第三話 同日 17:22

「それにしても、本当に久しぶりだね」

「あぁ。今日は予定はなかったのか?」

「友達の家にいたんだけど、連絡来て飛び出してきちゃった。あとで謝っとかないと……」


 彼女は少し浮かない表情を見せた。


「ま、そういうところがお前らしくていいんじゃないか?」

「それもそうかもね。行こ!」


 彼女は元気よく走りだした。


 この坂を二人で登るのも、しばらくぶりだ。この町にいると、何もかもが懐かしく感じる。


「そうだ!」


 急に彼女は振り向いた。


「なんだー」

「うち寄ってかない?」

「急に何だよ」

「だって、二年ぶりに帰ってきたんだからさ。うちのお母さんも、白濱くんの顔、見たいと思うよ」


 確かに、高校に合格してからは、あわただしい日々が続き、親せきや近所の人に挨拶もせずに出発してしまっていた。


「俺は時間あるからいいけど、もう夕方だぞ?」


「もしもしお母さん、今日白濱くん……」


 本当に行動が速い。そんなに行き当たりばったりで行動してるなんて、将来が心配になる。


「いいって、じゃあ、暗くならないうちに帰ろう」


「お、おい、ちょっと!」


 彼女は俺の手を引いて、再び走り出した。傍から見ると、カップルにしか見えない。


 しかし、せっかくの梨浜だ。思う存分楽しもうと思う。



 日は沈んでも、不思議な光は消えないままだった。


 家から見下ろす梨浜の町は、いつもと変わらない景色なのに。


「ただいま、翼」

「あ、お帰り」


 お母さんが帰ってきた。


 テレビでは、例のニュースが流れていた。


 だけど、ずっと特集されているわけじゃなく、少し顔を出すぐらいだった。


 梨浜という町は、他からはどのように見られているのだろう。珍しい町だとは思うけど、みんな飽きてしまったのだろうか。


 ふと、キッチンで音がした。


 キッチンには、おばあちゃんの姿があった。


「何作ってるの?」

「花氷だよ。今年の夏は忙しくなりそうだし、たまには飾っておくのもいいかなと思って」


 何年か前、家に飾ってあるのを見たことはあるけど、作っているところを見るのは初めてだ。


 花を置いた製氷皿に、少しずつ水を流し込んでいく。


 花氷は和のイメージだが、本格的に作るとなると相当な手間がかかるのだろう。


「それだけでいいの?」

「最初からあまり入れすぎると、中に白いのができてしまうからね。少しずつ入れることで、透明な花氷を作るんだよ」


 製氷皿で作るのにも、かなりの手間がかかるのか。


『開催時期は、大体一週間から二週間後と考えられています。詳しい日程がわかり次第、お伝えいたします』


 町長の会見の様子が、またテレビに映し出されている。



「一週間から二週間なのに、まだ日程は分からないなんて、関係者は大変だな」


 今日何度見ただろうか、この顔を。


 本当にマスコミは仕事が速い。13時半ぐらいに光が出て、16時ぐらいに会見が始まったというのに、もう各社で報道がされている。


「祭りっぽいことするなら、友達とか、お兄ちゃんとかと屋台回りたいなー」

「そんな暇があるかな」

「あるでしょ!だって、祭りだよ、祭り!」

「お前は祭りに屋台のイメージしかないのか」


 そんなことないよーと、茜は笑う。


 しかし、継大祭がどういうものなのか、詳しい記録は残されていないから、何とも言えない。なら、茜みたいに楽観的に考えるのが一番いいのかもしれないな。


 継大祭では、何が起こるのかわからない。だけど、これだけは言える。


 継大祭は、絶対に梨浜にいい影響を残す。


 根拠はないかもしれないが、内容から察するに、そうだ。


 だから、僕もできることなら手伝いたい、そう思って床に就いた。

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