いてなかった。



「グラビアとかモデルとかはいません、普通に一般人が写ってる写真集です。」

「そうかー、写真の子が誰かも書いてないから分からんかったんや」


(思いついたらまた話をするか)


辰実から本を返してもらうと宮内は、"ひとまずは盗撮の真偽だけでも確認できたらええ、頼むぞ"と3人に声を掛けて話を終わらせた。



梓が着物のカタログを見開きのまま置いていた事に気づいたのは、話が終わってすぐに1階の自販機コーナーに行った時の事である。


戻ってくると、カタログの周囲に4人、見知った人だかり?ができていた。



(これは、お見合いか何かするのかしら?)

(わしは十中八九お見合いじゃと思うとります)

(馬場ちゃん、和服似合いそうっすよね)

(確かに。着た所を見てみたい)

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