第二話 同日 15:04

『4番線、ドアが閉まります』


 音を立てて電車のドアが閉まる。かなりぎりぎりだったが、間に合った。


 梨浜線に乗るのは、中学卒業以来だ。といっても、景色は変わらず、山ばかりなのだが。


 乗り換え駅から梨浜までは、2時間ほどかかる。その間、何をしようか迷ったが、結局、何も決まらなかった。


 せっかくだから、景色でも眺めていようと、外をじっと見つめている。


 2年とは、とても短いもので、つい昨日この電車に乗ったかのような感覚だった。


 中学生のころは、よく友達と乗ったものだ。



「白濱くんはさ、高校決まった?」

「森谷高校、かな」


 彼女は驚き、顔を近づける。


「あの、バスケで有名なとこでしょ?やっぱ白濱くんはすごい」


 すごいなんてことはない。


 小さいころからバスケをやっていて、それで有名な高校に行けば、進路も自動的に決まってくるだろうと、そう思っていた。


 だが、いまだに進路が決まっていな俺にとっては、この選択は果たして正しいものだったのだろうか。この疑問は、1年以上消えていない。


「自分の好きなことができるって、すごいと思うよ。梨浜からほかの市に進学するなんて、あまりないことだしさ」


 本当に、それは違う。


 そこにしか、行くところがない。


 このころの俺は、継大祭を信じていた自分自身を嫌っていた。


 進路の話で、「継大祭の機会を利用して、モノノケとヒトの架け橋になりたいです」などといったら、笑い飛ばされるに違いない。


 だから、俺はこの夢に蓋をしてきた。


 森谷にしか、居場所はなかった。



 継大祭の話を聞いた時には、絶対に嘘だと思った。しかし、俺の本能は黙っていなかった。


 ふと、一筋の水滴が頬を流れる。


「あれ?」


 なぜ俺は泣いているのだろう。自分の夢が叶うかもしれないからか?久しぶりに梨浜に帰れるからか?梨浜の人々と会えるからか?


 違う、これら全部だ。


 夢だとか、ヒトとかモノノケだとか、それ以前に。


 俺は、梨浜が好きだ。


 自然も、家族も、友達も、梨浜のすべてが好きだ。


 ピィーッ……。


 電車はトンネルに入った。


 まったく、不細工な顔をしている。


 こんな顔じゃ、せっかく故郷に帰るのに、何と思われるか。


 ハンカチで顔を拭き、顔をあげる。


 胸を張って、堂々と降りよう。俺の故郷、梨浜の地に。


 ――あることを思い出した。


 今走っているトンネルがこんなに長いということは……。


 ついに、帰ってきた。


 ピィーッ……。


 電車がトンネルを抜け、日差しが一気に差し込んでくる。


 そこにあった景色に、俺は懐かしさを覚えた。


 日光を反射し、光輝く海。横にまっすぐと伸びた水平線。


 間違いなく、梨浜町だった。


 ふと視線を戻したとき、左側の視界に、違和感が走った。


 反射的に顔をあげた俺の目に映りこんだのは、まっすぐと天へと突き刺す、白い光。


 祖母が言っていた継大祭の気配と、関係があるのだろうか。


 いや、あるとしか考えられない。ずっと梨浜に住んでいたが、こんなことは初めてだ。


 覚悟を決めて、降りる準備を始めた。


『間もなく終点、梨浜です。お忘れ物の無いよう、ご支度ください』


 もし、本当に、これから継大祭があるのなら。


 もし、モノノケの世界と行き来ができるようになるのなら。


 その時は……。




 ドアが開いた。終点まで乗っていた乗客は俺だけだった。


 改札を出て降りたとき、さっそく、懐かしい顔が目に入った。


「やっほー、白濱くん」

「彩加……」

「元気してた?」

「元気すぎるぐらい」


 この笑顔も、実に2年ぶりだ。


 俺たちは、一歩を踏み出した。


 継大祭へ、そして、梨浜の未来へと……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る